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第46話 王都への密使

東の空が、

暁の女神の頬のように、

ほんのりと薔薇色に染まり始めた。


夜明けの冷気が肌を刺す中、

俺たちは、リュウガの隠れ家である洞窟で、

短い仮眠から目を覚ました。

体は鉛のように重く、

昨夜の死闘の傷跡がズキズキと痛む。

だが、心の中には、

不思議なほどの静けさと、

そして燃えるような決意があった。


「…時間だ」


俺は、隣でリュウガの翼の手当てを続けていた

リリアさんに声をかけた。

彼女の瞳にも、寝不足の色は濃いが、

その奥には、昨日よりもさらに強い光が宿っている。


ギドさんは、既に目を覚まし、

黙々と『ドラゴンギア Lv.1 改』の最終調整と、

俺が頼んだ「ある物」の製作に取り掛かっていた。

工房から持ち込んだのだろう、

大小様々な工具が、彼の周りに整然と並べられている。

その背中は、いつにも増して頼もしく見えた。


「リュウガ、調子はどうだ?」


俺は、横たわる相棒の巨体にそっと触れた。

リリアさんの献身的な治癒魔法と、

リュウガ自身の驚異的な回復力のおかげか、

翼の傷は、昨夜よりは幾分かマシになっているように見える。

だが、まだ自由に空を飛び回れる状態ではない。


「グルゥ…」

リュウガは、俺の手に甘えるように頭を擦り付けてきた。

その黄金色の瞳が、

「心配するな、俺は大丈夫だ」と語りかけているようだ。

こいつの気丈さには、本当に頭が下がる。


「よし、作戦開始だ」

俺は、改めて二人に向き直った。

「リリアさん、本当に大丈夫か?

これからやろうとしていることは、

これまで以上に危険なことだぞ」


俺が昨夜提案した策。

それは、リンドブルム運送ギルドの不正の証拠…

あの『裏帳簿』の写しと、

禁制品『月の雫』の現物を、

リュウガの翼ではなく、

信頼できる第三者の手で、

王都の宮廷魔術師、

あるいはヴェリタスの商人マードック氏の元へ届ける、

というものだった。


リンドブルムの衛兵やギルドの監視の目を掻い潜り、

この街から密かに証拠を運び出す。

まさに、虎の尾を踏むような危険な賭けだ。


「大丈夫です、ケンタさん」

リリアさんは、きっぱりと言った。

その声には、もう震えはない。

「私だって、『ドラゴン便』の一員です。

それに、この街で生まれ育った私なら、

衛兵たちの巡回ルートや、

人目につきにくい裏道にも詳しいですから。

必ず、ケンタさんの信頼できる人に、

この大切なものを届けてみせます」


彼女が差し出したのは、

昨夜のうちに、彼女が羊皮紙の裏帳簿を

一字一句違わぬように、

そして誰にも読めないような特殊な薬草インクで

書き写したという、数枚の羊皮紙だった。

その緻密さと根気には、ただただ頭が下がる。


「ありがとう、リリアさん。

本当に、頼りにしてる」

俺は、彼女の小さな手を強く握った。


「フン、嬢ちゃんだけじゃ心許ないわい」

ギドさんが、作業の手を止めずに口を挟んだ。

「わしも、リンドブルムの裏道なら詳しいぞ。

それに、万が一の時のための『お土産』も用意してある」

ギドさんは、ニヤリと笑い、

腰に下げた革袋をパンパンと叩いた。

中には、おそらくドワーフ特製の、

ちょっとした秘密兵器でも入っているのだろう。


「ギドさんまで…

本当に、ありがとうございます」


「礼はいい。

それよりも、小僧。

お前は、リュウガのそばを離れるな。

そして、この『通信機』で、

常にわしらと連絡を取り合えるようにしておけ」


ギドさんが俺に手渡したのは、

手のひらサイズの、奇妙な形の金属製の箱だった。

表面には、いくつかの水晶が埋め込まれている。


「ドワーフの秘術を使った、簡易的な通信機だ。

これがあれば、数キロ程度の距離なら、

お互いの声を届けることができる。

まあ、気休め程度だがな」


「すごい…!

こんなものまで作れるなんて…!」

俺は、改めてドワーフの技術力に驚嘆した。

これがあれば、作戦の成功率も格段に上がるはずだ。


夜明けの光が、

洞窟の奥まで完全に差し込んできた。

決行の時だ。


俺は、禁制品『月の雫』の入った木箱を、

さらに厳重に梱包し直し、

リリアさんに託した。

ずしりと重いその箱を、

リリアさんは、覚悟を決めた表情で受け取る。


「ケンタさん、ギドさん。

必ず、この任務、成功させてきます」


「ああ、頼んだぞ、リリアさん。

絶対に、無理だけはするな」


「嬢ちゃん、何かあったら、

すぐにこのわしに知らせろ。

どんな状況からでも、助け出してやるわい」


リリアさんは、俺とギドさんの言葉に力強く頷くと、

ギドさんと共に、

朝日が眩しい洞窟の外へと、

静かに、しかし確かな足取りで踏み出していった。

その小さな背中が、

やけに大きく、そして頼もしく見えた。


俺は、二人の姿が見えなくなるまで、

洞窟の入り口で見送った。

そして、隣に横たわるリュウガの巨体に、

そっと手を置いた。


「リュウガ…

俺たちは、俺たちにできることをやろう。

必ず、あいつらを無事に迎えられるように」


「グルルゥ…」

リュウガは、俺の言葉に応えるように、

力強く、しかし優しく喉を鳴らした。


リンドブルムの街に仕掛けられた、

俺たちの、ささやかな、しかし命懸けの策謀。

その歯車が、今、静かに、

そして確実に動き始めた。


この賭けが、

吉と出るか、凶と出るか…。

それは、まだ誰にも分からない。


だが、俺たちの胸の中には、

仲間への信頼と、

そして、夜明けの空のように、

わずかに、しかし確実に広がり始めた

希望の光があった。

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