第34話 リンドブルムの激震そして3人の決意
リリアさんの報告に、
工房の空気は一瞬で凍りついた。
「なんだと…!?
あのクソ狐ジジイ…
ゴードンの野郎、そこまでやるか!」
最初に沈黙を破ったのは、ギドさんだった。
その顔は怒りで赤黒く染まり、
手に持った金槌をギリギリと握りしめている。
今にも飛び出していきそうな勢いだ。
「衛兵まで動き出したって…
本当なのか、リリアさん!?」
俺も、リリアさんに詰め寄る。
もし衛兵が本格的に動き出したとなれば、
俺たちはただの「怪しい運び屋」から、
一気に「街の敵」になりかねない。
「は、はい…!
市場の商人たちが噂していました…。
『ドラゴン便は危険なドラゴンを隠し持っている』
『いつ街を襲うか分からない』って…。
それを聞いた衛兵の何人かが、
ゴードンさんと一緒にギルドの建物に入っていくのを
見た人もいるって…」
リリアさんの声は震え、顔は青ざめている。
無理もない。
これは、これまでの嫌がらせとは次元が違う。
運送ギルドは、俺たちを社会的に抹殺しようと
しているのだ。
「落ち着け、二人とも!」
俺は、怒りに震えるギドさんと、
恐怖で顔をこわばらせるリリアさんに声をかけた。
自分自身も、内心では激しく動揺していたが、
ここでリーダーである俺が冷静さを失うわけにはいかない。
「まず、状況を整理しよう。
ギルドの狙いは、おそらく二つ。
一つは、俺たちの信用を徹底的に貶めて、
『ドラゴン便』を潰すこと。
もう一つは、リュウガの存在を公にして、
あいつを危険な魔獣として捕獲、
あるいは討伐する口実を作ることだ」
「ふざけやがって…!
リュウガがどれだけ大人しくて賢いか、
奴らは何も知らんくせに!」
リリアさんが悔しそうに叫ぶ。
彼女にとっても、リュウガはもう大切な仲間なのだ。
「衛兵が動いているというのが厄介だな」
ギドさんが、唸るように言った。
「奴らが領主様の許可を得て動いているのか、
それともゴードンの口車に乗せられただけなのか…。
それによって、俺たちの対応も変わってくる」
「どちらにしても、
今の俺たちが正面から衛兵とやり合うのは無謀です。
最悪の場合、反逆者として追われることになる」
俺は冷静に分析する。
「じゃあ…私たちは、どうすれば…?」
リリアさんが不安そうに俺を見る。
俺は工房の中をゆっくりと歩きながら、考えを巡らせた。
スキルウィンドウを開き、
リンドブルムの衛兵の配置や、
ギルドの主なメンバーの情報を確認する。
だが、直接的な解決策は見当たらない。
(ギルドの悪評に対抗するには、
俺たちの正当性と、リュウガの安全性を証明する必要がある。
だが、どうやって?
リュウガを街中で見せるわけにはいかないし、
俺たちの言葉だけでは、誰も信じてくれないだろう…)
(マードックさんや、宮廷魔術師に助けを求めるか…?
いや、彼らを巻き込むのはまだ早い。
それに、彼らが動いてくれる保証もない)
「…まずは、情報収集だ」
俺は結論を出した。
「リリアさん、悪いけど、もう一度街の様子を探ってきてくれないか?
特に、衛兵の具体的な動きと、
市民たちの反応を中心に。
ただし、絶対に無理はしないでくれ。
危険を感じたら、すぐに戻ってくるんだ」
「はい…! 分かりました!」
リリアさんはこわばった表情ながらも、
力強く頷き、工房を飛び出していった。
彼女の勇気と行動力には、本当に頭が下がる。
「ギドさん、俺たちは…」
俺がギドさんに向き直ると、
彼は既に何かを悟ったような顔で頷いた。
「分かっとる。
リュウガの隠れ家を、さらに厳重にする。
それと、お前たちのギアの修理と改良を急ぐ。
万が一、このリンドブルムから逃げ出さなければならん
事態になった時のためにな」
「逃げ出す…ですか」
「最悪の場合も考えておけ、ということだ。
だが、わしはまだ諦めたわけじゃないぞ、小僧。
あのゴードンの好きにさせてたまるか。
ドワーフの意地ってもんを見せてやるわい」
ギドさんの目には、
怒りと共に、不屈の闘志が燃えていた。
この頑固な鍛冶師は、
俺たちが思っている以上に、
この状況を深刻に受け止め、
そして本気で俺たちを助けようとしてくれているのかもしれない。
「ありがとうございます、ギドさん。
俺も、諦めるつもりはありません。
必ず、この状況を打開してみせます」
俺とギドさんは、
固い視線を交わした。
リリアさんが戻ってくるまでの間、
俺はギドさんと共に、
工房でできる限りの準備を進めた。
ギアの補強、隠れ家の防御策の検討、
そして、万が一のための脱出ルートの確認…。
数時間後、リリアさんが息を切らせて戻ってきた。
その表情は、さらに暗いものへと変わっていた。
「ケンタさん…ギドさん…!
やっぱり、状況は良くないです…。
街の広場では、ギルドの息のかかった者たちが、
大声で『ドラゴン便の危険性』を訴えていました。
それを聞いた市民の中には、
不安そうな顔をしている人もいれば、
怒って『ドラゴンを追い出せ!』と叫んでいる人も…」
「衛兵たちは…?」
「それが…何人かの衛兵が、
ギルドの者と一緒に、
集荷ポイントの小屋を調べていたみたいです。
それに、森の方へ向かう道にも、
見張りのような兵士が立っているのを見ました…」
「…やはり、集荷ポイントと、
リュウガの隠れ家を探っているのか」
俺は奥歯を噛みしめた。
ギルドの動きは、俺たちの予想以上に早く、
そして的確だった。
「ケンタさん…私たち、どうなっちゃうんでしょうか…」
リリアさんの声は、涙で震えていた。
俺は、彼女の肩をそっと抱いた。
そして、隣で厳しい顔をしているギドさんを見た。
絶望的な状況かもしれない。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
俺たちには、まだやるべきことがある。
守るべき仲間がいる。
そして、信じてくれる人たちがいる。
「大丈夫だ、リリアさん」
俺は、できるだけ力強い声で言った。
「俺たちには、まだ打つ手があるはずだ。
絶対に、このまま終わらせたりしない」




