第80話 最後の試練:フィーリアの問いかけと心の鏡
フロスト・フェンリルとの死闘を終え、
俺たちは、しばしその場で休息を取っていた。
リュウガの放った、
あの蒼白い炎のブレス。
その威力は凄まじく、
俺の想像を遥かに超えるものだった。
だが、同時に、
リュウガの消耗も激しかったようで、
今は、リリアさんの隣で、
ぐったりと横たわり、荒い息を繰り返している。
「リュウガ…大丈夫か?
無理をさせて、すまなかったな…」
俺は、リュウガの大きな頭を優しく撫でた。
その体は、まだ微かに震えている。
「ケンタさん、リュウガさん、
本当にすごかったです…!
あのブレス…まるで、伝説の竜みたいでした…!」
リリアさんが、興奮冷めやらぬ様子で言った。
その瞳には、リュウガへの尊敬と、
そして、ほんの少しの心配の色が浮かんでいる。
「フン、あの瑠璃色の竜、
なかなかやるじゃないか。
わしも、あれほどの威力のブレスは、
そうそうお目にかかれるもんじゃないぞ。
だが、あれだけの力を解放したんだ。
しばらくは、安静が必要だろうな」
ギドさんも、感心したように頷きながら、
リュウガの状態を冷静に分析していた。
俺たちは、リリアさんの回復薬と、
持ってきた非常食で体力を回復させると、
再び洞窟の奥へと進み始めた。
フィーリア様の最後の試練、
『絆の試練』が、俺たちを待っているはずだ。
やがて、俺たちがたどり着いたのは、
洞窟の最深部と思われる、
巨大な氷のドーム状の空間だった。
その中央には、
まるで祭壇のように、
一段高くなった氷の台座があり、
その上に、フィーリア様が静かに佇んでいた。
彼女の背後には、
青白い、神秘的な光を放つ、
巨大な氷の結晶…
あれが、『星霜の氷晶』なのだろうか。
「…よくぞ参りました、ドラゴン便の者たちよ。
そして、リュウガ。
あなたたちの勇気と、新たなる力、
確かに見届けさせていただきました」
フィーリア様は、
俺たちを穏やかな微笑みで迎えた。
その声は、相変わらず美しく、
そしてどこか神々しい。
「フィーリア様…
これが、最後の試練なのですか?」
俺は、緊張しながら尋ねた。
「はい。最後の試練は、
あなたたちの『絆』そのものです」
フィーリア様は、静かに言った。
「あなたたちは、これまで、
多くの困難を共に乗り越えてきました。
その中で育まれた絆の強さを、
私に示してほしいのです」
絆の強さ…?
一体、どうやって…?
俺たちが戸惑っていると、
フィーリア様は、そっと目を閉じた。
すると、彼女の体から、
淡い青白い光が溢れ出し、
それが、俺とリリアさん、そしてギドさんを、
それぞれ別々の方向へと包み込んでいく!
「な、なんだこれは!?」
俺は、突然の出来事に驚き、
抵抗しようとしたが、
その光はあまりにも優しく、
そして抗いがたい力を持っていた。
やがて、光が収まると、
俺は、一人、
見覚えのない、しかしどこか懐かしい場所に立っていた。
そこは、俺がいた現代日本の、
あの薄暗く、息が詰まるような、
ブラック企業のオフィスだった。
目の前には、積み上げられた伝票の山。
耳元では、上司の怒声と、
顧客からのクレーム電話の音が、
幻聴のように鳴り響いている。
あの、絶望的な日々が、
まるで現実のように、俺の目の前に蘇ってきたのだ。
(これは…俺の過去の記憶…?
フィーリア様の魔法か…!?)
俺は、混乱しながらも、
必死で状況を理解しようとした。
これは、試練なのだ。
俺の心の奥底にある、
弱さや、トラウマと向き合うための…。
同じ頃、
リリアさんは、幼い頃、
薬の調合を間違えて、
大切な人を危険な目に遭わせてしまったという、
苦い記憶の中にいた。
その時の恐怖と後悔が、
鮮明に蘇り、彼女の心を苛む。
そして、ギドさんは、
かつて、信頼していた人間に裏切られ、
ドワーフの誇りを深く傷つけられたという、
封印していた過去の出来事と、
再び対峙させられていた。
その時の怒りと絶望が、
彼の心を焼き尽くそうとしていた。
俺たちは、それぞれ、
自分の心の最も深い場所にある『闇』と、
一人で向き合わなければならなかった。
それは、あまりにも辛く、
そして孤独な戦いだった。
だが、俺たちは、
決して一人ではなかった。
絶望の淵に立たされた俺の脳裏に、
ふと、リリアさんの優しい笑顔と、
ギドさんの不器用な励まし、
そして、リュウガの信頼に満ちた黄金色の瞳が浮かんだ。
そうだ、俺はもう、
あの頃の無力な社畜じゃない。
俺には、信じられる仲間がいる。
共に未来を切り開いていく、
かけがえのない仲間たちが!
その想いが、
俺の心に、新たな勇気の炎を灯した。
同じように、
リリアさんも、ギドさんも、
それぞれの心の闇の中で、
仲間たちの存在を、
そして、共に過ごした日々の温かさを思い出し、
再び立ち上がる力を得ていた。
やがて、俺たちの目の前の幻影は、
まるで陽光に溶ける雪のように、
静かに消えていった。
気づくと、俺たちは、
再び、氷のドームの中、
フィーリア様の前に立っていた。
互いの顔には、涙の跡と、
そして、何かを乗り越えた者だけが持つ、
晴れやかな表情が浮かんでいた。
「…見事です、ドラゴン便の者たちよ」
フィーリア様が、
満足そうに、そして慈愛に満ちた微笑みを浮かべて言った。
「あなたたちは、それぞれの心の闇を乗り越え、
そして、仲間との絆の力を、
確かに私に示してくれました。
あなたたちならば、
『星霜の氷晶』の力を、
正しく、そして賢明に使うことができるでしょう」
フィーリア様は、そう言うと、
祭壇の上に置かれた、
あの巨大な氷の結晶に、そっと手を触れた。
すると、結晶は眩い光を放ち始め、
その中から、
手のひらサイズの、
しかし凝縮された宇宙のような、
深遠な輝きを秘めた青い水晶が、
ゆっくりと姿を現した。
あれが、『星霜の氷晶』…!
いや、『深淵の水晶』…!
「これこそが、
この洞窟が古より守り続けてきた、
大いなる力の結晶。
さあ、受け取りなさい、ケンタ。
そして、その力で、
多くの人々に、希望の光を届けなさい」
フィーリア様は、
その『深淵の水晶』を、
俺の震える手に、そっと握らせてくれた。
ずしりと重い、しかしどこか温かいその感触が、
俺の心に、新たな使命感を刻み込んだ。




