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皇女アストレア

魔界のご令嬢は婚約破棄した王太子より、思い通りにならない幼馴染を許せないそうです

作者: 未玖乃尚

 アレンが扉を閉める。

 やけに不愉快な音だった。

 私の隣には誰もいなくなった。


 あんなヤツどうでもいい。


 所詮、人間だ。魔界の皇女である私とは住む世界が違う。家来とはいえ、私が人間を傍に置くことに対して、諫言(かんげん)する者もいた。


 確かにそうだ。あいつはたかが人間だ。

 主従関係であっても、格が違う。


 勝手にしろ!


 アレンが使っていたイスを蹴り飛ばした。


 せっかく、この私が買い与えてやったのに。その辺の貴族ですら手が届かない高級品だぞ。あいつは何も分かっていない。


 勢いよく蹴りすぎて、棚から落ちた小箱が口を開いた。


 薄汚いぼろ雑巾が出てきた。赤黒く変色している。この血は私とアレンのものだ。


 あの日は私が無理やり、アレンを魔獣が森へと連れ出した。


 出くわすのは当たり前だ。あいつに私の強さを見せつけるためだったからな。なのに、あいつは、わざわざ私と魔獣の間に体を割り込ませてきた。腕に大爪を受けて庇った。


 見物してるだけで良かったんだ。魔獣程度の下等生物は、私に触れることもできずに蒸発する。


 バカなヤツ。そう言って笑ってやればよかった。


 なのに。

 気づけば、私は森を吹き飛ばしていて、あいつは大怪我をしているのに、破いた薄汚い布を、魔力で傷んだ私の手に巻き付けていた……


 こんなぼろ雑巾を私に触れさせた者などあいつくらいだ。


 赤かった血は歳月を経て、濁った色になった。

 私は、あいつの袖を畳んで、小箱へ戻し蓋を閉じた。


 かちゃり。今度は衝撃で開かないように鍵を掛けた。施錠の音がやけに大きく聞こえた。



 -----------



「そなたとの婚約を破棄する」


 やっとか、よく言った。理由は聞かん。

 むしろ、遅いくらいだ。


 皇女である以上、約束を取り付けた魔王の顔を立てねばならんからな。


 王太子、レイブンだったか。


 魔族との関係清算のため、婚約破棄を企てていると耳にしていたが、それは私にとっても好都合だから、泳がせておいた。


 アレンは人間側に立っている。あいつは私ではなく、レイブンとやらの所作を気にかけている。同じ空間にいるのは久々だというのに、気に食わん態度だ。

 この懇親会自体くだらぬ茶番だった。 


 王太子の横に常にあいつはいるのに、護衛どもが邪魔だった。


 視線は決して交わらぬ。

 不快だ。

 王太子の投げた指輪が爪先に当たった。


 こやつ図に乗りすぎだな。指輪を投げつけるなど、不遜な態度を許していては、アレンに対しても示しがつかん。


 私は指輪を踏みつけた。

 さて、この所業、どのように償わせるか。

 下賤な者の下卑た笑いなど今すぐ打ち消してくれる。

 その時、あいつはどんな反応をする?


 アレンの瞳の輝きが、ようやく、私の奥に届いた。

 指輪を踏み潰す。

 苛立たしい。


 お前はなぜ、敵側で私の前にいる。お前は私の家来だ。私を嘲笑うものがいれば、切り捨てるのがお前の役目だろう!


「答えろ、人間、この場で死ぬ覚悟があるか!」


 私の向かいに居続けるなら、お前も同じ運命を歩むことになるぞ。


 こいつら全員消し去れば、お前は私のもとに戻ってくるか。


 遊んでやろう。

 一部の魔力を指先に集め圧縮する。解放し、爆発力に転換させる。


 ほれ、踊れ。

 静けさの後、一瞬の閃光が訪れ、爆音が訪れた。

 髪をそよがす爆風が心地よい。


 さて、どれぐらいの頭数が減った?


