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第4話 ドラゴンとの出会い

あの夜、

異世界の夜空に革命を誓ってから、

さらに数日が過ぎた。


相変わらず、

俺たちの旅はカタツムリもかくやというペースで続いている。

ウインド運送のリズ(巨大トカゲ)は今日も元気にのっしのっしと歩き、

バーンズ親方は御者台で居眠りし、

俺は荷車の横をトボトボと歩く。


景色は代わり映えしない草原と森の繰り返し。

たまーに小さな村を通り過ぎるくらいで、

本当に変化がない。

変化がないから、余計なことばかり考えてしまう。


(…圧倒的なスピードを持つ、何か…)


頭の中はそのことでいっぱいだった。


馬?

いや、馬車だってこの世界じゃ大して速くない。


魔法?

俺は使えないし、使える人間を雇う金もない。


鳥?

伝書鳩みたいな小型ならともかく、

荷物を運べるような巨大な鳥なんて…。


「ん? そういや、

人足の爺さんが言ってたな。

『貴族様なら飛竜便を使う』って…」


飛竜…ドラゴンか!


ファンタジー世界の定番だな。

空を飛んで荷物を運ぶ…まさに理想的じゃないか!


でも、待てよ。ドラゴンだぞ?

あの、火を噴いたりする凶暴な伝説の生き物だろ?

そんなのをホイホイ使役できるわけが…

いや、でも、貴族が使ってるってことは、

不可能じゃないのか?


「どうやってドラゴンを…?」


考え込んでいると、

不意にバーンズ親方から声がかかった。


「おい、ケンタ!

ちょっとそこの森で水汲んできてくれや。

ついでに、なんか食えるもんでも見繕ってこい。

ベリーとかキノコとかな」


「へいへい、了解ッス」


ちょうどいい。

少し一人になって頭を整理したかった。

俺は水袋とナイフを手に、

街道脇の森へと足を踏み入れた。


森の中はひんやりとしていて、

木漏れ日が地面にまだら模様を描いている。

小川のせせらぎを探しながら、

キョロキョロと辺りを見回す。

食べられそうなキノコは…

うーん、毒々しい色のやつばっかりだな。

ベリーは…お、あれは食えそうだ。


夢中で赤い実を摘んでいると、

ふと、茂みの奥から微かな音が聞こえた。


…獣の、苦しげな息遣い?


なんだ?

怪我でもしてるのか?


好奇心と、

ほんの少しの警戒心を抱きながら、

音のする方へ慎重に近づいていく。


そして、俺は息を呑んだ。


茂みを抜けた先、

小さな開けた場所に、そいつはいた。


体長は…7、8メートルくらいか?

全身を覆うのは、空の色を映したような、

鮮やかな瑠璃色の鱗。

しなやかに伸びる首、

鋭い爪を持つ四肢、

そして背中には巨大な翼。


ドラゴンだ…!


本物のドラゴンを間近で見たのは初めてだ。

その威容に、一瞬、体が竦む。


だが、次の瞬間、

俺はドラゴンの異変に気づいた。


そいつは、苦しそうに荒い息を吐き、

片方の翼を不自然な角度で折り曲げていた。

翼の付け根あたりからは血が流れ、

地面を赤黒く汚している。

脇腹にも深い傷があるようだ。


怪我をしている…。

しかも、かなり深手だ。


俺が不用意に近づいたことに気づいたのか、

ドラゴンが鋭い視線をこちらに向けた。

黄金色の瞳孔が、

縦に細長く収縮する。


グルルルルル…ッ!


喉の奥から、

地響きのような唸り声が漏れる。

明らかな威嚇。

全身の鱗が逆立ち、

口元からは鋭い牙が覗いている。

やべえ、完全に警戒されてる。

下手すりゃ丸焼きコースか?


普通なら、

ここで逃げ出すべきなんだろう。

相手はドラゴンだぞ?

人間なんて、赤子同然だ。


でも、俺はなぜか、

その場から動けなかった。


ドラゴンの黄金色の瞳の奥に、

威嚇だけじゃない、別の感情が見えた気がしたからだ。

それは、痛みと、恐怖と、そして…

深い孤独の色。


まるで、昔の自分を見ているような…。


いや、ブラック企業でパワハラ上司に人格否定され続けて、

心が折れかけていた頃の俺か?

