表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/146

第2話 元・社畜、ギルドで仕事を請け負う

…って、感傷に浸ってる場合じゃない!


現実問題、

俺は無一文だ。


異世界の通貨は、

さっきのおっちゃん曰く、

銅貨、銀貨、金貨の三種類。


価値?


よく分からんが、

感覚的に銅貨一枚が、

日本の缶コーヒー一本分くらいの価値…だろうか?


だとすると、

事態は深刻だ。


安宿の相場が一泊銅貨5枚。

つまり、一晩屋根の下で寝るだけで、

缶コーヒー5本分のコストがかかる。


質素な黒パンとスープのセットですら、

一食銅貨2枚は飛ぶ。


生きるだけで、

一日最低でも銅貨10枚…

いや、何かあった時のために、

もう少し余裕を見ておきたい。


これが無ければ、

俺の寝床は硬い石畳、

ディナーは道端の雑草だ。


冗談じゃない!

過労死寸前から生き延びたと思ったら、

次は餓死エンドかよ!

なんてハードモードだ、この世界は!


「…よし、日銭稼ぎだ!」


腹の底から、

死に物狂いの活力が湧き上がってきた。

そうだ、俺は社畜。

どんな理不尽な状況でも、

生き抜くための術は体に染みついている!


目指すは、

仕事の斡旋もしているという『冒険者ギルド』!

もう、そこしか頼るアテはない!


ギルドの建物は、

リンドブルムの街の中でも一際大きく、

古びてはいるが、

見るからに頑丈そうな石造りの威容を誇っていた。


何百年もの風雪に耐えてきたような、

年季の入った重々しい木の扉。


俺は唾を飲み込み、

渾身の力を込めてそれを押し開けた。


途端に、

むわっとした熱気と、

怒号にも似た荒々しい活気、

そして汗とエール(ビールのようなものか?)と…

微かに鉄錆びたような血の匂いが混じり合った、

濃密な空気が鼻腔を突き刺した。


うわっ…濃すぎる…!

まるで、真夏の満員電車に、

むさ苦しい運動部員が大量に乗ってきたような…。


中は広く、しかし薄暗い。

松明の炎が壁に揺らめき、

長い影を作り出している。


壁という壁には、

羊皮紙らしき紙が隙間なくびっしりと貼られ、

何やら呪文のような文字が踊っている。

あれが依頼書クエストボードというやつか?


そして、フロアにひしめき合っているのは…

うわぁ。

いるわいるわ、

絵に描いたような『荒くれ者』たちが!


顔には生々しい傷跡、

使い込まれて艶の出た革鎧、

丸太のように太い腕には、

俺の頭蓋骨くらい簡単に砕けそうな無骨な剣や斧。

まさに、ファンタジー世界のバーゲンセールだ。


…いや、待てよ。

この光景、どこかで…。


あのゴツい体躯、

鋭い目つき、

仲間内でバカでかい声で下品な冗談を飛ばし合っている雰囲気…。


そうだ、

前職の配送センターにいた、

百戦錬磨のベテランドライバーや、

気難しい現場の職人たちとそっくりじゃないか!


見た目は怖ぇし、

新人の俺なんてゴミクズ同然に扱われたけど、

話してみれば意外と面倒見が良かったり…

いや、やっぱり良くなかったりもしたけど!


とにかく、

この手の『現場の猛者』タイプには、

俺には社畜として培った耐性がある!

…たぶん。


よし、ビビるな俺!

ここで生き残るためには、

奴らに呑まれたら終わりだ!

社畜根性、見せてやれ!


俺は背筋を無理やり伸ばし、

場違い感MAXのよれよれスーツ姿で、

フロアを横切った。


周囲からの

「なんだあのヒョロいの?」

「場違いな格好だな」

「カモか?」

的な視線が突き刺さるが、もう気にしない!

いや、気にする余裕がない!


一番空いていそうな受付カウンターへと、

一直線に向かう。


カウンターの向こうにいたのは、

意外にも(これで二度目だ)

その場の荒々しい雰囲気とは不釣り合いなほど、

凛とした空気を纏った女性だった。


長く尖った耳…エルフだ!

本当にいるんだ!

透き通るような白い肌、

流れるような銀色の髪。

ファンタジーの住人が目の前にいる事実に、

一瞬、心臓が跳ねた。


彼女は、

山積みの羊皮紙の書類を、

細く美しい指先で手際よく整理している。


だが、俺の姿を認めると、

その動きを止め、

値踏みするように鋭い、

しかし感情の読めない瞳を向けた。


「はい、ご用件は?」


完璧な営業スマイル。

だが、目が全く笑っていないのは、

前職の受付嬢と同じだった。

どこの世界も、受付というのは

鉄面皮でなければ務まらないらしい。


「あ、あの、

仕事を探しておりまして…!