 アレンの姿を確認しようと目を凝らす。生じた煙の中で、浮き上がった埃が光に反射して、ふわふわ漂っていた。


 埃の粒子は天井まで舞い上がり、光の輪郭を作り出した。


 浮き上がっていたのは、巨大な光の手だった。人間族を守るように私の前に立ちはだかっている。


 これが、「神の手」か。

 人間側の被害はなかった。


 報告では聞いていた。人間が、圧倒的な魔力を持つ魔族に対抗するために作り出した防御障壁。


 なるほど。

 これだけの技術を手に入れたのなら、つけ上がるのも無理はないな。


 やや興味が湧いた。

 父が婚約を締結させたのは、この神の手の完成を待ち、やがて技術ごと奪うためだ。


 強度を試しておくか。


 この忌々しい婚約指輪にも利用価値はあったらしい。あしらわれた宝石には魔力の増幅作用がある。指輪を討ち抜き、威力を増加させる。


 ふと、気付く。

 親指で唇を押さえつけていた。


 アレンよ、お前はこれを私の癖だと言っていたが違うぞ。

 これはお前の癖だ。


 考え事をしていると、お前は親指で唇を揉み込んでいた。指摘を否定しなかったのは、家来に癖を移されては、主としての示しがつかなかったからだ。


 右の薬指に嵌めていた指輪を抜く。アレン、結局お前は私の指輪を外しにこなかったな。もっと主の気持ちを慮れ。


 指輪を触媒にした魔力が空間を裂く。神の手に衝突し跳ね返る。眼前に舞い戻る。左眼に迫った。


 かわすまでもない。

 反射した魔力は、障壁に触れて方向を変えた。


 後方で爆音がする。壁を吹き飛ばしたのだろう。


 これだけの強度なら、並の魔族では破れそうにないな。では、半分程度の力ならどうだ?


 まだ、戯れ程度だった。

 お前だけは残してやるつもりだった。


 アレンの指が、鍔に触れた。

 私に、その刃を見せるか!


 笑いが込み上げてくる。全て、何もかもぶち壊してくれるか。


 アレンの腕に刻まれた爪痕がやけに眩しく見えた。

 剣を抜けば終わりだ。私たちが出会って主従関係を結び、魔獣と戦って森を焼き払った記憶が、全て手の中から零れ落ちる。小箱に鍵を掛けて、棚の奥にしまった赤黒い布までも意味を失ってしまう。


 ならばいっそ、お前ごと私の思い出に変えて、小箱にしまい込んでやる。もう開かないように、二重に鍵を掛けて。


「アレン、今こそ勇者として歴史に名を残せ!」


 勇者。

 そうか、お前は勇者として覚醒したんだな。だから、私の前から消えたんだな。


「やはりお前はそちら側につくんだな、アレン!」


 勇者は上位魔族の天敵だ。故に人類にとっても最後の切り札だ。


 お前たちは懇親会の場を利用して、私を罠に嵌め、殺すつもりだったか。


「当たり前だ、アレンは人間族最強の勇者だぞ!」


「ならばもう手加減はなしだ。アレン、せめて楽に逝かせてやる!」


 終わりだ。 

 抑えが効かない。魔力が壁となり、私を覆いつくした。


 外界と私を隔絶する壁は否応なしに私を、これから壊れゆく記憶へと誘う。



 -----------



「大丈夫ですか? アストレア様」


 なぜお前は苦悶の表情を浮かべながら、そのように、ほっとした顔をする?


「お手を」


 剣を抜いて何をするかと思っていると、刃で己の袖を引き裂いた。即興の包帯を作成して、私の手に巻き付けようとする。


 やめろ。

 そんな汚らしい布きれを私に触れさせるな。


 私の手はアレンの両手に包まれていた。思っていたより大きな手の中で、私の手の平が重なる。


 そこで初めて気づいた。私の手のひらは皮膚が破れ、赤く滲んでいた。


 森を吹き飛ばしたからか。どおりで、見晴らしがいいわけだ。


 光を遮る木々がなくなり、広大な平地に私とアレン、二人だけの影がさす。焼け焦げた臭いが漂っていた。


 魔獣は跡形もなく消え去っていた。


「こんなもの、大したことない」


 声が届いていないのか、アレンは返事をせずに、もう片方の手を取り、袖を当てる。


 アレンの左腕からは、おびただしい量の出血があった。


 自分の怪我に気付いてないのか?


