第40話 解読の光
洞窟の中で、
俺たちはどれくらいの時間、
身を寄せ合っていただろうか。
リュウガの苦しげな寝息と、
リリアの静かな治癒魔法の光、
そしてギドさんの、時折漏れる荒い息遣いだけが、
冷たく湿った空気を震わせていた。
やがて、洞窟の入り口から、
夜の闇を押し退けるように、
朝の最初の光が、
細く、しかし力強く差し込んできた。
夜明けだ。
「リュウガ…調子はどうだ…?」
俺は、重い体をゆっくりと起こし、
横たわる相棒の巨体にそっと触れた。
リリアさんの献身的な治癒魔法のおかげか、
昨夜あれほど酷かった翼の傷からの出血は止まり、
呼吸も幾分か穏やかになっているように見えた。
だが、その黄金色の瞳には、
まだ深い疲労の色が浮かんでいる。
完全に回復するには、まだ時間がかかりそうだ。
「グルゥ…」
リュウガは、俺の手の温もりを感じたのか、
小さく喉を鳴らし、大きな頭を俺に擦り付けてきた。
その仕草が、俺の胸を締め付ける。
こいつは、俺を信じて、
あの絶体絶命の状況を共に戦い抜いてくれたのだ。
「無理するなよ、リュウガ。
ゆっくり休め。
あとは俺たちに任せろ」
俺は、リュウガの鼻先を優しく撫でた。
隣では、リリアさんが、
徹夜の看病で疲れ果てたのか、
リュウガの体に寄りかかるようにして、
こくりこくりと舟を漕いでいた。
その健気な姿に、俺は言いようのない感謝と、
そして申し訳なさを感じた。
彼女を、こんな危険な戦いに巻き込んでしまっている…。
「…小僧」
不意に、背後からギドさんの低い声がかかった。
振り返ると、ギドさんは既に目を覚まし、
工房から持ってきたのだろうか、
金槌やヤスリといった道具を広げ、
俺の『ドラゴンギア Lv.1 改』の点検と修理を始めていた。
その顔には、いつもの不機嫌さに加え、
寝不足からくる疲労の色も滲んでいる。
彼もまた、ほとんど眠らずに、
俺たちのために動いてくれていたのだ。
「ギドさん…おはようございます。
リュウガの翼は…」
「ああ、見た。
リリアの嬢ちゃんの魔法で、
最悪の状態は脱したようだが…
完全に飛べるようになるには、
最低でも数日はかかるだろうな。
その間、お前たちはどうするつもりだ?
あのギルドのゴードンとかいうクソ野郎は、
もうお前たちの秘密を掴んでるんだろう?」
ギドさんの言葉は、
朝の穏やかな光とは裏腹に、
重く、そして厳しい現実を俺に突きつけてきた。
「はい…おそらく。
奴らが、いつ、どんな手で襲ってくるか…」
「だろうな。
時間はあまり残されておらんぞ。
お前が命懸けで持ち帰った、あの羊皮紙の切れ端…
あれが、本当に俺たちの『切り札』になるのかどうか…
それが分かるまでは、俺たちはただの『獲物』だ」
ギドさんの言葉は辛辣だが、
その通りだった。
俺たちが掴んだのは、まだほんの欠片。
それが本当にギルドの不正を暴く力を持つのか、
まだ誰にも分からない。
「リリアさん…」
俺は、うとうとしているリリアさんの肩を優しく揺すった。
「リリアさん、起きてくれ。
あの羊皮紙のことなんだが…」
「ん…ケンタさん…?
あ、ごめんなさい、私…!」
リリアさんは、はっと目を覚まし、
慌てて姿勢を正した。
その頬には、リュウガの鱗の跡がうっすらとついている。
「大丈夫か、リリアさん。
疲れているところ悪いんだが、
あの羊皮紙の解読、お願いできないだろうか。
俺には、あの古い文字や暗号は、
さっぱりで…」
「はい!
もちろんです!
