第37話 岩山の洞窟
リュウガの鋭い感覚に導かれるまま、
俺たちは岩山の影に隠れた
小さな洞窟の入り口へとゆっくりと近づいていった。
黒々とした闇が、
まるで獣の口のようにぽっかりと開いている。
ひんやりとした、湿った空気が
洞窟の奥から流れ出してきて、
俺の汗ばんだ肌を撫でた。
「おい、リュウガ…
本当にこの中に入るのか?
なんだか、嫌な予感がするんだが…」
俺はゴクリと唾を飲み込み、
リュウガの首筋をそっと撫でた。
リュウガは、俺の不安を感じ取ったのか、
「グルゥ…」と低く喉を鳴らし、
大きな頭を俺の肩にすり寄せてきた。
その黄金色の瞳は、
「大丈夫だ、俺がついている」と
語りかけているようだった。
相棒の温もりに少しだけ勇気づけられ、
俺は意を決して、
ギドさんにもらった黒煙弾をいつでも使えるように準備し、
松明に火を灯した。
「よし、行こう。
だが、何かあったらすぐに引き返すぞ」
リュウガは器用にその巨体を縮こませるようにして、
洞窟の中へと頭から入っていく。
俺もその後に続いた。
洞窟の内部は、
入り口から想像していたよりもずっと広く、
天井も高い。
だが、松明の頼りない光が届く範囲は限られており、
その先の闇は、まるで底なし沼のように深く、
不気味な静寂に包まれていた。
壁からは絶えず水滴が滴り落ち、
ポタ…ポタ…という音が、
洞窟内に不気味に反響している。
「なんだ、この場所は…
ただの洞窟じゃないのか…?」
壁には、何やら人工的な加工の跡が見える。
まるで、誰かが意図的に掘り進めたかのようだ。
床には、獣の骨らしきものや、
錆びついた金属片のようなものが散乱していた。
(スキルウィンドウ、起動。
周囲の情報を表示…)
俺は『異世界物流システム』を起動し、
マップ機能で周囲の構造を確認しようと試みた。
だが、スキルウィンドウには
『解析不能エリア』という無機質な文字が表示されるだけだった。
どうやら、この洞窟はスキルの範囲外らしい。
あるいは、何か特殊な魔力でも働いているのだろうか。
俺たちは、慎重に、
一歩一歩、洞窟の奥へと進んでいった。
リュウガの鋭い嗅覚と聴覚が、
周囲の微細な変化を捉え、
危険を察知するたびに、
俺に短い唸り声で警告を発してくれる。
そのおかげで、何度か天井から落ちてくる岩や、
足元の深いクレバスを避けることができた。
どれくらい進んだだろうか。
やがて、洞窟の最も奥まった場所に、
少し開けた空間が現れた。
そこは、まるで誰かの隠れ家のような場所だった。
岩を削って作られた簡素な寝床。
使い古された毛布。
そして、壁際には、いくつかの木箱が
無造作に積み上げられている。
「おい、リュウガ…
これって、もしかして…」
俺は、緊張に高鳴る心臓を抑えながら、
一番手前にあった木箱に近づいた。
埃をかぶってはいるが、
鍵はかかっていないようだ。
ゆっくりと、木箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは――
「こ、これは…!?」
俺は思わず息を呑んだ。
そこには、リンドブルム運送ギルドの紋章が刻印された、
大量の羊皮紙の書類がぎっしりと詰め込まれていたのだ!
それは、帳簿のようにも見えるし、
何かの取引記録のようにも見える。
「なんでこんな場所に、
ギルドの書類が…?」
俺は、隣の木箱も開けてみた。
そこにも、同じようにギルドの紋章が入った書類の束。
さらに隣の木箱には、
錆びてはいるが、明らかに高価そうな装飾が施された短剣や、
出所不明の宝石のようなものが入っていた。
「まさか…これって、
ギルドの連中が、何かヤバい取引をして、
その証拠をここに隠してるってことか…?」
俺の脳裏に、
運送ギルドの幹部、ゴードンの強欲な顔が浮かんだ。
奴らなら、やりかねない。
表向きはリンドブルムの物流を支配する正当なギルドを装いながら、
裏では汚い金儲けに手を染めている…。
もし、この書類の中に、
ギルドの不正を暴く決定的な証拠があれば…
それは、俺たちにとって、
現状を打開するための強力な『切り札』になるかもしれない!
「やったぞ、リュウガ!
とんでもないお宝を見つけたかもしれない!」
俺は興奮を抑えきれず、
リュウガの首筋をバンバンと叩いた。
リュウガも、俺の喜びを感じ取ったのか、
「グルゥ!」と嬉しそうに喉を鳴らす。
だが、喜びも束の間だった。
「…ん?
なんだ、この匂いは…」
ふと、洞窟の奥から、
微かに甘ったるいような、
しかしどこか危険な香りが漂ってくるのに気づいた。
それは、薬草とは違う、
もっと人工的で、刺激的な匂い…。
リュウガも、その匂いに気づいたのか、
鼻をくんくんと鳴らし、
低い唸り声を上げ始めた。
明らかな警戒のサインだ。
「おい、リュウガ、
まさかこの奥に、まだ何か…」
俺が言いかけた、その時だった。
カサ…カサカサ…
洞窟のさらに奥、
闇の中から、何かが蠢く音が聞こえてきた。
それは、一つや二つではない。
複数の何かが、こちらに近づいてくる気配…。
松明の光をそちらへ向けると、
闇の中に、無数の赤い点が、
ギラギラと光っているのが見えた。
「な、なんだ…あれは…!?」
それは、体長1メートルほどの、
毒々しい紫色の体毛に覆われた、
巨大な蜘蛛のような魔獣だった。
その数は、十数匹…いや、もっと多いかもしれない!
奴らは、俺たちを獲物と認識したのか、
カチカチと鋭い顎を鳴らしながら、
じりじりと距離を詰めてくる。
「くそっ!
こんなところに、魔獣の巣があったのか!」
俺は咄嗟に、ギドさんにもらった黒煙弾を構えた。
だが、この狭い空間で使えば、俺たち自身も煙に巻かれる。
それに、この数だ。
煙幕で一時的に目を眩ませたとしても、
完全に逃げ切れる保証はない。
リュウガは、俺を守るように前に立ち、
威嚇の唸り声を上げる。
この狭い洞窟の中で、
まともに戦える状態ではない。
絶体絶命のピンチ。
せっかく見つけたギルドの不正の証拠も、
このままでは水の泡だ。
「どうする…どうすれば…!」
俺の頭は、フル回転で活路を探していた。




