第64話 忍び寄る暗雲
『ドラゴンステーション』の建設は、
ギドさんの卓越した指揮と、
ドワーフたちの驚異的な技術力、
そして、ピクシー・ドレイクたちという
予想外の小さな協力者たちのおかげで、
驚くほどの速さで進んでいた。
リュウガ専用の広大な厩舎の骨組みはほぼ完成し、
ギドさんのための新しい鍛冶工房も、
その頑丈な外壁が姿を現し始めていた。
荷物の仕分けと保管を行う倉庫エリアの基礎工事も始まり、
俺が思い描いていた夢の物流拠点が、
少しずつ、しかし確実に現実のものとなろうとしていた。
「すごいな、ギドさん!
この調子なら、思ったよりも早く
ステーションが完成するかもしれないですね!」
俺は、日に日に形を変えていく建設現場を見渡し、
興奮を隠しきれない様子で言った。
「フン、当たり前だ。
ドワーフの建築技術をなめるなよ、小僧。
だが、油断は禁物だ。
これからが正念場だからな。
特に、お前が言っていた『特殊コンテナ』とやらを
保管するための、温度管理ができる倉庫の建設は、
かなりの難工事になるぞ」
ギドさんは、汗を拭いながらも、
その目には確かな自信が漲っていた。
リリアさんも、
薬屋の仕事と両立しながら、
毎日欠かさず建設現場に顔を出し、
作業員たちへの差し入れや、
細々とした事務作業を手伝ってくれていた。
彼女の明るい笑顔と優しい心遣いは、
現場の男たちの荒んだ心を癒やし、
作業の効率を格段に上げている…と、
ギドさんも密かに認めていた。
そんな、希望に満ちた日々が続いていたある日のことだった。
その日は、朝から空の様子がおかしかった。
いつもは青く澄み渡っているリンドブルムの空が、
どんよりとした鉛色の雲に覆われ、
生暖かい、湿った風が不気味に吹き続けていた。
鳥たちの姿も見えず、
森の木々も、まるで何かを恐れるように、
ざわざわと不穏な音を立てている。
「なんだか、嫌な天気ですね、ケンタさん…」
リリアさんが、不安そうに空を見上げながら呟いた。
俺も、胸騒ぎを覚えていた。
スキルウィンドウの天候予測も、
『大規模な豪雨の可能性:高』という、
不吉な警告を発している。
そして、その予感は、
最悪の形で現実のものとなった。
昼過ぎから降り始めた雨は、
あっという間に猛烈な豪雨へと変わり、
リンドブルムの街と、その周辺地域を叩きつけた。
雷鳴が轟き、稲妻が空を裂く。
まるで、天が怒り狂っているかのようだった。
雨は、一晩中降り続いた。
そして、翌朝、俺たちが目の当たりにしたのは、
信じられないような光景だった。
リンドブルムの街を流れる川は、
濁流となって氾濫し、
街の一部は水浸しになっていた。
畑は泥水に覆われ、
家畜たちは怯えて鳴き声を上げている。
そして何よりも深刻だったのは、
街と近隣の村々を結ぶ街道が、
土砂崩れや橋の崩落によって、
完全に寸断されてしまっていたことだ。
「ひどい…!
こんなことになってしまうなんて…!」
リリアさんは、言葉を失い、
目の前の惨状に立ち尽くしていた。
俺も、あまりの被害の大きさに、
ただ呆然とするしかなかった。
これが、異世界の自然の猛威なのか…。
現代日本の、整備されたインフラとは比較にならないほど、
この世界の生活基盤は脆弱なのだ。
『ドラゴンステーション』の建設現場も、
幸い高台にあったため直接的な被害は免れたものの、
降り続いた雨で地盤が緩み、
一部の資材が流されてしまうなど、
少なからぬ影響を受けていた。
だが、それ以上に俺の心を締め付けたのは、
孤立してしまった村々のことだった。
街道が寸断されれば、
食料や医薬品などの救援物資を届けることはできない。
怪我人や病人が出ても、
街の医者に診せることもままならないだろう。
このままでは、多くの人々が危険な状態に陥ってしまう。
「ケンタさん…!
私、薬屋として、
何かできることはないでしょうか…!
孤立した村には、きっと薬が必要な人が
たくさんいるはずです!」
リリアさんが、決意を秘めた目で俺に訴えかける。
「ああ、もちろんだ!
だが、どうやって物資を運ぶ…?
道は完全に塞がってしまっているんだぞ…」
俺は、歯がゆさで唇を噛みしめた。
その時、ギドさんが、
泥まみれになりながらも、
力強い声で言った。
「小僧、お前には翼があるだろうが。
あの瑠璃色の竜の翼がな」
「!
リュウガ…!」
そうだ、俺たちにはリュウガがいる!
道がダメなら、空から行けばいい!
「だが、ギドさん!
この悪天候だぞ!
それに、リュウガの翼はまだ完全に…」
「フン、言い訳は聞きたくないね。
お前たちの『ドラゴン便』は、
こういう時のためにあるんじゃないのか?
リンドブルムの民が苦しんでいる時に、
何もしないで指を咥えて見ているつもりか?」
ギドさんの言葉は厳しいが、
その奥には、俺たちへの信頼と期待が込められている。
そうだ、俺たちがやらなくて、誰がやるんだ!
『ドラゴン便』の真価が問われるのは、
まさに、今この時なのだ!
「分かりました、ギドさん!
やります!
いや、やらせてください!」
俺は、腹を括った。
「リリアさん、すぐに救援物資のリストアップと、
必要な薬の準備をお願いします!
食料、水、毛布、そして何よりも医薬品だ!」
「はいっ!」
「ギドさん、リュウガのギアの最終チェックと、
悪天候でも荷物を安全に運べるような、
何か特別な装備は作れませんか!?
例えば、物資を上空から正確に投下できるような…!」
「フン、任せておけ。
ドワーフの技術をなめるなよ。
一夜漬けで、最高の救援装備を作ってやるわい!」
俺たちの心に、再び闘志の火が灯った。
リンドブルムを襲った未曾有の天災。
それは、俺たち『ドラゴン便』にとって、
最大の試練であると同時に、
その存在意義を証明するための、
またとない機会でもあったのだ。
俺は、厩舎で待機していたリュウガの元へ駆けつけた。
相棒は、俺の決意を察したのか、
力強い目で俺を見つめ返してきた。
「リュウガ…!
また、お前に無理をさせることになるかもしれない。
だが、俺たちの力が必要なんだ!
一緒に、このリンドブルムを救ってくれるか!?」
「グルルルルルァァァァァッ!!!」
リュウガの雄叫びが、
荒れ狂う風雨を切り裂き、
リンドブルムの空に、高らかに響き渡った。




