第25話 ドラゴン便の日常と雨雲の先の課題
王都からの帰還、
そして運送ギルドとの最初の衝突を経て、
俺たち『ドラゴン便』は新たな決意と共に
リンドブルムでの日常業務を再開した。
ギルドの嫌がらせは依然として続いていたが、
俺たちはそれに屈することなく、
一つ一つの依頼に誠実に向き合っていた。
「ケンタさん、おはようございます!
今日の依頼リストです!」
朝一番、リリアさんがいつものように明るい笑顔で
ボロ小屋の事務所にやってきた。
彼女の手には、羊皮紙に丁寧に書き出された
今日の依頼リストが握られている。
「ありがとう、リリアさん。
いつも助かるよ。
…ギルドの連中、最近また何かしてきたか?」
俺はリストを受け取りながら尋ねた。
リリアさんの笑顔の裏に、
わずかな疲れが見える気がしたからだ。
「いえ、ここ数日は特に大きな動きはないみたいです。
でも、集荷ポイントの周りをうろついてる
見慣れない男の人がいたって、
市場のおばさんが教えてくれました。
油断はできませんね」
リリアさんはきゅっと唇を引き締める。
「そうか…気をつけないとな。
リリアさんも、何かあったらすぐに俺かギドさんに
知らせるんだぞ。
絶対に無理はするなよ」
「はい!
ありがとうございます、ケンタさん」
リリアさんの存在は、本当に心強い。
彼女がいなければ、集荷ポイントの運営も、
こうして情報を集めることもままならないだろう。
「グルゥ…」
小屋の外で待機していたリュウガが、
俺たちの会話が一段落したのを見計らったかのように、
のそりと顔を覗かせた。
「早く仕事に行こうぜ」とでも言いたげだ。
「はいはい、分かってるよ、相棒。
今日も一日、頼むな!」
俺はリュウガの大きな鼻先に拳をコツンと当てた。
リュウガは気持ちよさそうに目を細める。
この瞬間が、俺にとって何よりの癒やしだ。
『ドラゴンギア Lv.1』と『異世界物流システム Lv.2』。
この二つの「翼」を駆使し、
俺はリンドブルムとその近郊の村々へ、
今日も荷物を届ける。
「ケンタ運送さん!
いつもありがとうねぇ。
あんたたちのおかげで、
孫に新しい服をすぐに届けてやれるよ」
「いやいや、こちらこそ、いつもご利用ありがとうございます!
今日も安全運転で、しっかりお届けしますんで!」
集荷ポイントでは、
すっかり顔なじみになった老婆が、
にこやかに孫への贈り物を託してくれた。
ギルドの悪評にもかかわらず、
こうして俺たちを信頼してくれる人がいる。
その事実に、胸が熱くなる。
「ケンタさん、この薬、
隣村のハンス爺さんのところまで、
できるだけ早くお願いできるかい?
昨日から熱が下がらなくてね…」
薬屋の店主が、
心配そうに薬包を差し出す。
「お任せください!
ドラゴン特急便で、すぐにお届けします!」
俺は力強く頷き、
リュウガの背に跨った。
リュウガの翼は、
今日もリンドブルムの空を力強く舞う。
スキルウィンドウのナビゲーションに従い、
最適なルートで目的地へ。
「よし、リュウガ、高度を少し下げてくれ!
この先の谷間は風が強いから、慎重に行こう!」
「グルル!」
俺の指示に、リュウガは的確に応える。
長距離飛行や複雑な地形での飛行も、
以前よりずっとスムーズにこなせるようになってきた。
俺自身の経験値も、確実に上がっているのを感じる。
だが、全てが順調というわけではなかった。
新たな課題も、次々と姿を現し始めていた。
その日最初の配達を終え、
次の依頼のために隣村へ向かっていた時のことだ。
さっきまで晴れていた空が、
みるみるうちに厚い雨雲に覆われ始めた。
「まずいな…リュウガ、急ごう!」
俺たちは雨雲から逃れるように速度を上げたが、
無情にも大粒の雨が叩きつけるように降ってきた。
バチバチバチッ!
雨粒が顔や体に当たり、痛いくらいだ。
視界も一気に悪くなる。
「うわっ!
こりゃひどい!」
リュウガも雨を嫌がるように首を振り、
飛行が不安定になる。
腹の下の荷物カゴは網状だから、
中の荷物が濡れてしまうのも時間の問題だ。
(スキルウィンドウ!
現在地、天候情報!
…クソ、この雨雲、広範囲に広がってる!
しばらく止みそうにないぞ!)
「リュウガ!
近くに雨宿りできる場所を探すんだ!
