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第10話 蒼竜の設計図と迷宮への序章

翌日、俺は約束通りギドの工房を訪れた。

昨日あれだけ啖呵を切った手前、

断られるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、

ギドは意外にも工房の奥から、

様々な測定器具が詰め込まれた革袋を担いで出てきた。


「行くぞ、小僧。

ぐずぐずするな」


ぶっきらぼうな口調は相変わらずだが、

その目には職人としての真剣な光が宿っている。

どうやら、本気でリュウガを測る気になってくれたらしい。


俺たちは再び森へ向かい、

昨日リュウガを見せた開けた場所へとギドを案内した。

「リュウガ!」

俺が呼ぶと、森の奥からゆっくりと、

しかし確実にリュウガが姿を現した。

昨日の一件で、ギドのことは多少なりとも認識したのか、

警戒する様子はない。

むしろ、大きな黄金色の瞳で

「今日は何するの?」とでも言いたげに、

不思議そうに俺たちを見ている。


ギドはリュウガの前に立つと、

感嘆とも呆れともつかない溜息を漏らした。

「…何度見ても、見事な体躯だ。

無駄のない筋肉の付き方、

空を制するための完璧なフォルム…。

これほどの個体は、わしも初めて見るわい」

彼は独り言のように呟きながら、

革袋から金属製の巻尺や、

角度を測る奇妙な器具、

さらには魔力を帯びた水晶のようなものまで取り出し、

手際よくリュウガの採寸を始めた。


首の長さ、胴回り、翼の付け根の角度、

脚の太さ、鱗一枚一枚の厚みまで…

ギドの測定は驚くほど精密で、体系的だった。

リュウガは最初こそ戸惑っていたが、

俺が「じっとしてろよー」と首筋を撫でてやると、

観念したのか、おっとりとした性格を発揮して、

ギドのなすがままになっていた。

時折、測定器具がくすぐったいのか、

身じろぎするくらいだ。


「ふむ…なるほど…

この翼の可動域は驚異的だな…」


「この筋肉の収縮率なら、

瞬間的な加速力は相当なものだろう…」


ギドは測定しながら、

ブツブツと専門的な分析を呟いている。

その姿は、まさに一流の職人、

いや、研究者そのものだ。


一時間ほどかけて全身の測定を終えると、

ギドは汗を拭い、満足げに頷いた。

「よし、データは取れた。

工房に戻って設計図を描くぞ。

お前も来い、小僧。

要望があるなら、今のうちに言っておけ」


俺たちはギドの工房へと戻った。

炉の熱気が籠る工房の中は、

様々な工具や金属素材、

そして描きかけの設計図らしき羊皮紙が散乱している。

だが、不思議と乱雑な印象はなく、

機能的な仕事場という雰囲気が漂っていた。


ギドは大きな作業台の上に羊皮紙を広げ、

炭筆を手に取った。

「まずは鞍からだ。

お前の要望は?」


「はい!

まず第一に、安全性です。

高速で飛ぶので、万が一のことがあっても

俺が振り落とされないように、

体をしっかり固定できる機構が欲しいです。

それに、長時間乗っても疲れないように、

体に負担がかかりにくい形状がいいですね。

座り心地が悪いと集中力も削がれますし。

あとは、乗り降りのしやすさも…」


長時間同じ姿勢でいることの辛さは、

誰だって経験があるだろう。

安全で快適な乗り物というのは、

乗り手のパフォーマンスを最大限に引き出すための

基本中の基本だ。


「ふん。注文が多い小僧だ」

ギドは鼻を鳴らしながらも、

俺の言葉を正確に羊皮紙に描き込んでいく。

「安全性なら、体を包み込むような形状にして、

複数の革帯ストラップで固定するのがよかろう。

素材は、軽くて丈夫なワイバーンのなめし革を使うか…。

座面には、衝撃を吸収する特殊なスライムのゲルでも仕込むか…

乗り降りのしやすさだと?

甘ったれるな。それくらい己で工夫しろ」


次に、荷物を運ぶための装備について話し合う。

「荷物用ですが、

色々な種類の荷物を運びたいんです。

例えば、壊れやすいポーションとか、

温度管理が必要な食材とか、

あるいは大量の資材とか…」


(…そうだな、俺のいた世界じゃ、

トラック輸送が基本だった。

大きな荷台に、どうやって効率よく荷物を積むか。

そこで活躍するのが『ロールボックス』だ。

車輪付きの鉄カゴに荷物をまとめて入れて、

それをトラックに押し込む。

積み下ろしが格段に速くなるし、荷崩れも防げる。

拠点での仕分けにも便利だったな…)


俺は前職の光景を思い浮かべる。

あのシステムを、この異世界で、

しかもドラゴン輸送に応用できないか?


(…いや、さすがにあの鉄カゴをそのままリュウガに載せるのは無理だ。

重すぎるし、空を飛ぶのに適した形じゃない。

でも、あの『箱ごと運ぶ』っていう発想は使えるはずだ…)


俺は頭の中を整理し、ギドに向き直った。

「ギドさん、荷物の積み下ろしを、

もっと素早く、安全に行えるような工夫はできませんか?

