第68話 ギドの秘策と『コールドボックス・マークII』改良
謎の男クロウの出現に、
俺たちの間には、一瞬、緊張が走った。
だが、彼が持ちかけてきた「儲け話」というのは、
意外にも、俺たちが抱える課題の一つを
解決するヒントになるものだった。
「へえ、ケンタの旦那。
あんたたちの『ドラゴン便』、
確かに速くて便利そうだが、
運べる荷物の種類には、まだ限りがあるようだねぇ?」
クロウは、事務所の椅子にふんぞり返り、
まるで値踏みするように俺たちを見回しながら言った。
その態度は気に食わないが、
彼の指摘は的を射ている。
「特に、鮮度が命の食材や、
熱に弱いデリケートな薬草なんかは、
今のあんたたちのやり方じゃ、
長距離を運ぶのは難しいんじゃないか?」
「…その通りだ。
それが、今の俺たちの最大の悩みの一つでもある」
俺は、正直に認めた。
「だろうねぇ。
そこで、だ。俺が一つ、面白い情報を持ってきた。
このリンドブルムから数日ほど馬車で行った山奥に、
一年中、万年雪に覆われた『氷晶の洞窟』ってのがあるんだが、
そこの奥深くで採れる『永久氷石』って鉱石はな、
それ自体が強力な冷却効果を持っていて、
周囲の温度を長時間、氷点下に保つことができるらしいぜ」
「永久氷石…!?」
俺とリリアさんは、思わず顔を見合わせた。
そんな都合の良い鉱石が、本当に存在するのか…!?
「ああ。ただ、その洞窟は、
凶暴な氷の魔獣の巣窟になっていて、
並の冒険者じゃ近づくことすらできないらしいがね。
もし、あんたたちがその『永久氷石』を手に入れられれば、
ギドの旦那が作ろうとしている『冷たい箱』も、
とんでもない性能になるんじゃないか?」
クロウは、ニヤリと笑って言った。
その情報は、まさに俺たちが求めていたものだった。
ギドさんが開発中の『コールドボックス』は、
ドワーフの特殊合金や魔石の粉末を使っているものの、
まだ冷却効果の持続時間には限界があった。
もし、この『永久氷石』が手に入れば…!
「クロウさん、その情報、確かですか!?」
リリアさんが、身を乗り出して尋ねる。
「へっへっへ。俺の情報網をなめちゃいけないよ、お嬢ちゃん。
まあ、信じるか信じないかは、あんたたち次第だがね。
もし、その鉱石を手に入れて、
高性能な『冷たい箱』が完成したら、
その暁には、俺にも一つ、
特別な依頼をさせてもらいたいもんだがねぇ…」
クロウは、意味深な笑みを浮かべた。
どうやら、彼もただで情報を提供してくれたわけではないらしい。
「…分かった。
その話、乗らせてもらう。
氷晶の洞窟の場所、詳しく教えてもらえるか?」
俺は、決断した。
危険は伴うだろうが、
『ドラゴン便』の未来のためには、
挑戦する価値がある。
クロウは、満足そうに頷くと、
懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出し、
洞窟のおおよその場所と、
そこに棲むと言われる魔獣の特徴などを俺たちに説明した。
そして、「健闘を祈るぜ」という言葉を残し、
風のように事務所を去っていった。
嵐のような男だった。
「…ケンタさん、本当に大丈夫でしょうか?
あのクロウという人、なんだか信用できないような…」
リリアさんが、不安そうに俺の顔を見上げる。
「ああ、確かに胡散臭い男だったな。
だが、彼がもたらした情報は、本物かもしれない。
それに、俺たちには、もう後がないんだ」
俺は、ギドさんの工房へと向かった。
工房では、ギドさんが、
俺が以前話した『ユニットロードコンテナ』の試作品と、
そして『コールドボックス・マークII』の改良に、
相変わらず没頭していた。
「ギドさん!
すごい情報が入りました!
『永久氷石』っていう、とんでもない鉱石があるらしいんです!」
俺は、クロウから得た情報を、
興奮気味にギドさんに伝えた。
「永久氷石、だと…?」
ギドさんは、金槌を置くと、
興味深そうに俺の話に耳を傾けた。
そして、話を聞き終えると、
その目に、いつになく強い光を宿らせた。
「…面白い!
もし、その鉱石が本物なら、
わしが今考えている『コールドボックス』の構造を
根本から見直す必要があるかもしれんな。
いや、むしろ、それこそが、
真の『コールドチェーン』を実現するための鍵になるやもしれん!」
ギドさんの声は、
ドワーフとしての探究心と、
職人としての挑戦心で震えていた。
「ただし、小僧。
その『氷晶の洞窟』とやらは、
クロウの言う通りなら、かなりの難所だ。
今のリュウガの翼では、まだ無理だろう。
それに、お前自身の装備も、
もっと寒冷地仕様に改良する必要がある」
「はい、分かっています。
まずは、リュウガの翼を完全に回復させることが最優先です。
それから、ステーションの建設も進めなければ…」
「うむ。焦りは禁物だ。
だが、目標ができたのは良いことだ。
わしは、その『永久氷石』とやらを組み込むことを想定して、
『コールドボックス・マークII』の、
さらなる改良版の設計に取り掛かるとしよう。
それと…」
ギドさんは、工房の隅に置かれた、
アダマンタイト合金の塊を指差した。
「そろそろ、『ドラゴンギア Lv.2』の本格的な製作にも
取り掛かるか…。
お前たちが『永久氷石』を手に入れて戻ってくる頃には、
最高の翼を授けてやるわい」
ギドさんの力強い言葉に、
俺の胸は、再び熱くなった。
『永久氷石』の入手は困難を極めるだろう。
だが、それに見合うだけの価値がある。
最高のギアと、最高のコールドボックス。
それが揃えば、『ドラゴン便』は、
まさに無敵の輸送手段となるはずだ!
俺は、リンドブルムの空を見上げた。
その空の向こうには、
まだ見ぬ『氷晶の洞窟』と、
そして、俺たちの新たな挑戦が待っている。
リュウガの翼が完全に癒え、
そして、このリンドブルムに、
俺たちの夢の拠点『ドラゴンステーション』が完成する日も、
そう遠くはないはずだ。
その日に向かって、
俺たちは、一歩ずつ、
しかし確実に、前へ進んでいく。