森でも洞窟でもいい!」
俺たちはびしょ濡れになりながら、
なんとか近くの森の木陰に避難した。
幸い、荷物は油紙で包んでいたおかげで、
中身までは濡れずに済んだが、
もしこれがデリケートな品物だったらと思うとゾッとする。
「やっぱり、天候対策は急務だな…。
雨風から荷物を守るカバーと、
リュウガの視界を確保する何かが必要だ。
ギドさんに相談してみるか…」
雨が止むのを待ちながら、俺は強くそう思った。
この世界の天気は変わりやすい。
安定した輸送のためには、
天候に左右されない工夫が不可欠だ。
そしてもう一つ、
最近頭を悩ませているのが、
リュウガの食費問題だった。
依頼が増え、
リュウガの飛行回数が増えるにつれて、
あいつの食欲も目に見えて旺盛になってきたのだ。
「グルルゥ…
(腹減った…もっと肉をよこせ…)」
夜、小屋に戻ると、
リュウガが大きな体で俺にすり寄ってきて、
催促するように鼻を鳴らす。
その目は「上等な肉じゃなきゃヤダ」と
雄弁に語っていた。
「分かってる、分かってるよ…。
でもな、リュウガ、
お前が食べるような上等な骨付き肉は、
結構高いんだぞ?
俺だって毎日贅沢できるわけじゃ…」
俺はため息をつきながら、
なけなしの銅貨で買ってきた肉をリュウガに与える。
リュウガはそれを美味そうに平らげるが、
それでもまだ足りなそうな顔をしている。
(スキルウィンドウで収支を確認…
うーん、依頼は増えてるけど、
リュウガの食費と、
ギアの修理費(まだLv.1だから消耗が早い)を考えると、
思ったより儲けは少ないな…)
このままでは、ダンジョン攻略どころか、
日々の運営すら厳しくなりかねない。
安定した高額収入源の確保と、コスト削減。
これも喫緊の課題だ。
さらに言えば、
俺自身のスキル不足も痛感していた。
長距離を連続で飛行すると、
集中力も体力もギリギリになる。
複雑な地形や悪天候の中でのナビゲーションは、
スキルサポートがあるとはいえ、
最終的な判断は俺に委ねられる。
その判断一つで、
リュウガと荷物を危険に晒しかねない。
(もっと経験を積んで、知識を深めないと…。
前職じゃ、ベテランドライバーは地図を見なくても
最適なルートが分かったし、
どんなトラブルにも冷静に対処してた。
俺も、ああならなきゃな…)
「はぁ…課題が山積みだな…」
その夜、俺はボロ小屋の小さな机で、
羊皮紙に問題点を書き出しながら、
再び深いため息をついた。
「ケンタさん、大丈夫ですか?
なんだか元気ないみたいですけど…」
いつの間にか隣に来ていたリリアさんが、
心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
彼女は、俺が悩んでいるのを察して、
温かい薬草茶を淹れてくれたようだ。
「ああ、リリアさん、ありがとう。
いや、ちょっとな…
『ドラゴン便』を続けていく上で、
色々と考えなきゃいけないことが多くて」
俺は正直に悩みを打ち明けた。
天候のこと、リュウガの食費のこと、
そして俺自身の力不足のこと…。
リリアさんは黙って俺の話を聞いてくれた後、
優しく微笑んだ。
「ケンタさん、一人で全部抱え込まないでください。
私にできることがあれば、何でも言ってくださいね?
例えば、リュウガさんのご飯のことですけど、
私の実家のお得意様で、
少し離れた村に牧場を経営している人がいるんです。
もしかしたら、お肉を少し安く分けてもらえるかもしれませんよ?
私、今度聞いてみましょうか?」
「え、本当か!?
それは助かる!」
思わぬ提案に、俺の顔が少し明るくなる。
「天候のことも、ギドさんなら何か良い知恵を
貸してくれるかもしれません。
あの人、口は悪いですけど、ケンタさんのこと、
気にかけてるみたいですから」
「…そうだといいんだけどな」
ギドさんの顔を思い浮かべ、俺は苦笑した。
リリアさんの言葉に、
少しだけ心が軽くなった気がした。
そうだ、俺は一人じゃない。
信頼できる仲間がいる。
課題は多い。
だが、一つ一つ解決していけばいい。
雨雲の先には、きっと青空が広がっているはずだ。
「よし、明日、早速ギドさんのところに行ってみるか!
天候対策の装備と、
リュウガの新しいハーネスについて相談してみよう!」
俺は薬草茶を飲み干し、
新たな決意を胸に、羊皮紙に向き直った。