例えば、荷物をあらかじめ専用の『箱』に入れておいて、

その箱ごとリュウガの体に固定する、みたいな…」


俺はロールボックスの機能的な利点を、

異世界でも通じる言葉で説明しようと試みる。


「その『箱』を、

運ぶ荷物の種類に合わせていくつか用意できれば、

すごく便利だと思うんです。

壊れ物用の頑丈な箱、

生鮮品用の冷やせる箱、

小さな荷物をたくさん入れるための仕切り付きの箱、とか。

そうすれば、どんな荷物でも効率よく、

安全に運べるんじゃないかと」


これなら、規格化による効率性と、

様々な荷物への対応力を両立できるはずだ。


「なるほど…『箱』ごと固定、か。

コンテナ式、面白い発想だ」

ギドは顎髭を捻りながら、

興味深そうに頷く。

「確かに、荷物に合わせて最適化された『箱』を用意し、

それを竜の体に固定する方式は理に適っておる。

固定には、ミスリル製の特殊な留めバックルを使うか…。

温度管理だと?

フン、それなら冷却・保温効果のある魔石を組み込むこともできよう。

だがな…」


ギドはそこで言葉を切り、

厳しい目で俺を見た。

「小僧、お前が要求するものは、

どれもこれも最高級の素材と、

わしのような熟練のドワーフの技術、

そして相応の魔術的知識が必要になる代物だ。

生半可な覚悟で口にしているわけではあるまいな?」


「もちろんです!

必ず実現させたいんです!」


「よかろう…」

ギドは頷き、羊皮紙にさらに詳細なデザインを描き込んでいく。

鞍と、複数のコンテナ(小型・中型・特殊用途)を

状況に応じて付け替えられるハーネスシステムの基本設計が、

みるみるうちに形になっていった。

それは、俺の現代知識と、ギドのドワーフ技術が見事に融合した、

まさに理想的な装備に見えた。


「…で、ギドさん。

これを作るのに、必要な素材というのは…?」


設計図の完成が近づくにつれ、

俺は最も重要な、そして最も恐れていた質問を切り出した。


ギドは手を止め、腕を組んだ。

「うむ…これだけの性能を求め、

なおかつドラゴンの超高速飛行に耐えうるとなると、

そこらの鉄や革では話にならん。

最低でも、これだけのものが必要になるだろうな」


彼は羊皮紙の隅に、

素材リストを書き出し始めた。


鞍の芯材及びハーネスフレーム:アダマンタイト合金


伝説の金属。驚くほど軽く、絶対に破壊されない。


固定用ストラップ及びベルト類:グリフォンの腱


強靭かつ柔軟性に富み、決して切れないとされる。


各種留め金・バックル:ミスリル銀


魔力を帯び、軽量かつ高強度。精密加工に適す。


特殊コンテナ用魔石:深淵の水晶


冷却・保温などの魔術効果を長時間維持できる希少な水晶。


その他、衝撃吸収材、表面加工用素材など…


リストを読み上げた俺は、

眩暈を覚えた。

アダマンタイト? ミスリル? グリフォン?

…名前を聞いただけでも、とんでもなく希少で

高価なものばかりだと分かる。


「こ、これらは…

市場で手に入るものなんですか…?」


震える声で尋ねる。


ギドは、ふん、と鼻で笑った。

「市場だと?

寝言は寝て言え、小僧。

これらの素材は、金で買えるような代物ではないわ。

どれもこれも、危険な秘境や、

古代の遺跡、あるいは…」


ギドはそこで言葉を切り、

意味深な目で俺を見た。


「 高レベルのダンジョン の奥深くでしか、

手に入らん代物よ」


ダンジョン…!

やはり、そう来たか。


「リンドブルムの北東に聳える『 風裂き山脈 』…

あそこの中腹には、古くから

『 疾風の迷宮 』と呼ばれるダンジョンがあると聞く。

アダマンタイトやグリフォンは、

あるいはそこに生息しているかもしれんな。

深淵の水晶となると、さらに奥深く…

あるいは別の場所を探す必要があるやもしれんが」


ギドの言葉は、俺に新たな、

そして途方もなく巨大な壁の存在を示していた。

リュウガの装備を作るためには、莫大な費用…

いや、それ以上に、命がけで希少な素材を

集めに行かなければならないのだ。


「…素材がなければ、話は始まらん。

お前に、その覚悟はあるのか? 小僧」


ギドの問いが、

工房に重く響く。


俺はゴクリと唾を飲み込み、

隣にいる(はずの)リュウガを思った。

あいつの力を最大限に引き出し、

安全に空を駆けるためには、

最高の装備が必要不可欠だ。


そして、この異世界の物流を変えるという、

俺自身の夢のためにも。


「…あります」


俺は、ギドの目をまっすぐに見据え、

力強く答えた。


「俺が、必ずその素材を手に入れてみせます。

だから、ギドさん。

最高の装備を作る準備をしておいてください!」


俺の決意を受け、ギドは初めて、

ほんの少しだけ口の端を上げて笑ったように見えた。

「フン…威勢だけはいい小僧だ。

よかろう。素材が揃うまで、

設計図の細部でも詰めておいてやるわい」


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