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〈第一話〉

朝妃(あさひ)〜? リップクリームってどこやったっけ?」

 ここは、ある都市にある、嶋﨑(しまさき)三つ子姉妹の家である。そして今、『朝妃』に話しかけたのが、次女の嶋﨑向葵(ひまり)

「えー? 向葵ちゃん、あなたがしまったんじゃないの?」

 そして、向葵を『向葵ちゃん』と読んだのが、長女の嶋﨑朝妃である。

「えっうそぉーっ!? あたし知らないんだけど?」

「ねえ、あんたたち、朝から五月蝿いよ。近所迷惑」

 と、冷静に言ったのが、三女の嶋﨑夕陽(ゆうひ)

「もお、夕陽ってば……厳しいんだから……。毎回毎回……。別に良くない……?」

 向葵は口を尖らせ、ごにょごにょと夕陽への口答えをしながら、手元に集中する。手当たり次第探り、

「——あっ! あった!」

「ほらぁ。やっぱり向葵ちゃんって言ったじゃない!」

「うるさいなぁ。覚えてなかったんですぅーっ!」

「——ねえ。朝妃、向葵。五月蝿いって言ったよね? 私、言ったよね?」

 底冷えしてしまいそうなほど冷たい声で、凍ってしまいそうなほどの冷たく、痛いほど鋭い視線を朝妃と向葵へ向け、夕陽は言った。なのに口元は笑っている。……なるほど怖い。

「「ヒッ……ご、ごめんなさい……」」

「ハモらないで」

 “怖い”。朝妃と向葵は同時に思った。そして、注意された朝妃と向葵は夕陽の纏う雰囲気に気圧されて、謝る。同時に思ったために、ハモってしまっている二人。そして間髪入れずにツッコむ夕陽。相性抜群。さすが三つ子、というところである。

「あらっ! もうこんな時間! 遅刻しちゃう!」

 朝妃は準備をしに、バタバタと自室へと向かう。

「ほら。あんたたちが騒いでるからでしょ」

「はぁーい! ほら、行くよ!」

 夕陽からの辛辣な言葉に、向葵は少しイラついた声で返事をし、呼びかける。

「はいはい。……私は、もうとっくに準備は終わってたけどね」

 夕陽は、すぐに自分の通学カバンを手に取り、玄関へと向かう。向葵も同じく、玄関へ向かう。ただし、

「あーあー聞こえませーん」

 ……駄々っ子のように叫びながら。

「はぁ……」

 完全に呆れたように夕陽はため息をつく。

「ねえ、あんたホントに末っ子?」

 その様子に、呆れたようにため息をつくように、向葵は言った。“末っ子”というワードにピクッと眉を動かす夕陽。

「……別に、私たちにそんなのないでしょ」

 確かに、三つ子なのでそんなに変わりはないし、そう言われればそうとも言えるのだが。

「……そう、かもしれないけど……」

 向葵もそう考え、納得しかけたところで。

「出てきた順ってだけで」

「そこが全てだと思うけど?」

 向葵とは、解釈、というか、考え方が違うようであった。上下関係は『三つ子の出てきた順』という意見で、違う考え方をしていたらしい。夕陽は誕生日が同じであれば同じという考え方。向葵は、誕生日が同じでも、誕生時や誕生分が違えば同じではない、という考え方だった。

 向葵が思っていたのと違う、夕陽のビックリ発言に思わずツッコむ向葵。

「——ごめんなさい! いつもわたしを待たせてしまって……」

 と、そこでようやく朝妃がやってくる。そして遅れたことへの謝罪をする。

「本当にね」

 と同時に夕陽からの辛辣な言葉が降らされる。

「こらぁ。夕陽ちゃんってばぁ。そんなこと言わないで」

 特に傷ついた様子もなく、慣れたように言いながら、慣れたように素早くローファーを履く。それは、遅刻する常連のためである。つまり、慣れているのは、夕陽に辛辣な言葉をかけられることではなく、素早くローファーを履くことでもなく、遅刻することなのである。

「ホントよ! あんた、そういうとこよ、モテないのは」

 そして朝妃に同調するように、夕陽へ口答えするのもいつもの会話なのである。内容は日々違うが。よくそんなに会話の内容が思い浮かぶものである。

「はぁ。だから、モテようとなんて思ってないんだってば」

「え〜でもでも、イケメンに囲まれてみたくない!?」

「ない」

「即答っ!」

「ねぇ、わたしも混ぜて!」

「勝手に混ざっといて」

「そうね」

「もお、二人とも冷たぁい!」

 ま、いつもの会話……かな。うん。

 向葵がガチャっと玄関の戸を開ける。するとちょうど、隣の家からもガチャ、という音が聞こえてきた。そして二つの影が出てくる。その影に向葵が気付き、その二つの影に向かって挨拶をする。

「お、タイミング一緒? おはよーっ」

「おはよう」

「……おはようございます」

 向葵に続いて玄関から出てきた朝妃と夕陽は同時に顔を見合わせ、同時に呟く。

「「え——」」

 そして同時に思う。

(どちら様?)(誰?)

