第15話 新しい宅配単価とドラゴン便の夜明け
俺が転移してきたこの世界の名は『エルドラード』。
広大無辺なアースガルド大陸を中心に、
大小様々な島々が点在する、変化に富んだ世界だ。
アースガルド大陸は、
中央を貫く巨大な『竜骨山脈』によって東西に分かたれ、
北には一年中雪に閉ざされた『極寒のツンドラ』、
南には灼熱の太陽が照りつける『渇きの大砂漠』が広がっている。
東には古の森が広がり、
その奥深くにはエルフたちが隠れ住むという『静寂の森』が、
西には肥沃な平原と、多くの王国や都市が点在する。
俺たちの拠点があるリンドブルムは、
この大陸中央部の比較的温和な気候の地域に位置し、
いくつかの街道が交差する交通の要衝…のはずなのだが。
これだけ広大で多様な地形を持つ世界だ。
当然、物流の重要性は計り知れない。
しかし、この世界の物流インフラは、
その広大さや多様性に対応するにはあまりにも貧弱だった。
竜骨山脈を越える道は険しく、
砂漠やツンドラ地帯への定期的な輸送路など存在しないに等しい。
海を渡る船便はあるものの、天候に左右されやすく、
離島への物資供給は常に不安定だ。
そんな状況だからこそ、
集荷ポイントの設置は、
俺たちの『ケンタ運送』(仮)にささやかな革命をもたらした。
リュウガの稼働効率は格段に上がり、
俺自身の負担も減った。
その結果、以前よりも多くの依頼をこなせるようになり、
銅貨の袋も少しずつだが確実に重みを増してきている。
スキルウィンドウの信用度も「C-」から「C」へと、
じわじわと上がっていた。
だが、問題がないわけじゃない。
一番の悩みは、料金設定だ。
最初の頃は、実績も信用もないからと、
この世界の運送ギルドの『相場』の半額以下、
時にはサービスで依頼を受けていた。
その『相場』というのが、またとんでもない代物なのだ。
例えば、ここリンドブルムから隣村
(馬車で頑張って丸一日、リザードカーゴなら数日かかる距離)へ、
小さな手紙を一つ届けるとしよう。
俺のいた日本なら、郵便で数百円、
どんなに遅くとも数日以内には届く。
速達や宅配便なら翌日だ。
だが、この世界の運送ギルドに頼めば、
まず銅貨20枚(日本円で約2000円!)はくだらない。
しかも、届くのは早くて3日後、
通常は5日~1週間は見ておかなければならない。
街道が雨でぬかるんでいたり、
途中でゴブリンや盗賊にでも出くわそうものなら、
さらに遅れるか、最悪荷物が紛失しても
「運が悪かったな」で済まされるのが日常茶飯事だ。
これが『普通』なのだ。
大型の荷物や、遠方への輸送となれば、
料金は銀貨単位に跳ね上がり、
平民には到底手が出せないシロモノになる。
日本の感覚で言えば、配送料は軽く10倍以上、
届くまでの時間は数十倍から、
場合によっては数百倍といったところか。
スピードに関しても、絶望的な制限がある。
主力のリザードカーゴは、頑張っても時速3キロ程度。
馬車だって、舗装もされていないガタガタの街道や山道を進むのだから、
平均すれば時速10キロも出れば御の字だ。
休憩や野営も必要になるから、
実質的な移動速度はさらに落ちる。
まさに「陸の孤島」がそこら中に点在しているような世界なのだ。
そんな状況だから、
俺たちの『ケンタ運送』(仮)が、
たとえLv.1の装備であっても、
リュウガの翼で「半日で隣村へ」などと言えば、
最初は誰もが目を丸くする。
そして、実際にそのスピードを体験すれば、
驚きと感謝と共に、
決して安くはない料金
(それでも既存ギルドよりはマシな設定にしているが)を
支払ってくれるのだ。
最近は集荷ポイントの運営費やリュウガの食費
(あいつ、日に日に食べる量が増えてる気がする…
上等な肉は高いんだぞ!)も考えて、
多少はいただくようにしているが、
それでもまだ「言い値」に近い状態だ。
これでは、事業として安定しない。
「うーん、これじゃあダメだな…」
ある日の夕暮れ、小屋で帳簿
(スキルウィンドウの記録を羊皮紙に書き写したもの)を眺めながら、
俺は頭を抱えていた。
(俺のいた世界の宅配便…
例えば、大手の宅配会社なんかは、
どうやって料金を決めてたっけな?)
俺は前職の知識と、
一個人の消費者としての記憶を呼び起こす。
(そうだ、まず基本は荷物の『サイズ』と『重さ』だよな。
縦・横・高さの合計が何センチ以内とか、
重さが何キロまでとかで、
60サイズ、80サイズみたいに区分けされてた。
大きくて重いものほど、運ぶのに手間も燃料もかかるから、
料金が高くなるのは当然だ)
(次に『距離』。
同じ県内なら安いけど、
北海道から沖縄まで運ぶとなると、料金は跳ね上がる。
これも、移動にかかるコストを考えれば当たり前だ。
この世界で言えば、リンドブルムから隣村までと、
隣国までとじゃ、リュウガの飛行時間も疲労度も全然違う)
(そして『スピード』だ。
普通に届けばいい「通常便」と、
「とにかく早く!」っていう「速達便」や
「クール便」みたいなオプションがあった。
もちろん、速いサービスや特別な管理が必要なサービスは、
追加料金が発生する。
バイク便なんて、めちゃくちゃ速いけど高かったよなぁ…)
(あとは、『荷物の種類』も関係あったか。
割れ物注意とか、貴重品扱いとか、
そういうのにも追加料金があったはずだ。
それだけ手間とリスクがかかるからな)
つまり、現代の宅配便の料金体系は、
「基本料金(サイズ・重さ・距離)
+オプション料金(スピード・付加サービス)」
という、非常に合理的で公平な仕組みになっていたのだ。
顧客にとっても分かりやすいし、
運送会社にとってもコストに見合った利益を確保できる。
「これだ…!
