第35話 窮地の策
リリアさんの報告は、
工房の空気を鉛のように重くした。
街には悪意に満ちた噂が蔓延し、
衛兵までもがギルドと結託して俺たちを追い詰めようとしている。
まさに、四面楚歌。
「ケンタさん…私たち、
本当にどうなっちゃうんでしょうか…」
リリアさんの声は涙で震え、
その瞳には絶望の色が浮かんでいる。
無理もない。
まだ若い彼女にとって、
この状況はあまりにも過酷すぎる。
俺は、彼女の肩をそっと抱き寄せた。
大丈夫だ、と言葉にしたいが、
安易な慰めは今の彼女には届かないだろう。
隣で、ギドさんが苦虫を噛み潰したような顔で
腕を組んでいる。
その額には、深い皺が刻まれていた。
「…小僧。
リリアの嬢ちゃん。
最悪の事態も覚悟はしておけ。
だがな、わしはまだ、
あのゴードンのクソ野郎に
好き勝手させるつもりは毛頭ないぞ」
ギドさんの低い声には、
怒りと、そしてドワーフとしての誇りが滲んでいた。
「ありがとうございます、ギドさん…」
俺は、二人の顔を交互に見た。
絶望的な状況かもしれない。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
俺たちには、まだやるべきことがある。
守るべき仲間がいる。
そして、信じてくれる人たちが、少数だとしても、確かにいる。
「大丈夫だ、リリアさん」
俺は、できるだけ力強い声で、
しかし静かに言った。
「俺たちには、まだ打つ手があるはずだ。
絶対に、このまま終わらせたりしない」
俺の目には、
リンドブルムの空を自由に飛翔するリュウガの姿と、
そして、この街の人々の笑顔が浮かんでいた。
それを守るためなら、
どんな困難にだって立ち向かってみせる。
「まず、俺たちが今すぐやるべきことを整理しよう」
俺は工房の作業台に、震える手で羊皮紙を広げた。
「ギルドの狙いは、俺たちの信用失墜と、
リュウガの捕獲、あるいは排除だ。
これに対して、俺たちは三つの方向から動く必要がある」
俺は炭筆を握り、羊皮紙に書き出していく。
「一つ、リュウガの安全確保。
これは最優先事項だ。
ギドさん、隠れ家の防御策の強化と、
万が一の時のための脱出ルートの確保、
そしてギアの応急修理と改良をお願いできますか?
特に、敵の追跡を振り切るための何か…
例えば、煙幕とか、目くらましになるようなものを
搭載できれば…」
「フン、素人が無茶を言うわい。
だが、面白そうではあるな。
煙幕か…ドワーフの秘伝の配合を使えば、
ワイバーンごときの目を眩ますくらいは造作もないわ。
ギアの方も、あの忌々しい投網対策を考えてやる」
ギドさんはニヤリと口の端を上げた。
その目には、職人としての挑戦の炎が再び灯っている。
「二つ目、情報戦だ。
リリアさん、危険な役目を頼むことになるが、
引き続き街の情報を集めてほしい。
衛兵の具体的な動き、市民の反応、
そして何より、ギルドの次の手を予測するための情報を。
それと…これはさらに危険かもしれないが、
俺たちの正当性を訴え、
ギルドの悪評に対抗するための情報発信も続けたい。
例えば、これまでの依頼で助かった人たちの声を、
もっと多くの人に届ける方法はないだろうか?」
「はい…!
私、頑張ります!
以前、感謝の手紙を貼り出した時も、
少しですが効果はありました。
もっと工夫して、街の人たちに私たちのことを
分かってもらえるように…!
それに、父の知り合いの商人さんたちの中には、
ギルドのやり方に不満を持っている人もいるんです。
もしかしたら、協力してくれるかもしれません…!」
リリアさんの瞳に、再び強い光が宿る。
彼女はもう、ただの薬屋の娘ではない。
俺たち『ドラゴン便』の、立派な広報担当だ。
「そして三つ目…」
俺は言葉を切り、二人をまっすぐに見つめた。
「俺は、この状況を打開するための『切り札』を探す。
それは、ギルドの不正の証拠かもしれないし、
あるいは、俺たちに味方してくれる強力な後ろ盾かもしれない。
スキルウィンドウの情報も最大限に活用する。
もしかしたら、王都の宮廷魔術師や、
ヴェリタスのマードックさんに助けを求めることになるかもしれない。
そのためには、俺自身が動く必要がある」
「小僧、それは危険すぎるんじゃないか?
お前が捕まれば、元も子もないぞ」
ギドさんが心配そうに言う。
「分かっています。
ですが、このまま守りに入っていてもジリ貧です。
どこかで勝負をかけなければ。
リュウガがいれば、いざという時は空から逃げられるはずです」
俺たちの作戦は、あまりにも無謀で、
成功の保証などどこにもないかもしれない。
だが、何もしなければ、
ただギルドの思惑通りに追い詰められていくだけだ。
「…決まりだな」
俺は、羊皮紙に書き出した三つの項目を指差した。
「リュウガの安全確保と防御策の強化。
情報収集と市民への働きかけ。
そして、状況打開のための切り札の捜索。
俺たち三人と、リュウガ。
それぞれの役割を全力で果たし、
必ずこの危機を乗り越えよう」
「「はい!」」
「おう!」
リリアさんとギドさんの力強い返事が、
薄暗い工房に響いた。




