第23話 王都の門と宮廷魔術師
朝日が昇り、
黄金色の光が世界を包み込む中、
俺はリュウガを王都近くの森に残し、
一人、巨大な城門へと向かった。
リュウガには十分に休息を取り、
俺からの合図があるまで待機するように言い聞かせてある。
王都の城門は、
リンドブルムのそれとは比較にならないほど巨大で、
荘厳だった。
分厚い石壁が天に向かってそびえ立ち、
その上では完全武装の兵士たちが鋭い視線を光らせている。
門を通過しようとする人々や馬車の列も長く、
厳重な検問が行われているのが見て取れた。
(リンドブルムの国境ゲートも厳しかったが、
ここはさらに上か…)
俺は気を引き締め、列の最後尾に並んだ。
服装は旅の汚れが目立つが、今は仕方ない。
重要なのは、依頼主から預かった「通行許可証」と、
この荷物を無事に届けることだ。
自分の番が来た。
門番の兵士は、俺の身なりを見て一瞬眉をひそめたが、
俺が差し出した宮廷魔術師の名が記された通行許可証を見ると、
態度を改めた。
「宮廷魔術師様の使いか。
…荷物はこれか?」
兵士は、俺が抱える油布で包まれた木箱を指差す。
「はい。
非常にデリケートな品ですので、
お取り扱いにはご注意願います」
俺が言うと、兵士は頷き、
別の兵士に合図を送った。
どうやら、中身の検査は免除されるらしい。
宮廷魔術師の名前は、
絶大な効力を持っているようだ。
簡単な身体検査の後、
俺はようやく王都の中へ入ることを許された。
城門をくぐると、
そこには息をのむような光景が広がっていた。
広く、綺麗に舗装された石畳の道。
立ち並ぶ壮麗な建物。
行き交う人々の服装も、
リンドブルムとは比較にならないほど洗練されている。
活気がありながらも、
どこか整然とした秩序が感じられる。
これが、この国の中心…。
俺は感心している場合じゃない。
すぐに宮廷魔術師の居場所を探さなければ。
依頼書には「王城内、西塔の研究室」と記されている。
王城…つまり、あの丘の上に聳え立つ巨大な城か。
道行く人に尋ねながら、王城へと向かう。
城へ近づくにつれて、警備はさらに厳重になっていく。
城門では再び通行許可証の提示を求められ、
中庭を抜け、西塔へ向かう途中でも、
何度か衛兵に呼び止められた。
(まるで要塞だな…
こんなところに、あの魔法素材を無事に届けられただけでも
奇跡に近いかもしれない)
運送ギルドの妨害を思い出し、
改めて冷や汗が出る。
ようやく西塔の入り口にたどり着くと、
そこにはローブを纏った魔術師らしき人物が待っていた。
おそらく、連絡を受けて出迎えに来てくれたのだろう。
「ドラゴン便の方ですね?
お待ちしておりました。
こちらへどうぞ」
魔術師は無表情にそう言うと、
俺を塔の中へと案内した。
塔の中は、外観以上に神秘的な雰囲気に満ちていた。
壁には複雑な魔法陣が描かれ、
空中には淡く光る球体がいくつも浮かんでいる。
様々な薬品や鉱石の匂いが混じり合った、
独特の空気が漂っていた。
螺旋階段を登り、
最上階に近い一室の前で、
案内の魔術師は足を止めた。
「師がお待ちです。
どうぞ」
重々しい扉が、静かに開かれる。
部屋の中は、薄暗かった。
壁一面が本棚で埋め尽くされ、
中央の大きな机の上には、
水晶玉や天球儀、
怪しげな実験器具などが雑然と置かれている。
そして、その机の向こうに、
一人の人物が座っていた。
年の頃は…五十代くらいだろうか。
痩身で、長い白銀の髪を後ろで束ねている。
紫色の豪奢なローブを纏い、
その顔には深い知識と、
どこか掴みどころのない雰囲気が漂っていた。
鋭い、しかし冷静な瞳が、
俺を静かに見据えている。
この人が、宮廷魔術師か。
「…よく来たな、
ドラゴン便の若者よ」
宮廷魔術師は、落ち着いた、
しかしどこか人を試すような声で言った。
「依頼の品は、
無事に届けてくれたかな?」
「は、はい!
