第77話 第一の試練:氷鏡の迷宮と古の謎解き
フィーリア様から告げられた、三つの試練。
その最初の試練は、
「知恵の試練」と名付けられた、
この氷晶の洞窟のさらに奥深くに広がるという、
『氷鏡の迷宮』を突破することだった。
「この迷宮は、
古の氷の魔法によって作られた、
無数の鏡と幻影が織りなす、惑わしの回廊。
力だけでは、決して進むことはできません。
あなたたちの知恵と、
そして、真実を見抜く清らかな心が試されるでしょう」
フィーリア様は、
どこか試すような、
しかし優しい眼差しで俺たちを見つめていた。
「氷鏡の迷宮…
面白そうじゃないか、小僧。
ドワーフの知恵比べと洒落込もうぜ」
ギドさんが、ニヤリと笑い、
工房から持ってきたらしい、
奇妙な形をしたレンズや方位磁石のような道具を
ジャラジャラと取り出した。
どうやら、やる気満々のようだ。
「私も、ケンタさんとギドさんの役に立てるように、
頑張ります…!」
リリアさんも、不安そうな表情の中にも、
強い決意を滲ませている。
彼女の薬草の知識や、鋭い観察眼が、
この謎解きで役立つかもしれない。
リュウガは、残念ながらその巨体では
迷宮の中には入れないため、
フィーリア様の計らいで、
洞窟の入り口近くにある、
比較的広くて暖かい(といっても氷点下だが)
特別な空間で待機してもらうことになった。
ピクシー・ドレイクたちも、
リュウガのそばで、心配そうに俺たちを見送っている。
「リュウガ、必ず戻ってくるからな。
いい子で待ってろよ」
俺は、相棒の大きな鼻先に額を寄せ、
そう約束した。
そして、俺たち三人は、
フィーリア様に導かれ、
『氷鏡の迷宮』の入り口へと足を踏み入れた。
そこは、まさに言葉を失うほどの光景だった。
壁も、床も、天井も、
全てが磨き上げられた巨大な氷の鏡でできており、
それが複雑に組み合わさって、
無限に続くかのような回廊を作り出している。
松明の灯りが乱反射し、
どこが現実で、どこが虚像なのか、
全く見分けがつかない。
自分の姿すら、何重にも映り込み、
目が眩みそうだ。
「こ、これは…
想像以上に厄介な場所だな…」
俺は、思わず呻いた。
これでは、方向感覚などあっという間に失ってしまう。
「フン、見た目だけのハッタリだわい。
ドワーフの目は、そんな見せかけの幻影には騙されんぞ」
ギドさんは、強がりを言いながらも、
その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
俺たちは、慎重に、
一歩一歩、迷宮の奥へと進んでいった。
だが、進めども進めども、
景色は変わらず、
同じような鏡の回廊が続くだけだ。
時折、行き止まりかと思えば、
それが鏡の反射だったり、
逆に、道があるように見えて、
実は氷の壁だったりする。
(スキルウィンドウ!
マップ機能は…ダメだ、ここでも『解析不能』か!
フィーリア様の言う通り、
この迷宮は、俺のスキルでも簡単には見破れないらしい…)
俺は、焦りを抑え、
冷静に周囲を観察する。
何か、手がかりがあるはずだ。
この迷宮を設計した者の意図が、
どこかに隠されているはず…。
「ケンタさん、見てください!
あの鏡、少しだけ曇っていませんか…?」
リリアさんが、壁の一点を指差した。
確かに、他の鏡と比べて、
その鏡だけ、表面にうっすらと白い曇りがかかっている。
「もしかしたら…
これが、正しい道を示す印なのかもしれない…!」
俺たちは、僅かな希望を胸に、
曇った鏡の方向へと進んでみた。
すると、その先には、
これまでとは少しだけ雰囲気の違う、
新たな通路が現れたのだ!
「やったぞ、リリアさん!
君の観察眼のおかげだ!」
「いえ…そんな…」
リリアさんは、頬を赤らめてはにかんだ。
だが、迷宮はそう甘くはなかった。
曇った鏡を頼りに進んでいくと、
今度は、複数の分かれ道が現れた。
そして、それぞれの道には、
奇妙な絵柄や、古代の文字のようなものが刻まれた
氷の石版が置かれている。
「これは…謎解きか…?」
ギドさんが、腕を組み、
難しい顔で石版を睨みつけている。
石版に刻まれた謎は、
どれも一筋縄ではいかないものばかりだった。
星の配置に関するもの、
古代の神話に関するもの、
あるいは、複雑な計算を必要とするもの…。
俺は、前職で培った論理的思考力と、
趣味で得た雑多な知識を総動員して、
謎解きに挑んだ。
リリアさんも、薬草の知識や、
古い書物で読んだ伝承などを元に、
貴重なヒントを与えてくれる。
ギドさんも、ドワーフならではの数学的知識や、
鉱石に関する知識で、俺たちを助けてくれた。
一つ、また一つと、
仲間たちと知恵を絞り、
謎を解き明かしていく。
その度に、新たな道が開け、
俺たちは迷宮のさらに奥深くへと進んでいく。
時には、間違った道を選んでしまい、
危険な罠(氷の針が飛び出してきたり、
床が抜け落ちたりする)に遭遇することもあったが、
その度に、ギドさんの機転や、
俺の咄嗟の判断で、なんとか切り抜けてきた。
そして、どれほどの時間が経っただろうか。
俺たちの体力も、集中力も、
限界に近づきつつあった、その時。
目の前に、
これまでとは比較にならないほど巨大な、
円形の広間が現れた。
その中央には、
巨大な氷の結晶が、
まるで心臓のように、
青白い光を明滅させながら鎮座している。
そして、その氷の結晶の周囲には、
最後の試練とでも言うべき、
最も難解な謎が、
俺たちを待ち受けていた…。




