第22話 遺跡の夜と決死の飛翔
茜色の光が空の縁を焦がし、
長い影が地上を覆い始める頃、
俺たちはようやく古代遺跡の上空へとたどり着いた。
スキルマップが示していた通り、
そこは風化した石材が物悲しく積み重なる、
忘れ去られたような場所だった。
小高い丘の上に、
かつては壮麗だったであろう建造物の残骸が、
夕闇にシルエットとなって浮かび上がっている。
人の気配はなく、
ただ風の音が遺跡の隙間を吹き抜ける、
寂寞とした空気が漂っていた。
「リュウガ、あそこの一番大きな建物の影に降りよう。
洞窟もあるかもしれない」
俺はリュウガに指示を出し、
慎重に高度を下げる。
遺跡は静まり返っており、
その静けさが逆に不気味なほどだ。
石柱の欠片や崩れた壁が、
まるで巨大な墓標のように点在している。
着陸し、周囲を警戒しながらリュウガを休ませる。
俺も鞍から降り、大きく伸びをした。
一日中、張り詰めていた神経と、
風圧に耐え続けた体は、
まるで鉛を詰め込まれたかのように重く、軋んでいた。
(スキル:リュウガの疲労度 中。
稼働可能時間 残り約15分。
ギア耐久度 60/100。
…かなりギリギリだったな)
スキルウィンドウの表示は、
今日のフライトがいかに過酷だったかを物語っていた。
遺跡の中を探索すると、
幸運にも建物の地下部分に、
リュウガが体を隠せるくらいの大きさの空間を見つけた。
おそらく、昔の貯蔵庫か何かだろう。
入り口は狭いが、
中に入ってしまえば外からは見えにくい。
ひんやりとした石の壁が、
昼間の熱気を吸い取ってくれていた。
「よし、リュウガ、今夜はここで休もう。
俺が見張りをする」
リュウガをその空間へ誘導し、
俺は入り口近くでリリアさんが作ってくれた携帯食を口にする。
冷めてはいたが、温かいスープの味が体に染み渡った。
夜の帳が完全に下り、
遺跡は深い静寂に包まれた。
時折聞こえる風の音と、
リュウガの穏やかな寝息だけが、
俺の耳に届く。
(運送ギルドの連中、
諦めてくれればいいが…)
彼らの執拗さを考えると、油断はできない。
スキルウィンドウの危険察知機能を常にオンにし、
周囲への警戒を続ける。
どれくらいの時間が経っただろうか。
月が中天に差し掛かった頃、
スキルウィンドウが再び警告を発した!
【警告!遺跡周辺に複数の気配を探知!
距離 約2km! 接近中!】
【識別:人間…おそらく武装集団!
ワイバーン騎兵の地上部隊か!?】
「くそっ!
やっぱり追ってきたか!」
俺は舌打ちし、
眠っているリュウガを叩き起こす。
「リュウガ、起きろ!
敵だ!」
リュウガはすぐに状況を理解したのか、
低い唸り声を上げ、臨戦態勢に入る。
(スキル:敵勢力、約10名。
馬で移動中。
装備から見て、昼間のワイバーン騎兵の仲間と
見て間違いないだろう。
遺跡を包囲するつもりか…!)
「まずいな…地上戦は避けたい。
リュウガ、飛べるか?」
(スキル:リュウガの稼働時間、
休息により約1時間まで回復。
ギア耐久度 60/100。
短時間なら全力飛行可能!)
「よし、夜間飛行になるが、
ここを突破して一気に王都を目指すぞ!」
もはや、悠長に夜明けを待っている時間はない。
敵に包囲される前に、
この遺跡から脱出するしかない。
俺は急いでリュウガに試作ギアを装着し、
鞍に跨る。
荷物カゴの中の魔法素材が、
ズシリと重く感じられた。
「リュウガ、敵の包囲網が完成する前に、
北東の空へ抜ける!
全速力だ!」
リュウガは力強く頷き、
地下空間から飛び出すと同時に、
夜空へと急上昇した!
眼下には、松明の灯りを持った武装集団が、
遺跡を取り囲み始めているのが見えた。
「いたぞ! 空だ!
弓を構えろ!」
地上の敵が俺たちに気づき、矢を放ってくる。
数本の矢がリュウガの鱗を掠めるが、
致命傷には至らない。
「リュウガ、もっと高度を上げろ!
矢の届かないところまで!」
リュウガはさらに上昇し、
敵の攻撃範囲から離脱する。
夜の闇に紛れてしまえば、
そう簡単には追ってこれないはずだ。
しかし、敵もさるもの。
【警告!後方より小型の飛行物体接近!
おそらく偵察用の魔鳥!】
スキルが新たな脅威を告げる。
どうやら、夜間の追跡手段も用意していたらしい。
「ちっ、面倒な!
リュウガ、あの魔鳥を振り切れるか?」
「グルルゥ!」
リュウガは自信ありげに一声鳴くと、
夜空を切り裂くように加速した。
月明かりの下、瑠璃色の鱗が美しく輝く。
魔鳥とのチェイスは数分続いたが、
リュウガの圧倒的なスピードと、
俺のスキルによる的確な回避指示
(魔鳥の飛行パターン予測など)で、
なんとか振り切ることに成功した。
「やったか…!?」
後方に魔鳥の姿が見えなくなったのを確認し、
俺は安堵のため息をついた。
(スキル:リュウガの稼働時間 残り約30分。
ギア耐久度 55/100。
王都までは…あと約80kmか。
ギリギリだが、行ける!)
「リュウガ、このまま王都までノンストップで行くぞ!
もう少しの辛抱だ!」
俺はリュウガを励まし、
最後の力を振り絞って王都を目指す。
夜空の飛行は、
昼間とはまた違った緊張感がある。
視界が悪く、風も冷たい。
だが、スキルウィンドウのナビゲーションが、
俺たちを正確に王都へと導いてくれていた。
そして、東の空がわずかに白み始めた頃。
前方に、巨大な城壁と、
無数の灯りが見えてきた。
「あれが…王都か…!」
ついに、俺たちは目的地にたどり着いたのだ。
長かった…本当に長かった。
俺はリュウガと共に、
王都の城壁から少し離れた森に静かに着陸した。
朝日が昇り始め、
世界が黄金色に染まっていく。
「やったな、リュウガ…!
やったぞ…!」
俺は鞍から滑り降り、
リュウガの首に抱きついた。
リュウガも、疲れているだろうに、
優しく俺に鼻先をすり寄せてくる。
運送ギルドの執拗な妨害を振り切り、
俺たちはついに王都までたどり着いた。
だが、本当の仕事はこれからだ。
この厄介な魔法素材を、
無事に宮廷魔術師の元へ届けなければ。
俺は気を引き締め直し、
王都の城門へと向かった。