この考え方を、俺たちの『ドラゴン便』にも導入しよう!」
俺は膝を打った。
早速、スキルウィンドウを起動する。
Lv.2になった『異世界物流システム』は、
飛行ログやマップ機能だけでなく、
過去の依頼データ
(距離、所要時間、荷物の種類、ギアの消耗度など)も
記録してくれている。これは使える!
俺は羊皮紙に、
スキルウィンドウの情報を元にして、
異世界版の料金表を作り始めた。
まず、基本料金。
距離ランク:
Aランク: リンドブルム近郊(例:~約20km)
Bランク: 隣村・近隣都市(例:約20km~100km)
Cランク: 遠方・山岳地帯(例:約100km~300km)
Sランク: 隣国など(例:約150km~)
…スキルマップの距離と地形情報を元に区分け。
重量・サイズランク:
Lv.1の荷物カゴ(腹部懸架式)の積載限界(約55kg)を考慮し、
Sサイズ(例:手紙、小物)、
Mサイズ(例:薬瓶、食料)、
Lサイズ(例:鉱石、複数の小包)の
3段階くらいに設定。
これらの組み合わせで、基本料金が決まる。
例えば、「AランクのSサイズなら銅貨10枚」
「CランクのLサイズなら銀貨1枚」といった具合だ。
次に、オプション料金。
ドラゴン特急便:
「今日中に絶対!」みたいな超緊急依頼。
基本料金の2倍とか3倍とか。
割れ物・精密品扱い:
特別な梱包や、より慎重な飛行が必要な場合。
追加で銅貨数枚。
時間指定(試験的):
「午前中に」「夕方までに」など、ある程度の時間指定。
これも追加料金。
(将来的には)冷蔵・冷凍輸送:
深淵の水晶を手に入れて、特殊コンテナが完成したら、
これも目玉サービスになるだろう。
リリアさんにも相談し、
異世界の物価や、一般的な商人の支払い能力などを考慮して、
料金の最終調整を行う。
あまりに高すぎても依頼が来なくなるし、
安すぎても事業として成り立たない。
そのバランスが難しい。
「ケンタさん、この料金表、すごく分かりやすいです!
これなら、依頼する人も納得しやすいと思います!」
リリアさんは、俺が作った料金表を見て感心したように言った。
「よし、これでいこう!」
新しい料金体系の完成に、
俺は大きな手応えを感じていた。
そして、もう一つ。
新しい料金体系を導入するこのタイミングで、
長らく(仮)だった俺たちの運送ギルドの名前を、
正式に決めることにした。
「リリアさん、俺、
ギルドの名前を『ドラゴン便』にしようと思うんだ」
「ドラゴン便…!
いいですね!
分かりやすくて、インパクトもあります!」
『ケンタ運送』も悪くはなかったが、
やはり俺たちの最大の強みは、相棒リュウガの存在だ。
その名を冠することで、
俺たちの覚悟と誇りを示したい。
早速、新しい看板を作ることにした。
今度は、ただ文字を書くだけじゃなく、
もっとちゃんとしたものを作りたい。
(ギドさんなら、格好いい看板を作ってくれるかもしれないな…)
俺は、頑固だが腕は確かなドワーフの鍛冶師の顔を思い浮かべた。
金属製の、重厚な看板なんてどうだろう?
あるいは、リュウガのシルエットをあしらったデザインとか…。
いや、待てよ。
看板くらい、俺自身で作ってみるのもいいかもしれない。
俺たちの手で作り上げる『ドラゴン便』の、
最初の象徴として。
俺は手頃な木の板を見つけ出し、
炭と、リリアさんから分けてもらった赤い染料を使って、
看板を描き始めた。
デザインはシンプルに、
力強い文字で『ドラゴン便』と書き、
その下に小さな文字で
『迅速・確実・秘密厳守』と添える。
そして、隅っこに、
デフォルメしたリュウガの横顔のつもりを描いてみた。
…絵心がないのは自覚してるが、
まあ、味があるってことにしておこう。
数日後、新しい料金表と、
手作りの『ドラゴン便』の看板が、
ボロ小屋と集荷ポイント(旧見張り小屋)の前に掲げられた。
そして、記念すべき『ドラゴン便』としての
最初の依頼が舞い込んだ。
依頼主は、以前も利用してくれた商人Aだ。
「おお、ケンタさん!
看板と名前が変わったんだな!
『ドラゴン便』か、威勢がいいねぇ!
それで、今回の料金は…?」
商人Aは、新しい料金表を見て、
最初は少し眉をひそめた。
以前より、少し高くなっているからだ。
「ええ。ですが、その分、
より迅速に、より確実にお届けすることをお約束します。
特に緊急の場合は、『ドラゴン特急便』もご用意しておりますよ」
俺は自信を持って説明した。
商人Aはしばらく考え込んでいたが、
やがてニヤリと笑った。
「よし、分かった!
今回は、この『ドラゴン特急便』ってやつで、
**商業都市として名高い隣国の『ヴェリタス』**にいる取引先に
今日中に契約書を届けてくれ!
成功したら、この料金、喜んで支払うぜ!」
「お任せください!」
これぞ、俺が目指していた取引だ!
俺はリュウガと共に、
新しい看板に見送られ、空へと飛び立った。
『ドラゴン便』の夜明けだ。
俺たちの翼は、まだ小さいかもしれない。
だが、この異世界の空に、
新しい風を吹かせてみせる!




