第81話 『深淵の水晶』の輝き
フィーリア様から手渡された『深淵の水晶』。
それは、手のひらサイズでありながら、
まるで夜空に輝く全ての星々を
その内部に閉じ込めたかのような、
深く、そしてどこまでも透き通った青い輝きを放っていた。
ひんやりとした感触と共に、
そこからは、凝縮された純粋な魔力が、
まるで心臓の鼓動のように、
リズミカルに、そして力強く脈打っているのが感じられる。
これが、ギドさんが求める、
究極の冷却効果を持つという伝説の素材…。
「ありがとうございます、フィーリア様…!
このご恩は、決して忘れません…!」
俺は、深々と頭を下げた。
リリアさんも、ギドさんも、
俺の隣で、同じように感謝の言葉を述べている。
「礼には及びません。
あなたたちが見せてくれた絆の力は、
私にとっても、大きな希望となりました。
どうか、その力を、
この世界の未来のために役立ててください」
フィーリア様は、
慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、
そう言った。
その姿は、もはや氷の巫女というより、
俺たちの旅路を優しく見守る、
女神そのもののようだった。
俺たちは、フィーリア様と、
そして、いつの間にか俺たちに敬意を払うようになっていた
『氷の守り手』たちに見送られ、
『氷晶の洞窟』を後にした。
洞窟の外は、
いつの間にか、
穏やかな陽光が降り注ぐ、
美しい白銀の世界へと変わっていた。
吹雪は完全に止み、
空気は澄み渡り、
遠くの山々までくっきりと見渡せる。
まるで、俺たちの心の内のようだ。
「やったな、ケンタ!
ついに手に入れたぞ、お宝を!」
ギドさんが、興奮した様子で俺の肩を叩いた。
その顔には、子供のような無邪気な笑顔が浮かんでいる。
「はい!
これで、ギドさんの作る『コールドボックス』も、
きっと素晴らしいものになりますね!」
リリアさんも、嬉しそうに声を弾ませる。
「グルルルルァァァァァッ!!」
リュウガも、俺たちの喜びを分かち合うかのように、
高らかな勝利の咆哮を上げた!
その翼は、もう完全に回復し、
大空へと飛び立つ準備は万端のようだ。
ピクシー・ドレイクたちも、
祝福するように、俺たちの周りを楽しげに舞っている。
俺たちは、手に入れた『深淵の水晶』を、
リリアさんが持っていた『コールドポーチ』
(これもギドさん特製で、ある程度の低温を保てる)に
大切にしまい込み、
一路、リンドブルムへの帰路についた。
行きとは比べ物にならないほど、
俺たちの心は軽く、そして晴れやかだった。
リュウガの翼も、
まるで風そのものになったかのように、
軽快に、そして力強く、
俺たちを故郷へと運んでいく。
道中、俺たちは、
今回の冒険で手に入れたものについて語り合った。
それは、『深淵の水晶』という物質的な宝だけではない。
リュウガの新たなる力の覚醒。
仲間たちとの、より深まった絆。
そして、どんな困難にも屈しないという、
揺るぎない自信。
それら全てが、
俺たちにとって、かけがえのない財産となったのだ。
「なあ、ギドさん。
あの『深淵の水晶』を使えば、
本当に、究極の『コールドボックス』が作れるのか?」
俺は、隣を飛ぶギドさんに尋ねた。
「フン、当たり前だ、小僧。
あの水晶から放たれる冷気は、
わしがこれまで扱ってきたどんな素材よりも強力で、
そして純粋だ。
あれを動力源とすれば、
箱の中を、長期間、絶対零度に近い状態に保つことも
不可能ではないかもしれんぞ。
そうなれば、生鮮食品の長期保存はもちろん、
極低温でなければ扱えないような特殊な薬品や、
あるいは…古代の遺物のようなものの輸送も
可能になるやもしれんな」
ギドさんの目は、
職人としての探究心と、
未知なる技術への挑戦心で爛々と輝いていた。
「すごい…!
そんなものができたら、
『ドラゴン便』の可能性は、
本当に無限に広がりますね!」
リリアさんが、感嘆の声を上げる。
俺も、胸の高鳴りを抑えきれなかった。
コールドチェーンの究極形。
それが実現すれば、
アースガルド大陸の食文化、医療、
そして科学技術すらも、
大きく変革することができるかもしれない。
俺たちの『ドラゴン便』は、
ただ物を運ぶだけの存在ではなく、
この世界の未来を切り開く、
まさに『翼』となるのだ。
数日後、
俺たちは、懐かしいリンドブルムの街並みを
眼下に捉えた。
ドラゴンステーションの、
まだ新しいが、しかし堂々とした威容が見える。
そこには、俺たちの帰りを待つ、
たくさんの笑顔があるはずだ。
俺たちは、大きな達成感と、
そして、新たなる夢への期待を胸に、
リンドブルムの大地へと、
ゆっくりと、しかし力強く降り立っていった。




