第48話 逃走経路と洞窟の祈り
「嬢ちゃん! 聞こえるか!?
大変だ!
ゴードンの手先どもが、
どうやら俺たちの動きに気づいたらしい!
今、数人がこっちに向かってきてる!
すぐに隠れろ!
そして、小僧にも危険を知らせろ!」
ギドさんの、焦りで上擦った、
しかし冷静さを失わない声が、
通信機からリリアの耳に叩きつけられた。
(そんな…!
もう気づかれたの…!?
マルコさんに荷物を託したばかりなのに…!)
リリアの顔から、
一瞬にして血の気が引いた。
安堵したのも束の間、
新たな、そしてより直接的な危機が、
すぐそこまで迫ってきていた。
「マルコさん、申し訳ありません!
すぐにここを離れます!
どうか、お気をつけて…!」
リリアは、驚きと心配の表情を浮かべるマルコさんに
深々と頭を下げると、
商人宿の喧騒を抜け出し、
裏路地へと駆け出した。
心臓が、警鐘のように激しく鳴り響いている。
(ギドさんと合流しないと…!
そして、ケンタさんに知らせないと…!)
リリアは、入り組んだリンドブルムの裏路地を、
薬草の籠を抱えたまま、必死で走った。
どこから追っ手が現れるか分からない。
恐怖で足が竦みそうになるのを、
ケンタさんの顔を思い浮かべることで、
なんとか奮い立たせる。
「嬢ちゃん! こっちだ!」
角を曲がったところで、
ギドさんの声が聞こえた。
見ると、ギドさんが手招きしている。
彼の顔にも、焦りの色が浮かんでいた。
「ギドさん!
追っ手は…!?」
「ああ、もうそこまで来てる!
だが、このリンドブルムの裏道は、
わしらドワーフの庭みたいなもんだ。
そう簡単には捕まらんわい!」
ギドさんは、リリアの手を引くと、
まるで迷路のような細い路地を、
驚くほどの速さで駆け抜けていく。
時には、積み上げられた樽の山を飛び越え、
時には、民家の軒下を潜り抜け、
追っ手の目を巧みにかわしていく。
「くそっ、どこへ消えた!?」
「あっちだ! 追え!」
背後からは、ギルドの手先らしき男たちの
荒々しい声が聞こえてくる。
その声は、徐々に近づいてきているようにも、
遠ざかっているようにも感じられた。
(ケンタさん…リュウガさん…
どうか、無事でいて…!)
リリアは、息を切らしながら、
ただひたすらにギドさんの背中を追い続けた。
***
一方、崖下の洞窟では、
俺が、ギドさん特製の通信機を耳に当て、
息を詰めてリリアさんたちの状況を聞いていた。
『――今、数人がこっちに向かってきてる!
すぐに隠れろ!
そして、小僧にも危険を知らせろ!』
ギドさんの緊迫した声が、
俺の鼓膜を震わせた。
最悪の事態だ。
俺たちの動きが、ギルドに察知された。
「くそっ…!
リリアさんとギドさんが危ない…!」
俺は、思わず立ち上がり、
洞窟の入り口へと駆け寄ろうとした。
だが、その肩を、
リュウガが大きな頭でそっと押しとどめた。
「グルゥ…」
(ケンタ、落ち着け)
リュウガの黄金色の瞳が、
俺をまっすぐに見つめている。
その瞳には、
「俺を信じろ、仲間を信じろ」という、
強い意志が宿っているようだった。
翼の傷はまだ癒えていないが、
その気迫は、少しも衰えていない。
「…ああ、そうだな、リュウガ。
俺がここで焦っても仕方ない。
リリアさんとギドさんを信じて待つしかないんだ」
俺は、リュウガの言葉に頷き、
再び通信機に意識を集中させた。
だが、その後、ギドさんからの連絡は途絶え、
ただザーザーという雑音が聞こえるだけだった。
(頼む…無事でいてくれ…!)
時間が、まるで永遠のように長く感じられる。
洞窟の中の空気は、
俺の焦燥感を映すかのように、
重く、息苦しい。
俺は、スキルウィンドウを開き、
リンドブルム市街のマップを表示させた。
リリアさんとギドさんが逃げているであろう裏路地。
そして、それを追うギルドの手先の動き。
それらを、頭の中で必死にシミュレーションする。
だが、俺にできることは、あまりにも少ない。
(もし、リュウガが万全の状態だったら…
今すぐにでも飛んで行って、二人を助けられるのに…!)
歯がゆさと無力感に、
奥歯をギリリと噛みしめる。
その時だった。
『…小僧…聞こえるか…?
…ゼェ…ゼェ…なんとか、撒いたようだ…』
通信機から、途切れ途切れに、
しかし確かに、ギドさんの声が聞こえてきた!
「ギドさん!
リリアさんは!?
無事なんですか!?」
俺は、思わず叫んでいた。
『ああ…嬢ちゃんも無事だ…
だが、少し…消耗したようだな…
今から、そっちへ戻る…
迎えを…頼めるか…?』
ギドさんの声は、
明らかに疲労しきっていた。
「もちろんです!
すぐにリュウガと向かいます!
場所は!?」
『…いつもの、森の入り口だ…
そこで待っている…』
通信は、そこで途切れた。
「リュウガ!
行けるか!?」
俺は、横たわるリュウガに駆け寄った。
リュウガは、俺の言葉を理解したのか、
ゆっくりと、しかし力強く頷き、
傷ついた翼を広げ、巨体を持ち上げた。
「ありがとう、相棒…!
頼むぞ!」
俺はリュウガの背に飛び乗り、
ギドさん特製の『竜呼びの笛』を強く握りしめた。
万が一、ギルドの追っ手がまだ近くにいたら、
これで威嚇し、時間を稼ぐしかない。
リュウガは、洞窟を飛び出し、
夜明けの光が差し込み始めたリンドブルムの森を、
一直線に目指す。
その飛行は、まだ本調子ではないものの、
仲間を助けたいという強い意志が、
その翼に力を与えているようだった。
森の入り口。
そこには、肩で息をしながらも、
互いを支え合うようにして立つ、
リリアさんとギドさんの姿があった。
二人とも、服は汚れ、
顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。
だが、その目には、
困難を乗り越えた者だけが持つ、
確かな輝きがあった。
「リリアさん!
ギドさん!」
俺は、リュウガから飛び降り、
二人の元へ駆け寄った。
「ケンタさん…!」
リリアさんは、俺の顔を見ると、
安堵の表情を浮かべ、
そのまま俺の胸に飛び込んできた。
その体は、小さく震えていた。
「よく…よく頑張ってくれたな、二人とも…
本当に、ありがとう…」
俺は、リリアさんの背中を優しく撫で、
そして、誇らしげに胸を張るギドさんに、
心からの感謝を伝えた。
証拠は、無事にヴェリタスへと向かった。
そして、俺たちの仲間は、誰一人欠けることなく、
この場所にいる。
それだけで、今は十分だった。
だが、本当の戦いは、
まだ始まったばかりなのだ。
運送ギルドのゴードンは、
必ずや、次なる手を打ってくるだろう。
俺たちは、洞窟へと戻り、
傷ついた翼と心を休めながら、
次なる嵐に備えなければならない。




