番外編_1話 ステーション初日の大騒動と小さな奇跡
時は少し戻り、ドラゴンステーションが開設された日のこと・・・
リンドブルムの空に、
高らかに響き渡ったリュウガの雄叫び。
それは、俺たち『ドラゴン便』の、
そしてこの街の新たな時代の幕開けを告げる、
力強いファンファーレだった。
『ドラゴンステーション・リンドブルム』落成式の興奮も冷めやらぬ翌朝。
俺たちの新しい拠点は、
夜明けと共に、かつてないほどの喧騒に包まれていた。
「ケンタさん!
東の商業都市ヴェリタスからの定期便、
もう間もなく到着予定です!
荷下ろしの準備を!」
「リリア!
南の村から、至急の薬草輸送依頼だ!
ウィンドランナーの誰かを手配してくれ!」
「ギドの旦那!
リュウガ様の新しい蹄鉄…いや、爪当てか?
あれの具合はどうなってんだ!
今日の長距離飛行に間に合うんだろうな!?」
事務所の扉はひっきりなしに開閉し、
カウンターの前には、
様々な荷物を抱えた依頼主たちの長い列ができている。
俺の声、リリアさんの指示する声、
ギドさんの怒鳴り声にも似た指示、
そしてドラゴンたちの力強い咆哮や、
ピクシー・ドレイクたちの可愛らしい鳴き声が入り混じり、
ステーション全体が、まるで一つの巨大な生き物のように、
朝からフル稼働で動き出していた。
「くっそー!
嬉しい悲鳴とは、まさにこのことだな!」
俺は、額の汗を拭いながら、
次々と舞い込んでくる依頼の羊皮紙の束と格闘していた。
スキルウィンドウの『異世界物流システム Lv.2』も、
ほぼ常時起動状態で、
様々な情報を俺の脳内に送り続けてくれている。
だが、それでも処理が追いつかないほどの、
圧倒的な物量と情報量だった。
リュウガは、
ドラゴンステーションの広大な発着場から、
改良された『ドラゴンギア Lv.2(試作品)』を装着し、
ヴェリタスや王都といった主要都市への
長距離幹線輸送へと、勇ましく飛び立っていく。
その瑠璃色の巨体が、朝日を浴びて空を駆ける姿は、
もはやリンドブルムの名物となり、
それを見るだけで人々は勇気づけられるという。
ウィンドランナーたちは、
まだ新しい環境と仕事に戸惑いながらも、
ギドさん特製の『ドラゴンギア・ミニ』と、
それぞれの荷物に合わせた小型配達ポーチを誇らしげに装着し、
リリアさんの的確な指示と、
ピクシー・ドレイクたちの健気なサポートを受けながら、
リンドブルム近郊の村々への小口配送に、
初めての本格的な挑戦を開始していた。
「シルフィちゃん、大丈夫?
この薬草の包みは、山頂の小さな祠までよ。
風が強いから、絶対に無理しないでね!」
リリアさんが、ひときわ小柄なウィンドランナーのシルフィに、
優しく声をかける。
シルフィは、「ピャウ!」と力強く一声鳴くと、
まるで風そのものになったかのように、
あっという間に空の彼方へと消えていった。
最初は、道に迷ってしまったり、
荷物を途中で落としそうになったり、
あるいは、気まぐれな風に流されて
予定外の場所に降り立ってしまったりと、
小さなトラブルも絶えなかったウィンドランナーたち。
だが、彼らは驚くほど賢く、そして順応性が高かった。
ケンタがスキルウィンドウで作成し、
リリアが分かりやすく絵解きした
「配達エリア別・最適飛行ルートマップ(ウィンドランナー版)」や、
ギドさんが考案した
「荷物の種類別・安全固定マニュアル(イラスト付き)」を、
彼らは驚くべき速さで吸収し、
日を追うごとに、その飛行技術と配達の正確性を
目に見えて向上させていったのだ。
そんなステーション初日の喧騒の中、
一本の緊急依頼が舞い込んできた。
リンドブルムから見て、
竜骨山脈の向こう側にある、
普段は雪に閉ざされた小さな山間の村からだった。
村の子供が、高熱を出して危険な状態にあり、
特効薬となる希少な薬草を、
一刻も早く届けてほしいという、切実な内容だった。
「くそっ、こんな時に…!
リュウガは今、ヴェリタスへ向かっている。
ピクシー・ドレイクたちでは、あの山脈は越えられない…!」
俺は頭を抱えた。
馬車やリザードカーゴでは、
到底間に合わない距離と悪路だ。
「ケンタさん…私に行かせてください!」
その時、力強い声と共に、
一頭の若いウィンドランナーが俺の前に進み出た。
風切り峠から俺たちについてきた、
ひときわ勇敢で、そして飛行技術も高いと評判の、
翡翠色の鱗を持つ若者、その名を『ゲイル』といった。
「俺たちウィンドランナーなら、
あの程度の山脈、ひとっ飛びです。
それに、この『ドラゴンギア・ミニ』と、
ギド様が作ってくれた新しい小型コンテナがあれば、
薬草も安全に運べます!」
ゲイルの瞳には、
使命感と、そして仲間を救いたいという
熱い想いが燃えていた。
俺は、一瞬ためらった。
まだ経験の浅いウィンドランナーに、
これほど重要な、そして危険な任務を任せていいものか…。
だが、ゲイルの真っ直ぐな瞳と、
その隣で力強く頷く他のウィンドランナーたちの姿を見て、
俺は決断した。
「…分かった、ゲイル。
君と、そして君の仲間たちを信じよう。
だが、絶対に無理はするな。
スキルウィンドウで、可能な限りのサポートはする。
何かあったら、すぐに通信機で連絡をくれ」
「はいっ!」
ゲイルは、数頭の仲間と共に、
リリアさんが厳重に梱包した薬草の入った小型コンテナを
しっかりと体に固定すると、
一陣の風のように、北の空へと飛び立っていった。
その小さな翼は、
しかし、大きな希望を乗せて、
力強く、そして確かな軌跡を描いていく。
俺とリリアさん、そしてギドさんは、
固唾を飲んで、彼らの無事を祈りながら、
ステーションの管制室(という名の、
大きな地図が貼られただけの事務所の一角だ)で、
ギドさん特製の通信機からの連絡を待ち続けた。
時間が、まるで止まったかのように長く感じられる。
窓の外では、ピクシー・ドレイクたちが、
心配そうに事務所の周りを飛び回っていた。
そして、数時間後。
通信機から、雑音と共に、
ゲイルの、少し興奮した、しかし確かな声が聞こえてきた!
『ケンタ様…! リリア様…! 聞こえますか!?
…やりました! 薬は、無事に村へ届きました!
子供も…子供も、峠を越えたようです…!』
「やった…! やったぞ、ゲイル!」
俺は、思わず叫び、リリアさんとギドさんと固く抱き合った。
目頭が、熱くなるのを感じた。
ウィンドランナー隊の、初めての大きな任務。
そして、彼らが掴んだ、最初の、そして何よりも尊い小さな奇跡。
それは、『ドラゴン便』の、
そしてこのドラゴンステーションの輝かしい未来を予感させる、
力強い産声だったのかもしれない。
この日の出来事は、
「霧笛の村の奇跡」として、
リンドブルムの人々の間で、
長く語り継がれることになるのだった。




