第94話 リンドブルムの市場が変わる! ~コールドチェーンの萌芽と新たな特産品~
ギドさん特製の『運行管理盤』の導入と、
リリアさんのディスパッチャーとしての目覚ましい成長により、
俺たち『ドラゴン便』の日常業務は、
以前にも増してスムーズに、そして効率的に回るようになった。
リュウガは、ヴェリタスや王都といった
長距離幹線輸送にその力を集中させ、
ウィンドランナーたちは、
リンドブルム近郊の村々や山間部への
きめ細かい支線輸送を担い、
そしてピクシー・ドレイクたちは、
リンドブルム市内の「ピクシー・エクスプレス」として、
人々の細やかなニーズに応え続ける。
まさに、それぞれの翼の特性を活かした、
理想的な役割分担が実現しつつあった。
そんな中、ギドさんの工房では、
もう一つの、そして『ドラゴン便』の未来を左右するかもしれない
重要な開発が、着々と進められていた。
それは、『コールドボックス・マークII』のさらなる改良と、
それを組み込んだ新しい輸送コンテナの開発だ。
「小僧、嬢ちゃん、ちょっと来てみろ。
面白いものができたぞ」
ある日の午後、
工房から顔を出したギドさんが、
いつになく興奮した様子で俺たちを手招きした。
俺とリリアさんが工房へ駆けつけると、
そこには、以前よりも一回り大きく、
そして頑丈そうな、銀色の箱が鎮座していた。
その表面には、複雑なドワーフのルーン文字が刻まれ、
側面には、何やら魔力を帯びた水晶のようなものが
いくつも埋め込まれている。
「こ、これは…ギドさん!
まさか、完成したんですか!?」
俺は、息を呑んで尋ねた。
「フン、まあな。
お前たちが『氷晶の洞窟』から持ち帰った
『永久氷石』のかけらと、
わしが秘蔵していた冷却効果のある魔石、
そして、ドワーフの秘伝の合金技術を組み合わせれば、
これくらいのものは造作もないわい。
名付けて、『コールドボックス・マークII改』だ!」
ギドさんは、誇らしげに胸を張った。
「マークII…改…!」
リリアさんも、目をキラキラと輝かせている。
「こいつの性能は、以前のマークIIとは比べ物にならんぞ。
箱の内部は、常に一定の低温に保たれ、
しかも、その温度をある程度調整することも可能だ。
これなら、リリアの嬢ちゃんが言っていた、
熱に弱いデリケートな薬草や、
あるいは、鮮度が命の魚介類なんかも、
長距離を、しかも数日間は新鮮なまま運べるはずだ」
ギドさんの言葉に、
俺とリリアさんは、顔を見合わせて歓声を上げた。
「すごい…!
ギドさん、本当にありがとうございます!」
「これがあれば、もっとたくさんの人を助けられますね!」
これは、まさに革命だった。
この『コールドボックス・マークII改』の登場は、
『ドラゴン便』の輸送可能な品目の幅を、
飛躍的に広げることを意味していた。
そしてそれは、リンドブルムの、
いや、アースガルド大陸の食文化や医療に、
静かな、しかし確実な変化をもたらし始めることになる。
俺たちは、早速、
『コールドボックス・マークII改』の試験輸送を開始した。
最初のターゲットは、
南の湖畔の村々で獲れるという、
新鮮な『湖水エビ』と『虹鱒』だ。
これまでは、足が早すぎて、
リンドブルムの市場に出回ることはほとんどなかった幻の食材。
俺たちは、ウィンドランナーのシルフィに
マークII改を搭載した小型コンテナを運ばせ、
夜明け前に漁を終えたばかりの漁師たちから、
獲れたての湖の幸を直接買い付けた。
そして、それを太陽が昇りきる前に、
リンドブルムの市場へと空輸したのだ。
市場の商人たちは、
その見たこともないほど新鮮で、
活きの良い湖の幸に度肝を抜かれた。
「こ、これは…本当に今朝獲れたばかりなのか!?」
「信じられん! まるで湖から直接持ってきたみたいだ!」
その日のうちに、
『ドラゴン便が運んだ新鮮な湖の幸』は、
市場の目玉商品となり、
瞬く間に売り切れてしまったという。
リンドブルムの食卓に、
新たな彩りが加わった瞬間だった。
次に挑戦したのは、
ヴェリタスから、
特殊な製法で作られるという、
極めてデリケートな生菓子の輸送だ。
それは、ほんの少しの温度変化や振動でも
形が崩れてしまうため、
これまでリンドブルムの人間は
誰も口にしたことがなかったという幻の銘菓。
俺たちは、マークII改の温度を厳密に管理し、
リュウガに、いつも以上に慎重な飛行を依頼した。
そして、見事、その美しい形と風味を損なうことなく、
リンドブルムの貴族の茶会へと届け、
参加者たちを驚嘆させた。
『ドラゴン便』の新たなサービス、
『コールドチェーン輸送』の噂は、
あっという間に大陸中に広まった。
これまで輸送を諦めていた遠方の特産品や、
特別な管理が必要な医療品など、
様々な依頼が、
ドラゴンステーションへと舞い込んでくるようになった。
リリアさんは、
市場の商人たちと協力し、
新しく手に入るようになった食材を使った料理のレシピを考案したり、
ステーションの待合室で、
ささやかな試食会を開いたりして、
リンドブルムの食文化に、
新しい風を吹き込むことに情熱を燃やしていた。
彼女の笑顔は、
ステーションを訪れる人々にとっても、
大きな楽しみの一つとなっていた。
ケンタは、
この『コールドチェーン』の成功に、
さらなる事業拡大の夢を見ていた。
(これがあれば、いつか、
大陸の隅々まで、
安全で美味しい食料を届けられるようになるかもしれない。
飢饉や食糧不足に苦しむ人々を、
救うことができるかもしれない…)
それは、まだ遠い夢物語かもしれない。
だが、俺たちの小さな翼は、
確実に、その夢へと向かって羽ばたき始めていた。
ギドさんが開発した『コールドボックス・マークII改』は、
そのための、力強い追い風となるはずだ。




