盗水犯
市役所に勤める友人Yが語った話。
彼は都市整備関連の部署に配属されていて、まちの公園を管理する仕事を行っていた。
まちなかには様々な公園があるが、その一カ所で問題が発生した。
その問題の起きた公園には、24時間開放された駐車場があった。
この駐車場、夜になると人も少なくなり、あまり治安が良くない場所になる。
実際、深夜になると素行がよろしくない連中がたむろし、バイクの爆音を響かせたり、ごみを捨てていったり、酷かったらしい。
けれども、そんな連中は実はまだマシな方だった。
もっと質が悪いのは、トイレからの盗水だ。
何でも、駐車場近くにある公衆トイレの手洗い場からバケツで水を汲んできて、駐車場で洗車するという何とも厚顔無恥な真似をする輩がいたようだ。
当然だが、トイレの手洗い場の水はトイレを済ませた後に手を洗うために設置されている公共の設備だ。
その水道代金は地元の自治体が支払っており、元をただせば皆の税金である。
「だったら別にいいんじゃないか」と思う人は考えを改めるべきだ。
自治体が管理する公園にはちゃんとした条例がある。
この中に「盗水」に関する項目があり、目的外の用途で大量に盗めば窃盗罪にもなる。
なので、特定の個人の都合で無断で大量に使用するなんてことは完全にルール違反なのだ。
で、その厚顔無恥な輩は早朝にその公園の駐車場にやって来て、常習的に洗車を行っていたらしい。
あまりにも酷いし、住民から通報が来る場合もあったので、Y達職員も現場に行かざるを得ず、その度に注意したんだそうだ。
ある時は逆切れし、Yと口論にまでなったこともあったらしい。
そんな最低な奴だったが、当人はその場は謝罪や再犯しないことを言明するのがお決まりで、結局、盗水自体を完全には止めなかったという。
そうしてY達が頭を抱えていたある日。
その公園である事件が起こった。
公園の中には大きな池があり、その池で仏さんが上がったという。
しかも、それは盗水を続けていた奴だった。
自分達を虚仮にしていた相手なので「いつか罰がくだればいい」と思っていたYだったが、さすがに死亡するとは思っていなかったそうだ。
で、早速警察から刑事課の警官がやって来て「公園に設置された防犯カメラの映像を確認させて欲しい」と依頼された。
厄介ごとには関わりたくなかったが、事態が事態だし、何よりそれも仕事なので、Yは警官に立ち会って防犯カメラの映像を確認したんだそうだ。
すると案の定、事件のが起きた深夜に件の盗水犯が映っていた。
夏の盛りで早朝でもそれなりに暑かったせいか、盗水犯は夜にやって来ていたようだった。
そして、映像の中で公衆トイレの中へバケツを手に入っていく盗水犯。
あれだけ注意を受けていたのに、とことんなめ腐った奴である。
やがて、なみなみとバケツに水を入れて戻って来る盗水犯。
そして、水を使って車を濡れたスポンジなどで拭き始めた。
そうして何度か公衆トイレを往復し、洗車を済ませると盗水犯は車に乗って去って行ったという。
そこまで見たYと警官は思わず顔を見合わせたらしい。
死亡した盗水犯は確かに深夜に公園に現れた。
しかし、発見された池には近付いた様子もない。
少なくとも、それだけは確認できた。
結局、事件の手掛かりも掴めなかった警官は首を傾げながら、Yに礼を言うと帰って行ったという。
そこまで話すと、Yは肩を竦めた。
「あの野郎、俺が『ちゃんと民間の洗車場で洗車しろ』って言ったら『俺はこの公園の水が好きなんだ!』なんて言ってたんだぜ?頭おかしいよな」
そう言って笑うY。
散々迷惑をかけられてきたYにしてみれば、清々したに違いない。
だからだろうか。
彼は最後にこう言っていた。
「でも、泳げなかったんだよな。ウケるw」
私はそれをあえて聞き流した。
Yが盗水犯が泳げなかったことを知っている理由は…今も考えたくない。
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