あの時も、誰にも助けを求められず、

一人で震えていたっけな…。


「…おい、大丈夫か?」


気づいたら、声が出ていた。

自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。


ドラゴンは驚いたように目を見開き、

さらに唸り声を上げる。

だが、俺は一歩も引かなかった。

ゆっくりと両手を広げ、

敵意がないことを示す。


「俺は敵じゃない。

あんた、ひどい怪我してるじゃないか。

手当て、させてくれないか?」


言葉が通じるはずもない。

でも、なぜか、俺の気持ちが伝わるような気がした。


前職で、気難しいベテランドライバーや、

扱いにくい現場の職人たちと渡り合ってきた経験が、

こんなところで活きるのか?

いや、それだけじゃない。

何か、もっと根源的な部分で、

このドラゴンと繋がっているような…

そんな感覚があった。


ドラゴンは依然として警戒を解かないが、

さっきのような殺気立った威嚇は収まっている。

ただ、苦痛に耐えるように、時折、

短く呻き声を漏らす。


俺はゆっくりと、

本当にゆっくりと、ドラゴンに近づいた。

数メートルの距離まで来たところで、

懐から干し肉を取り出す。

これは俺の非常食だ。


「腹、減ってるんだろ?

これ、食うか?」


干し肉を地面にそっと置く。


ドラゴンは、干し肉と俺の顔を交互に見比べ、

鼻をくんくんと鳴らした。

そして、おそるおそるといった感じで首を伸ばし、

干し肉をパクリと口にした。


…食った!


少しだけ、警戒心が和らいだか?


俺はさらに一歩近づき、

水袋を取り出した。


「水もいるだろ?」


水袋の口を開け、ドラゴンの前に差し出す。

ドラゴンはしばらく躊躇していたが、

やがて観念したように、

水袋から直接水を飲み始めた。

ゴクゴクと喉を鳴らす音が、

静かな森に響く。


水を飲み終えると、

ドラゴンは少しだけ落ち着いたように見えた。

俺はチャンスとばかりに、さらに近づく。


「翼の傷、見せてくれ。

俺、応急処置くらいならできる」


前職は物流現場。

荷崩れや機械への巻き込まれなど、

事故は日常茶飯事だった。

「安全第一」が口癖だったが、

それでも怪我人は絶えなかった。

だから、嫌でも救急処置や応急手当の講習は受けさせられたし、

実際に現場で手当てする機会も少なくなかった。

まさか、異世界でドラゴンの手当てに役立つなんて、

夢にも思わなかったが…。


ドラゴンは俺の言葉を理解したのか、

それとも俺の真剣な眼差しに何かを感じたのか、

抵抗する素振りを見せなかった。

俺はそっと、血の滲む翼の付け根に触れる。


「うわ…結構深いな。

何があったんだ?」


傷口は鋭利な刃物で切り裂かれたような跡と、

何かに強く打たれたような打撲痕が混在していた。

何者かと争ったのだろうか?


俺は持っていた清潔な布

(自分のシャツを破った)で傷口の血を拭い、

水で洗い流す。

ドラゴンは痛みに身を震わせたが、

暴れたりはしなかった。


次に、薬草を探す。

幸い、さっきベリーと一緒に、

止血効果のありそうな薬草も見つけていた。

それを口でよく噛み砕き、

唾液と混ぜて傷口に塗り込む。

原始的だが、やらないよりはマシだろう。


「よし、こんなもんか…」


素人仕事だが、できる限りの手当てはした。

あとは、こいつ自身の回復力に期待するしかない。


手当てが終わると、

ドラゴンは俺の顔をじっと見つめてきた。

その黄金色の瞳には、

もうさっきのような敵意はない。

代わりに、何かを探るような、

戸惑うような色が浮かんでいた。


「…お前、名前は?」


ふと、そんな言葉が口をついて出た。


ドラゴンは、まるで答えるかのように、

低く、しかし穏やかな声で「グルゥ…」と喉を鳴らした。

その音は、なぜか俺の頭の中に直接響き、

「リュウガ」という名前のように感じられた。


「リュウガ…か。

いい名前だな」


俺はそっと、リュウガの鼻先に手を伸ばした。

今度は避けられなかった。

硬いが、どこか温かい鱗の感触が、

手のひらに伝わる。


その時だった。


ガサガサッ!


近くの茂みが大きく揺れ、

二つの影が飛び出してきた。


一つは、緑色の肌をした小鬼――ゴブリン。

もう一つは、それより一回り大きく、

牙を生やした豚のような顔の怪物――オークだ。

どちらも錆びた剣や棍棒を手にしている。


「グギャ!」「ブルルッ!」


奴らは、怪我をして動けないリュウガと、

その傍らにいる俺を見て、

明らかに獲物を見つけたという顔をした。

涎を垂らし、下卑た笑みを浮かべている。


やばい!