私、頑張ります!」
リリアさんは、眠気を振り払うように、
力強く頷いた。
その瞳には、もう迷いの色はない。
俺は、懐から例の羊皮紙の束を取り出し、
リリアさんに手渡した。
それは、昨夜の死闘の痕跡を物語るように、
煤と、そして俺の血で汚れていた。
リリアさんは、その羊皮紙を、
まるで貴重な古文書を扱うかのように、
慎重に、そして真剣な眼差しで受け取った。
そして、洞窟の入り口から差し込む朝の光を頼りに、
一枚一枚、そこに記された文字や記号を、
食い入るように見つめ始めた。
その姿は、いつもの薬屋の看板娘ではなく、
まるで古代の謎に挑む、
若き学者のようだった。
俺とギドさんは、
リリアさんの邪魔にならないように、
息を殺してその様子を見守る。
洞窟の中には、
リュウガの穏やかな寝息と、
リリアさんが羊皮紙をめくる微かな音、
そして、ギドさんがギアを修理する金属音だけが響いていた。
時間が、ゆっくりと、
しかし確実に流れていく。
太陽が空高く昇り、
洞窟の中に差し込む光が強くなってきた頃、
リリアさんが、ふと顔を上げた。
その表情は、驚きと、
そしてほんの少しの興奮に染まっているように見えた。
「ケンタさん…ギドさん…!
これ…やっぱり、ただの取引記録じゃありません…!」
リリアさんの声は、
緊張でわずかに上ずっていた。
「この羊皮紙には…
いくつかの商人の名前と、
莫大な金額のやり取りが記録されています。
でも、その品物の名前が…
普通の薬草や鉱石の名前じゃないんです。
まるで、何かを隠すための、
暗号みたいになっていて…」
「暗号だと?」
ギドさんが、手を止めてリリアさんを見た。
「はい。でも、私、薬屋の仕事で、
古い薬草の記録とか、
珍しい鉱物の名前とかをたくさん見てきましたから…
もしかしたら、この暗号、解けるかもしれません…!」
リリアさんの瞳が、
キラキラと輝き始めた。
彼女の専門知識が、
思わぬところで役に立つかもしれない!
「例えば、この『月の涙』っていうのは、
おそらく、夜間にしか採れない特殊なキノコのことです。
そして、この『黒曜石の粉末』は…
もしかしたら、もっと危険な…
禁制品の材料になるようなものかもしれません…!」
リリアさんは、羊皮紙に書かれた文字を指差しながら、
次々とその意味を解き明かしていく。
その姿は、まるで水を得た魚のようだ。
俺とギドさんは、
固唾を飲んでリリアさんの言葉に耳を傾ける。
やがて、リリアさんの顔から、
興奮の色が消え、
代わりに、驚愕と、
そして怒りの色が浮かび上がってきた。
「…分かりました…ケンタさん。
この羊皮紙に書かれているのは…
おそらく、リンドブルム運送ギルドが、
いくつかの悪徳商人と結託して行っている、
禁制品の密輸の記録です…!
そして、その利益の一部が、
ゴードンさんの懐に不正に流れ込んでいることも…!」
リリアさんの言葉は、
洞窟の中に、重く響き渡った。
禁制品の密輸。
そして、ギルド幹部の不正な蓄財。
これが、俺たちが掴んだ『証拠』の正体だったのだ。
「…やったな、リリアさん…!」
俺は、震える声で言った。
「これで、ゴードンの奴を…
運送ギルドを追い詰めることができるかもしれない…!」
だが、ギドさんの表情は、依然として厳しいままだった。
「待て、小僧。
まだ喜ぶのは早い。
確かに、これは大きな手がかりだ。
だが、これだけでは、まだ奴らを完全に追い詰めるには足りん。
密輸の現物、あるいは、
この取引に関わった人間の確かな証言がなければ、
奴らはまた言い逃れをするだろう」
ギドさんの言葉は、
浮かれそうになる俺たちの心を、
再び現実に引き戻した。
そうだ、まだ戦いは終わっていない。
むしろ、これからが本番なのだ。
だが、俺たちの手には、
確かに、一筋の光明が灯った。
俺は、リリアさんとギドさんの顔を、
そして、穏やかに眠るリュウガの顔を、
改めて見つめた。
この仲間たちとなら、
どんな困難だって乗り越えられるはずだ。
「よし…」
俺は、固く拳を握りしめた。
「次の手を考えよう。
必ず、ゴードンの悪事を白日の下に晒し、
『ドラゴン便』の、そしてリンドブルムの未来を、
俺たちの手で切り開くんだ!」