 そんな疑問を視線に込めて、向葵へ送る。

「え、知らないの? 最近引っ越してきたお隣さん。双子、なんだっけ?」

 それを完全に拾い切って見せる向葵。さすが三つ子、というところである。そうするとお隣さんの一人が口を開く。

「はい、覚えていただき光栄です。確かにそちらのお二人にはご挨拶していませんでしたね。すみません。なかなか機会を掴めず……。どうも、最近隣に引っ越してきた、紙村睦月(かみむらむつき)です。よろしくお願いします」

 すらすらと自己紹介をする。爽やかイケメンという感じだ。そしてもう一人も口を開く。

「……どうも。同じく、紙村克樹(かつき)です。……よろしくお願いします」

 こちらもこちらでイケメンだが、無愛想な感じである。双子なので顔は似たのだろう。そこで、少し思考が停止していた朝妃が再起動し口を開く。そこに向葵と夕陽が続く。

「あらあら……。謝ることはないわよぉ。そんなご丁寧にありがとうございます。こちらも挨拶せず……本当にすみません。わたしは、嶋崎朝妃です」

「……嶋崎夕陽です。よ、よろしくお願いします」

「そんじゃあたしも一応。嶋﨑向葵です。よろしく!」

「それじゃあ、よろしくお願いします。嶋崎さん」

「「「はい」」」

 ……見事にハモった。さすが三つ子という以下略。そこに睦月の笑い声が響く。

「ふふっ……、これじゃあ誰かわからないか。呼び方を……決めておきましょうか」

「そうですね……」

 朝妃が頷き、「あ」と何かに気付く。

「でも、まず年齢聞かないと……」

「あ、確かに……」

 朝妃の気付きに夕陽がが同調すると、

「え、同い年っしょ? 紙村君たち」

 向葵が驚きの発言をし、朝妃と夕陽はハモる。そこで、今まで黙っていた克樹が口を開く。

「……そう、ですね。制服……奇跡的に、一緒なんで」

 そう。制服が、同じ学校のもので、リボンとネクタイの色がどちらも、一年生ということを示す、緑であったのだ。まあ、近所に住み、同じ時間に学校に向かっているので、この情報のみでも同じとは考えられるが。

「あ、あ……そ、そう、なのね……」

 朝妃がほんとだ……という顔をしながら頷く。

「あ、じゃあ、敬語をまずやめます? あ、やめ、る?」

 夕陽がぎこちなく提案をする。お分かりかもしれないが、夕陽はコミュ障である。というか人見知りだ。基本は家族以外、誰とも話したがらないが、今回は、近所付き合いはちゃんとしておきたいという想いからの提案だろう。思ったよりも人のことを考えているのだ。……思ったよりも。まあ、どう捉えるかは見る人次第だよね。ね。

「そう……だね。同級生……ってことになるから」

「ぇ、っと、えとえと……。じゃ、じゃぁ……睦月、さん? と、克樹さん……で、い、ぃ、ですか……?」

 コミュ障全開である。最後の方は自を失くしていき、ほとんど聞き取れないほど、声が小さくなっていた。だがここで性格の良さがでるもの。睦月は優しく微笑み、

「うん、よろしくね。夕陽さん、で、いいかな?」

「あ。はい……」

「えっと、じゃあわたしは睦月くん、克樹くん、って呼ばせてもらおうかしら? い~い?」

「全然、大丈夫だよ。よろしく、朝始さん」

「じゃああたしも睦月君、克樹くんって呼ばせてもらおうかなっ! よろしくぅ!」

「こちらこそよろしく、向葵さん」

 朝妃、向葵、夕陽が、挨拶をし、睦月がそれの返事をしている間、一人無言の克樹。

(なんなの、こいつ。愛想のない……。挨拶くらいしなさいよ)

 一人そんなことを想い、冷たい視線を克樹へ送る夕陽。

「……よろしく。……朝妃さん、向葵さん、夕陽さん」

「よろしくね~?」

「ん。よろしく~」

「よ、よろしく……」

 それを受け取ったのか、はたまた偶然このタイミングでだったのか分からないが、ついさっき冷たい視線を送ってしまった身として、夕陽は気まずさが溢れてきてしまい咄嗟に目を逸らしてしまう。

 そして、それを無言で見つめる克樹。

 だが、その視線に誰も気付くことはなかった。

 ——この場にいる一人を除いて。

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