よりにもよって、こんな時に!


俺は咄嗟にリュウガの前に立ち、

ナイフを構えた。

だが、相手は二匹。しかも武装している。

素人の俺が敵うはずもない。


「リュウガ! 逃げ…」


言いかけた瞬間、

俺の後ろでリュウガが咆哮した。


グオオオオオオォォォォッ!!!


それは、先ほどの威嚇とは比べ物にならない、

凄まじい威圧感を伴う叫びだった。

森全体がビリビリと震え、

ゴブリンとオークは恐怖に顔を引きつらせて立ちすくむ。


そして次の瞬間、

リュウガは傷ついた翼を無理やり広げ、

地面を蹴った!


バサァッ!!


巨大な翼が一瞬で風を捉え、

リュウガの巨体は信じられないほどの加速で宙に舞い上がる!

俺は、その突風に煽られて尻餅をついた。


あっけにとられて見上げる俺の頭上を、

リュウガは旋回する。

そのスピードは、まさに『風』そのものだった。

戦闘機か? いや、それ以上かもしれない!


リュウガは空中で体勢を整えると、

怯えるゴブリンとオークに向かって急降下!

目にも留まらぬ速さで奴らの間をすり抜け、

再び空へと駆け上がる。


ゴブリンとオークは、

何が起こったのか分からないという顔で立ち尽くしていたが、

次の瞬間、その場に崩れ落ちた。

リュウガが通り過ぎた一瞬で、

首を刎ねられていたのだ。


「…………」


俺は、呆然とその光景を見上げていた。


すげえ…。

なんだ、今の速さ…。


リザードカーゴの三週間が、

まるで冗談みたいだ。


リュウガはゆっくりと俺の前に降り立ち、

心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「グル…?」(大丈夫か?)とでも言っているようだ。


「あ、ああ…大丈夫だ。

助かったよ、リュウガ」


俺は立ち上がり、

リュウガの首筋をそっと撫でた。

温かい鱗の下で、力強い鼓動を感じる。


そして、確信した。


こいつだ。

俺が探し求めていた、

異世界の物流を変える鍵は!


この圧倒的なスピード!

空を自由に翔ける力!


これこそ、

現代でいう『航空貨物』そのものじゃないか!


航空貨物っていうのはな、

飛行機を使って荷物を運ぶことだ。

船やトラックに比べて運べる量は少ないし、

コストも高い。

でも、とにかく速い!

山があろうが海があろうが関係なく、

直線距離で飛んでいけるからな。

だから、緊急性の高いもの、

例えば医薬品とか、

あるいは高価な精密機器とか、

そういうものを運ぶのに使われるんだ。

まさに、時間をお金で買うような輸送手段だ。


このリュウガの力は、

それと同じ…いや、それ以上だ!


飛行機と違って、滑走路もいらない。

どこへでも直接飛んでいける。

これを使わない手はない!


三週間かかっていた隣町まで、

リュウガなら数時間、

いや、もしかしたら数十分で着けるかもしれない。


時間指定?

再配達?

荷物の追跡?

全部可能になる!


壊れやすいポーションだって、

振動の少ない空輸なら安全だ!


コストだってそうだ。

リザードカーゴと護衛を三週間雇う費用を考えれば、

リュウガに飛んでもらう方が、

結果的に安くなる可能性だって十分にある!


脳内で、

バラバラだったピースが一気に組み合わさっていく感覚。


そうだ、これだ!

これしかない!


ドラゴンが運ぶ、

超高速デリバリーサービス…!


その名も…

『ドラゴン便』!


興奮で、

全身の血が沸騰するようだ。


俺はリュウガの黄金色の瞳をまっすぐに見つめた。

言葉は通じないかもしれない。

でも、この熱い思いは、きっと伝わるはずだ。


「リュウガ…!」


俺はリュウガの首筋をもう一度、

強く撫でた。


これから始まるであろう、

前代未聞の挑戦。

その最初の、そして最高の相棒。


リュウガは、

俺の決意を感じ取ったかのように、

再び「グルゥ…」と低く、

しかし力強く喉を鳴らした。

その瞳には、確かな信頼と、

未来への期待が宿っているように、

俺には見えた。


こうして、

元・社畜サラリーマンと、

傷ついたはぐれドラゴンは出会った。


異世界の常識を覆す『ドラゴン便』の物語が、

今、静かに、しかし確実に動き始めたのだ。

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