 鈍感なヤツだ。

 ほら。ただでさえ汚い布切れが、お前の血で滲んだではないか。


「しばらく、そのままでいてください。屋敷に帰って取り換えましょう」


 布を介して、私の血とアレンの血が、繋がる。


 無礼者め。私の手がお前の血で汚れたではないか。


「申し訳ありません。私の不注意でこのような事態を招いてしまって」


 バカだな、こいつは。森へ来たのは、もともと私の強さを見せつけるためだ。お前の護衛など期待しておらん。


 なのに、わざわざ私を守ろうとケガをしおって。


「おい」


 先導して歩き始めたアレンを呼び止める。


「はい」


「血が出てるぞ」


「大丈夫です。そのうち止まります」


「貸せ」


 手首を取る。アレンの血が腕を伝い、私の包帯に染みこむ。


 多少乱暴だが、今できるのはこれくらいだ。袖を焼き払って傷口を露出させると、炎を発生させて止血した。


 アレンが熱に顔を歪ませたのは一瞬だけだった。


「感謝しろ」


「ありがとうございます」


「やる」


 私はポケットから引き出したものをアレンに投げた。


 アレンは落とさないよう慌てて両手で受け止める。


 シルク素材のハンカチだ。薄紫色で、レースで装飾されている。父から「そろそろ皇女としての自覚を持て」と誕生日に贈られたものだ。


「これは?」


 いちいち言葉にせんと分からんのか、こいつは。


「傷口に巻け」


「ですが」


 アレンは私の手に縛られた布切れとハンカチを交互に見比べる。


「よこせ」


 ハンカチを取り上げる。

 父から贈られたハンカチは、吸水性があり汚れにくく、大きい割に嵩張らない。がさつな魔王が選んだものとは思えないほど良い品で私のお気に入りだ。


 どうせ、周りが選んだのだろうが。

 ハンカチを細長く畳んで、アレンに腕を上げさせる。止血したとは言え、爪痕がはっきりと分かるほどの傷だった。


 傷口にハンカチを当てる。子供とはいえ、アレンの腕は太かった。


 剣を振ってるんだ、私より太いのは当たり前か。


 ハンカチを一周させ、縛ろうとする。か細い自分の腕とアレンの腕を見比べた。


 こんなに違いがあるんだな、そんなことを思いながら縛り上げた。標準サイズのハンカチなら、縛りきれなかったところだ。


「いいんですか?」


「やると言っただろ。しつこいぞ、もう聞くな」


「分かりました」


「そうだ、言ってなかったな」


 急に違和感を感じ出した。


 いつからだ?


 こんなこと、普段なら絶対に言わない。両手を覆った袖を見る。


 家来が主にへりくだるなんて当然だからだ。


「これからは、その話し方をやめろ」


「話し方、ですか」


「だから、それだ。敬語をやめろってことだ」


「無理です」


「命令だ」


 これなら逆らえまい。


「呼び方も変えろ。これからは、様じゃない。お前が私を呼ぶときはアストレア、だ」


「それは……」


 こいつはいちいち反抗的だ。


「できる、できないじゃない。そう呼べ」


「分かりました」


「違う。分かった、アストレア、だ。言え」


 アレンは黙り込んで、うつむいた。

 命令に従わない。そんなに嫌なのか。

 許してやる……か?


 ダメだ。これだけは譲ってやらん。


 お前は一番近くにいろ。ずっと私の隣にいればいい。今日からお前は私のものだ。


 くそ。

 どんな命令をすれば、従う?

 思いつかない。


「嫌なのか?」


 アレンが首を振る。

 少し、安堵する。なぜ私がこんなことで。


「心の準備ができていないと言うか……」


「それだけか?」


 問いかけにアレンが頷く。

 私も同じように小さく頷く。地面を爪先で叩く。二、三度草を踏み潰した。

 遠くで、鳥の鳴き声が聞こえた。


「準備できたか?」


 アレンは首を縦に振る。

 私たちが交わした、初めての会話だった。

 アレンは、はにかみながら、私の名を呼んだ。


「分かった、アストレア」


 その時、確かに心で何かが芽吹いた。


 私は手を伸ばす。


 手を取れ、と言おうとすると、アレンの笑顔が左右に裂けた。


 光の筋が脳天から顎先へと突き抜ける。


 手が届く寸前、アレンが私の手から零れ落ちた。



 -----------



 突風が突き抜け、私の髪を揺さぶる。


 魔力の壁が分断され、私の足元には剣が刺さっていた。


 何が起きた?