こちらに!」
俺は緊張しながら、
抱えていた木箱を差し出した。
宮廷魔術師は木箱を受け取ると、
慣れた手つきで油布と蓋を開け、
中の梱包材を丁寧に取り除いていく。
そして、木箱の底に収められていた、
小さな水晶の小瓶のようなもの
(これが魔法素材か!)を慎重に取り出した。
小瓶の中では、淡い紫色の光が、
まるで呼吸するように明滅している。
彼はその小瓶を光にかざし、
ルーペのような道具で入念に調べ始めた。
部屋には、彼の息遣いと、
俺の心臓の音だけが響く。
時間が、やけに長く感じられた。
やがて、宮廷魔術師は満足げに頷いた。
「…うむ。
状態は完璧だ。
よくぞ、これほどの品を、
これほど迅速に、そして無事に届けてくれた」
彼は小瓶を大切そうに机の上に置くと、
俺に向き直った。
「約束の報酬だ。
受け取るが良い」
彼は机の引き出しから、
ずしりと重い革袋を取り出し、俺に差し出した。
中には、金貨が…
数えてみると、依頼書に書かれていた通りの枚数が入っていた。
これが、金貨…!
俺はゴクリと唾を飲み込み、
震える手で革袋を受け取った。
「ありがとうございます!」
「礼を言うのはこちらの方だ。
おかげで、重要な研究を続けられる」
宮廷魔術師は、ふと、
探るような目で俺を見た。
「それにしても…ドラゴン便、と名乗っていたな。
リンドブルムから王都まで、
わずか一日足らずでこの荷物を運ぶとは…
尋常な手段ではないはずだ。
いったい、どのような『翼』を使っているのかね?」
核心を突く質問。
やはり、この人は何か感づいているのか?
俺は一瞬言葉に詰まったが、
正直に話すわけにはいかない。
「それは…企業秘密、ということで。
我々は、依頼主の荷物を、
迅速・確実に、そして秘密厳守でお届けするのが
仕事ですので」
俺は、用意していた答えを繰り返した。
宮廷魔術師は、俺の答えを聞いても
特に表情を変えなかった。
ただ、その瞳の奥で、
興味深そうな光が揺らめいたように見えた。
「…そうか。秘密、か。
まあ、良いだろう。
仕事ぶりは見事だった。
今後も、何か特別な依頼があれば、
君たちに頼むことにしよう」
「!
ありがとうございます!
光栄です!」
これは願ってもない申し出だ!
宮廷魔術師という強力な顧客を得られれば、
今後の事業展開に大きな弾みがつく!
「では、長居は無用だろう。
下がって良いぞ」
宮廷魔術師はそう言うと、
再び机の上の研究に没頭し始めた。
俺は深々と一礼し、部屋を後にした。
塔を出て、王城を後にする。
外に出ると、王都の喧騒が俺を迎えた。
(やった…やったぞ!)
俺は心の中でガッツポーズをした。
高額報酬の獲得、
そして宮廷魔術師という新たな顧客。
危険な依頼だったが、乗り越えた価値はあった。
だが、同時に新たな課題も見えた。
宮廷魔術師は、俺たちの輸送手段に
明らかに興味を示していた。
今後、俺たちの秘密がいつまで守れるか…。
俺は空を見上げた。
早くリュウガの元へ戻り、この成功を報告したい。
そして、次なるステップ…
ダンジョン攻略と『ドラゴンギア Lv.2』の完成へと、
歩みを進めなければ。
王都の太陽が、
俺たちの未来を明るく照らしているように感じられた。




