第86話 風のドラゴンの噂
「…よくぞ参られた、風の運び手よ。
そして、瑠璃色の竜と、小さな翼の者たちよ。
わしは、お前たちが来るのを、
ずっと待っておったぞ…」
森の奥深く、
天を突くような大樹の根元で、
俺たちを迎えたのは、
まるで何千年も生きているかのような、
不思議な雰囲気を纏った老人だった。
その声は、風が木々の葉を揺らす音のように穏やかで、
しかし、どこか懐かしい響きを持っていた。
「あ、あの…あなたは…?」
俺は、戸惑いながらも、
目の前の、謎めいた老人に深々と頭を下げた。
リリアさんも、ギドさんも、
そしてリュウガとピクシー・ドレイクたちも、
固唾を飲んで老人を見つめている。
老人は、優しい笑みを浮かべた。
その深い皺が刻まれた顔には、
森の賢者とでも言うべき、
穏やかで、そして全てを見通すような
不思議な光が宿っていた。
「わしの名は、エルム。
ただの、森の番人じゃよ。
そして、お前たちが探し求めている、
『風のドラゴンの長老』とも、
少しばかり顔見知りでのう…」
風のドラゴンの長老…!?
俺たちは、思わず顔を見合わせた。
まさか、こんな場所で、
そんな重要な手がかりに出会えるとは…!
「エルム様…!
では、あなたは、
俺たちがリュウガ以外のドラゴンを
探していることをご存知で…?」
俺は、期待と不安が入り混じった声で尋ねた。
「うむ。
風が、お前たちの噂を運んできたからのう。
瑠璃色の竜と共に空を駆け、
人々のために荷を運ぶ、
心優しき若者がいると。
そして、その若者が、
新たな翼を求めていることも…」
エルム様は、静かに頷いた。
その言葉は、まるで予言のようだ。
「実は、この『囁きの森』のさらに奥、
風が常に吹き荒れる『風切り峠』と呼ばれる場所に、
古くから『ウィンドランナー』と呼ばれる、
風を操る竜の一族が棲んでおる。
彼らは、リュウガ殿と同じく、
高速で空を駆けることを得意とするが、
より小回りが利き、
複雑な地形での飛行にも長けておるじゃろう」
ウィンドランナー…!
風を操る竜…!
それは、まさに俺たちが探し求めていた、
新たな翼の可能性かもしれない!
「エルム様!
そのウィンドランナーたちに、
会うことはできないでしょうか!?
俺たちは、彼らと協力して、
もっと多くの人々を助けたいんです!」
俺は、熱意を込めて訴えかけた。
エルム様は、しばらくの間、
じっと俺の目を見つめていたが、
やがて、ゆっくりと首を横に振った。
「…残念ながら、今のわしには、
お前たちを彼らの元へ導くことはできん。
ウィンドランナーたちは、誇り高く、
そして人間を警戒しておる。
特に、彼らの長老は、
過去に人間から酷い仕打ちを受けた経験があり、
心を固く閉ざしてしまっておるのじゃ…」
エルム様の言葉に、
俺たちの胸に、失望の色が広がる。
せっかく見つけた手がかりだったのに…。
「だが、諦めるのはまだ早いぞ、若者よ」
エルム様は、俺たちの表情を見て、
優しく微笑んだ。
「お前たちの、その真っ直ぐな想いと、
そして、リュウガ殿との揺るぎない絆があれば、
あるいは、彼らの心を動かすことができるやもしれん。
それに…」
エルム様は、意味深に言葉を切った。
「この森には、ウィンドランナーの長老の心を癒すための、
特別な『何か』が眠っているという言い伝えもある。
それを見つけ出すことができれば、
道は開けるやもしれんのう…」
特別な何か…?
それは一体…?
俺たちの新たな冒険は、
この謎めいた森の賢者の言葉と共に、
またしても、
予期せぬ方向へと動き出そうとしていた。




