01.悪役令嬢物語
「アンネロッテ、君との婚約は解消させてもらう」
王宮のホールに、婚約者であるフローライト王太子の冷たい声が響く。
何故……? などと聞くまでもない。
王太子の側には真っ赤なドレスを着た平民上がりの令嬢が立っている。
彼女は人の婚約者に腕を絡ませ、にやにやと笑ってこちらを見ていた。
なんて常識のない女性なの。
「君は僕の友人、ラブカ・ディオール男爵令嬢に度重なる嫌がらせをしていると聞いているぞ!」
ラブカ・ディオール男爵令嬢。
たぐいまれな魔力の強さを認められ、男爵家に養子入りした【平民上がりの令嬢】。
真っ赤な髪に、陽に焼けた肌。
歯を見せて笑う姿はお世辞にも上品とは言えず、しかも敬語もほとんど使えないほど学がない。
社交界にいるには相応しくない素行なのに、その常識破りな姿と可憐な微笑みに箱入り息子たちは骨抜きだった。
「フローラくんかっこいい!」
「ばか……それは2人きりの時だけの名前だ。人前ではフローライト殿下と呼ばないか」
私の婚約者すら、あっという間に骨抜きになって――このありさま。
「お言葉ですが殿下。私にそのような覚えはございません」
「嘘をつくな! ラブカから聞いたぞ! キミはラブカの天真爛漫さに嫉妬して、ドレスを破いたり――」
「もういいですか? 下らぬ会話に眠気を催します」
学がない女は罠までも愚かしいのね。
子供同士の喧嘩のような内容の密告に思わずあくびが出てしまいそうだわ。
――パチン
私が指を鳴らすと、事前に話をつけておいた従者があたりの灯りを消して会場を闇に包む。
「っ……!」
ラブカ嬢の焦る声が聞こえる。
「あなたがそのお馬鹿な婚約者を誑かせたのは、あなたの固有スキル・魅了魔法と言うところまで調べがついています」
魅了魔法は瞳を見つめることで発動する。
あたりを暗闇で包んでしまえばもうその力は使えない。
「あ、アンネロッテ……ボクは……!!」
「俺は……何を……」
魔法が切れると同時に、ラブカの周りに群がっていた男達も正気に返る。
「王太子を騙し、虚偽の報告でその婚約者を貶めようとした罪……贖っていただきますわ」
「…………クソが」
なんて汚い言葉……これが彼女の本性ね。
これまで人の婚約者を騙してさぞ楽しかったでしょう。
贅沢三昧の毎日、王太子以外の男も侍らして接待をさせて。
「市井のものに使うならともかく。ここにいるのはみな王家ゆかりの高位な人々。その罪は重くなりますわよ」
「人の命は平等だよ~」
「法には書いておりませんわ」
ああ、なんて馬鹿なの。
この子と話していると頭が痛くなる。
もうこれ以上その高い声を聞きたくなくて、私は衛兵に合図して彼女を捉えさせる。
「アンネロッテ、ボクはキミのことが…………」
「お話は別の日にいたしましょう、殿下。婚約破棄のお話なら、父を交えて行わなければ」
「そんな……僕は騙されていたんだ!」
みっともない男の情けない懇願があたりに響く。
そりゃそうよね。
今の彼が王太子でいられるのは、公爵家である我が父の力のおかげ。
でも、もういらないわ。
あんな女に引っかかるような。愚かな男。
「アンネロッテ~」
情けなく縋りつく男を振り払い、私はこの茶番劇を後にする。
踵を返して屋敷に戻ろうとした。
その時。
――ブシャアアアアッ!!!
何かが噴き出すような激しい水音が響く。
「キャアアアアアアア!!!」
振り返るより先に、他の令嬢の激しい悲鳴が聞こえてくる。
「あーあ、気に入ってたのにな。ここの人たち」
騒然とするその場にそぐわない、おっとりとした口調でラブカ嬢が呟いた。
慌てて振り返ると、そこには――鮮血に染まったラブカ嬢が衛兵の死体の前でほほ笑んでいる。
暗い中でもよくわかる、きらきらした刃物を手に携え、ラブカ嬢は笑っていた。
「もう少し仲良くしたかったのに」
「ラ、ラブカ嬢……あなたは何を……」
暗闇の中で彼女を取り押さえようとする衛兵たちは、華奢な少女のたった一本のナイフで首を切られて次々絶命していく。
そのたびに令嬢たちの狂乱のような叫び声が広がり、あたりはまるで地獄絵図だった。
「この……殺戮令嬢め……!!!」
「あはっ。それいいねえ。今度からそう名乗るよ」
その言葉を最後に、私の喉にも冷たいナイフが刺さり、意識が遠くなる。
***
A王国の王城が血に染まっていることは、まだ誰にも気づかれていない。
ラブカは血に染まったドレスをケープで隠して、城を離れて夜闇へ消えた。
「革命軍に出資してる一族は全滅させたよ……と。カラスちゃん、このお手紙アイリスくんに届けてね」
ラブカは拙い字で綴った手紙をカラスの足に結ぶと、カラスは夜闇を飛んでいく。
それを見届けると、ラブカは帰路についた。
それは滅びへの、まっすぐな道。
乙女ゲーム「flos.」
その極悪外道な殺戮令嬢・ラブカの、華々しいデヴューだった。
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