「アレン?」


 思い出のアレンはいない。空気に溶け込むように形を崩して消えた。


 現状を把握するのに時間を要した。


 勇者アレンが私の前にいた。勇者が持つ聖気で魔力の壁を斬り裂いたのか、ならば納得がいく。


 そうか、お前との記憶をお前自身が断ち切ってくれるか。


 ならば思い残すことは何もない。


 あの森の出来事から、しばらくの間、私は魔王の娘であることを忘れた。お前が隣にいたからだ。


 だからお前が、小箱の中の変色した袖を、ただの雑巾に戻すというのなら、お前は敵だ。過去を捨て、完璧な皇女として、お前と出会う前の私に戻ろう。


 お前ごと全員消し飛ばしてやる。そのあとは次代の魔王として君臨し、勇者の痕跡など残らぬように焼き払ってくれるわ。


「よく来たな、勇者よ。これは、褒美だ。私の全魔力を受け止めるがいい」


 他の誰でもない。

 私自身が終止符を打ってやる。


 腕をアレンに突き出す。発動すれば、こんな感情ともお別れだ。


 手首を掴まれた。間近に迫った顔が、あの時の笑顔と重なる。


『分かった、アストレア』

 時間が、逆行する。

 意識が揺らいだ。


 唇に、歯が当たり皮膚が裂けた。舌先に血の味を感じた。


 目の前に、アレンがいた。

 反射的に唇をなぞってアレンを突き飛ばす。


「な……何をした!」


 分からん。

 想像できるが、確信が持てない。

 推論を肯定できる経験がない。


 この痛み。膨らんだ唇の裏を舌で触れる。

 こいつ、私に歯をぶつけなかったか?


「何って……分かるだろ」


「分かるか! あっ……くそ」


 集中力が持続しない。収束させた魔力を保てない。


 読めない。アレンの思考を追えない。起点で既に躓いてる。


 椅子を蹴り飛ばして、内面に生じたもどかしさを発散する。

 配下たちの気配が変わった。


「動いたものから殺す」


 私の行動を攻撃命令の予兆とでも捉えたか。

 これ以上、些事で私の心を煩わせるな。

 確認すべきはアレンの意図だ。


「言い訳する時間くらいなら、くれてやる。してみろ。その後でゆっくり殺してやろう」


 せいぜい私の機嫌を損ねないように理屈を並べてみろ。


 そうすれば、ほんの少しくらいなら寿命が延びるかもしれんぞ。


 アレンが一歩、歩み寄る。

 思いついたか。さて、どんな顔で、どんな言い訳をする。


 アレンが顔を寄せる。手が届く距離、いやこれは腕で引き寄せられるほどの距離。


 目を閉じそうになった。

 唇の痛みを思い出し、瞳をアレンから逃がした。人間たちの姿が視界に入る。後ろには配下たちも控えている。


 顎を突いて、アレンを押しのけた。


「この状況で何をしようとしてるんだ、お前は。周りを見ろ」


「耳打ち、だけど」


「は? 耳打ちだと?」


 紛らわしいヤツだ。だったら、それを先に言え。


 こいつらの前で今さら内緒話なんぞできるか。


「お前はいちいち私を苛立たせるな。人前で言えないことか? コソコソしないで堂々と言え。じれったいヤツだな」


 何で、こいつは平然としてて、私ばかりイライラせねばならんのだ。


 顔面を力任せに引っぱたいてやりたい。さぞかしすっきりするだろう。


 そんな感情を理解する様子もなく、アレンは正面から私を見据えた。その瞳に携えた黒い輝きは、アレンの意志の強さを示しているようであった。


「オレと逃げよう」


 たった一言の言葉が、石ころを投げたように、私の中で音を立てた。


 だがその音は、まだ小さな、聞こえない程度ものだった。


「逃げる……この私が? 人間ごときに背をむけて?」


 魔界の皇女たるこの私が、逃げ惑うことなどあるわけがないだろう。こいつは、私のことをまだ理解できていなかったか。


 それとも、言葉の選択を誤った?