今日、この街に着いたばかりで、

無一文なんです…!」


しどろもどろになりながらも、

必死に状況を説明する。

異世界から来ました、とはさすがに言えない。


スキル?

特技?

ないです!


でも、体力と真面目さだけは、

この世界の誰にも負けない自信があります!

と、根拠のない自信だけは力強くアピールした。


受付嬢は、

俺の薄汚れたスーツと、

疲れ切った顔を一瞥し、

ふぅ、と芸術的なほど小さく、

しかし侮蔑の色を隠さないため息をついた。


「身分証明もギルド登録もない、

見慣れぬ旅の方、ということですね。

承知いたしました。

そうなりますと、残念ながら斡旋できるのは

日雇いの雑用仕事のみとなりますが…

それでもよろしいですか?」


その口調はあくまで丁寧だ。

だが、その響きには

「どうせすぐ音を上げるんでしょ?」

という冷ややかな響きが隠されている。


「はい!

もちろんです!

なんでもやります!

やらせてください!」


即答だ。

選り好みしている場合じゃない。

今日の寝床と飯のためなら、

泥水だってすする覚悟だ!

まずは銅貨!

生きるための銅貨を稼ぐ!


「そうですか…」


彼女は興味なさそうに、

手元の分厚い羊皮紙の束をパラパラとめくる。

その指先の動きすら優雅に見えるのが、

なんだか腹立たしい。


「現在募集中の日雇い仕事は…

街の清掃、

酒場の皿洗い、

倉庫での荷下ろし作業…


あとは、これですね」


彼女の指が、

ある依頼書の上で止まった。


「『ウインド運送』の荷運び手伝い。

目的地は隣町まで。

少々拘束時間は長くなりますが、

その分、日当は銅貨15枚と、

他の雑用よりは多少良い条件となっておりますが…

いかがなさいますか?」


ウインド…風、か。

運送会社としては悪くないネーミングだ。

速そうだ。


それに、日当銅貨15枚!

他の雑用より5枚も多い!

これなら、今日の宿と飯代を確保して、

さらに明日の分の足しにもなる!


「そ、それ!

それをやらせてください!」


俺は食い気味に叫んだ。

荷運び!

まさに俺の専門分野じゃないか!

(社畜としてやらされてただけだが!)


「かなり体力勝負のお仕事になりますが、

本当に大丈夫ですか?

あなたのような方が務まるとは、

少々思えませんが」


受付嬢の目が、

さらに冷たく細められる。

完全に疑われている。


「はい!

見た目より体力ありますんで!

前職で鍛えられましたから!」


ブラック企業での過酷なシフトと、

理不尽な要求で培った異常なまでの体力と精神力を

なめるなよ!

俺は胸を張って(心の中で)言い返した。


受付嬢は、

なおも疑わしそうな顔をしていたが、

やがて諦めたように肩をすくめ、

依頼主(ウインド運送の責任者らしい)の特徴と、

待ち合わせ場所(街の西門前)を、

事務的な口調で教えてくれた。


「ありがとうございます!」


俺は深々と頭を下げ、

半ば転がるようにギルドを飛び出した。

なんとか、今日を生き延びるための仕事に

ありつけた…!


ギルドの外の空気は、

中の熱気とは違い、

少しひんやりとしていた。

足取りは、さっきまでの絶望感が嘘のように軽い。


よし、まずは今日の生活費ゲットだ!

異世界で生き抜くための、

記念すべき第一歩を踏み出したぞ!


ウインド運送…

どんな会社なんだろうな。

きっと、風のように速い馬車か何かで、

ビュンビュン荷物を運ぶ、

活気のある職場に違いない!


俺は意気揚々と、

リンドブルムの西門へと向かった。


門の前には、

ギルドの受付嬢が言っていた通りの人物が待っていた。

人の良さそうな笑顔を浮かべているが、

その目の奥には商売人らしい抜け目のなさが光る、

恰幅の良いおっちゃんだ。

彼がウインド運送の親方、バーンズさんだろう。


そして、

そのバーンズ親方の隣には……。


俺は、言葉を失った。


いや、声にならない、

かすれた息が漏れた。


「…………マジかよ…………」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