 気配の揺らぎを感じて、魔力を放つ。

 トロールが壁に激突した。アレンの言葉に憤慨したか。こん棒を握る指に力が込められた。


「次はないぞ。動くな、とは、指一本動かすなということだ。私はまだ、アレンを殺せとは命じてないぞ」


 アレン、お前は私の求める答えを引き出せるか。


 私を失望させてくれるな。お前は、私の記憶を引き裂いた罪がある。贖えるかはお前次第だ。


「で?」


「待て」


「理解できてるか? お前はこの場の全員を敵に回してるぞ。私がこやつらに自由を与えると、お前、死ぬぞ?」


 私を(さら)う覚悟が本当にあるのか。


 この場にいる魔族だけではない。お前の言葉は人間族すら裏切るということだ。


 つまり、世界中を敵にするということだ。


 命を懸けられるのか?


「こんな国、捨ててオレと行こう」


 言葉は転げた石のように、空っぽな心に、やけに大きく響く。


 こいつ、本当に言いおった。


 人間族の切り札勇者が、魔界の皇女に、国を捨てようだと?


 やっぱりバカだ。事の重大さが分かっていない。

 笑いを堪えきれずに腹を抱えた。やっぱりこいつは面白い。私を楽しませてくれる。


 アレンは私をかばって傷ついたときから変わっていない、大バカ者のままだ。


「お前、私の敵じゃなかったのか?」


「違う。オレはお前と戦うつもりはなかった」


「あいつは、勇者のお前は人間側だと言ったではないか」


 王太子は私の圧力で身動きすら取れない。様子を伺っているだけだ。


「我らを裏切る気か、アレン!」


「黙ってろ、下郎」


 割り込むな。会話の邪魔をするな。


「どうなんだ、アレン?」


「王太子が言っていただけだ。オレの本心とは違う」


 だったら……

 この場が、あの森に変わる、私たちの出発地点というのなら、証が必要だ。


 傷口に縛り付けた、ハンカチと袖に代わる私たちを繋ぐもの。


 お前が私を傷つける力を持っているのなら……


「なら、恭順の意を示せ。剣を捨てろ」


 即座にアレンは剣を投げた。


「こうなると、もう後戻りはできないぞ」


「するつもりもない」


「今から、私が殺せと号令を下すかもしれんぞ」


「そうなったら諦めるしかないな」


「バカなヤツだ」


 次はないぞ。もう二度と私の敵に回るな。

 お前が誠意を見せたんだ。私も答えてやる。


 いつもの私なら、こんなことはしない。

 拾え、と誰かに命じれば結果となって現れる。


 この私が、(こうべ)を垂れて、他人の所有物を拾うなど、ありえんことだ。


「これで私も後戻りはできないな」


 剣を握らせる。お前の力で、魔王からも私を守って見せろ。


「お前の話に乗ってやる。お前はバカだからこそ、面白い」


 私は手を伸ばす。

 ちゃんと取れ。

 アレンが触れた。


「私を連れて行くことを許可してやる」


 やり直しだ。

 あの森から、私たちの歩みは始まった。繋がっていたのは別れの道だったが、今度こそこの手を離すなよ。


 しっかりと私を案内しろ。


「それで、私を連れて行くとして、どこへ行くつもりだ?」


「分からない」


「行先もないのに、この私についてこいと?」


「そうだ」


 つまり、この状況は計画していたものでなく、突発的な行動の結果というわけか。


 許す。

 見通せない行先を想像して歩むのも一興だ。


 さっさと行くぞ。

 逃げるように立ち去るなぞ、私の性に合わん。


 こやつらには、私たちを見送る名誉ある枠割を与えてやろう。


「私は機嫌がいい。指を動かす程度なら見逃してやろう。だが!」


 どうにもならない現実に歯噛みして私たちを送り出すがいい。


「それ以上は許さん。黙って私たちを見送れ。後は好きにしろ」


 さしずめ、お前たちは私たちに拍手を送る観客だ。


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