リリアの冒険日記 第一話:ケンタさんの宿題と、初めてのドキドキ市場調査
ケンタさんが、
あの不思議な光と共にリンドブルムの空から舞い降りて、
私たちの街に『ドラゴン便』という、
とてつもない奇跡と、たくさんの笑顔を運んできてくれてから、
私の毎日は、まるで新しい薬草の未知なる効能を
一つ一つ発見していく時みたいに、
キラキラと、そしてドキドキと、
眩しいくらいに輝き始めた気がする。
ドラゴンステーションの運営は、
日に日に、その翼を広げるように忙しさを増している。
大きな瑠璃色の翼を持つリュウガさんが、
まるで空の王者のようにリンドブルムの空を切り裂き、
遠い街へと希望を運んでいく。
風切り峠からやってきた、
俊敏で賢いウィンドランナーさんたちが、
その青緑色の美しい翼で、
近隣の村々や険しい山々を駆け巡り、
人々の生活を繋いでいく。
そして、ステーションのマスコットでもある、
小さくて愛らしいピクシー・ドレイクさんたちが、
街角から街角へと、
人々のささやかな想いを込めた小さな幸せを、
キラキラと虹色の粉を振りまきながら届けている。
その、活気に満ちた光景を見ているだけで、
私の胸は、なんだか誇らしい気持ちと、
そして、この素晴らしい場所にいられることへの感謝で
いっぱいになるのだ。
ケンタさんは、本当に、本当にすごい人だ。
いつも穏やかで、誰にでも優しくて、
その笑顔は、まるで春の陽だまりみたいに温かい。
でも、その大きな瞳の奥には、
この世界の『荷物の流れ』――ケンタさんはそれを
『ブツリュウ』って呼んでいたけど――を、
ううん、もしかしたら、この世界そのものを
根底から変えてしまうかもしれないほどの、
大きな、大きな夢と、
そしてそれを必ず実現させるための、
揺るぎない確かな知識と、燃えるような情熱が宿っている。
時々、彼がドラゴンステーションの屋上から、
遠く、どこまでも広がるアースガルド大陸の空を見つめながら、
「もっと効率的な輸送ルートを…」とか、
「新しい、荷物を守るための特別な箱(コンテナ、って言ってたかな?)があれば…」
なんて、真剣な顔で呟いているのを聞くと、
私にはまだよく分からない難しい言葉もたくさんあるけれど、
それでも、彼の見ている、
眩しくて、希望に満ちた未来を、
ほんの少しでもいいから、一緒に見られたらいいなって、
そう、心の底から思ってしまう。
「リリアさん、いつも本当にありがとうね。
このステーションの集荷ポイントの管理も、
お客さんへの細やかで優しい対応も、
リリアさんがいてくれるから、俺は安心して、
新しいサービスの開発や、ステーション全体の運営に
集中できるんだ。本当に、君には頭が上がらないよ」
ある日の午後、
事務所で山のような羊皮紙の書類――
それは、大陸各地から舞い込んでくる、
たくさんの依頼書や、輸送記録だった――と格闘していたケンタさんが、
ふと顔を上げて、
いつものように、太陽みたいに明るい、
そして少しだけ疲れたような笑顔で私に言った。
その優しい言葉だけで、私の心は、
まるで春の陽だまりの中で、
そっと花開く小さなつぼみのように、
ぽかぽかと、そしてじんわりと温かくなる。
ケンタさんの役に立てている。
その実感が、私にとって何よりも嬉しかった。
「いえ、そんな…! 私にできることなんて、
本当に、本当に些細なことです。
ケンタさんこそ、毎日、
本当に大変そうですから…
ちゃんと、お休みは取れていますか…?」
私は、彼の目の下にうっすらと浮かぶ、
頑張り屋さんの証でもある隈を心配しながら、
少しだけ上目遣いで尋ねた。
「はは、まあね。でも、大丈夫だよ、ありがとう。
やりたいことが、夢中になれることが、
この世界にはたくさんありすぎるだけさ」
ケンタさんは、そう言って、
少年のように悪戯っぽく笑うと、
少しだけ真剣な、
そしてどこか期待するような表情になって続けた。
「そうだ、リリアさん。
もしよかったら、君に一つ、
特別なお願いをしたいことがあるんだけど…
聞いてもらえるかな?」
「私に…ですか?
ケンタさんからのお願い…?」
なんだろう?
ケンタさんから頼み事をされるなんて、
なんだか、すごくドキドキする。
私の心臓が、トクン、トクンと、
いつもより少しだけ速く脈打つのを感じた。
「うん。
今度、リリアさんの時間がある時でいいんだけどね、
リンドブルムの中央市場や、
あるいは、もし行けるようなら、
近隣の村々の小さな市場の様子を、
リリアさんの目で、じっくりと見てきてくれないかな?」
「市場…ですか?
私が、ですか?」
私が、少し驚いたようにきょとんとした顔をすると、
ケンタさんは、優しく、そして力強く頷いた。
「そうなんだ。
リリアさんは、このリンドブルムで生まれ育って、
薬屋の娘さんとして、たくさんの人々と触れ合ってきただろう?
だからこそ、君の視点で、
街の人々が、今、日々の生活の中で、
どんなことに困っているのか、
どんな物をもっと必要としているのか、
あるいは、『もっとこうなれば、私たちの生活は便利になるのに』って、
心の奥で密かに感じているようなことがないか、
そういう、日々の暮らしの中にある『小さな声』を、
たくさん、たくさん集めてきてほしいんだ」
「人々の…小さな声、ですか…?」
ケンタさんの言葉は、
まるで優しい魔法のように、
私の心にすっと染み込んできた。
「うん。例えば、物がどこから来てどこへ行くのか、
その荷物の流れがスムーズじゃないと、
本当に必要なものが、本当に必要な時に、
本当に必要な場所に届かなかったり、
あるいは、不当に高い値段を払わなければ
手に入れられなかったりする。
人々が心の底から本当に欲しいと願っている物――
ケンタさんはそれを、確か『真のニーズ』って言っていたわね――と、
実際に市場で手に入る物――『供給されるサービス』かしら――の間に、
どんなすれ違いや、困ったことがあるのかを知りたいんだ。
それが分かれば、俺たち『ドラゴン便』が、
もっともっと、この街の人々の、
そしていつかは大陸中の人々の役に立てるはずだから」
ケンタさんの言葉は、
いつも私の知らない、新しい世界への扉を開いてくれる。
ただ物を運ぶだけじゃない。
その先にある、人々の笑顔や、
より良い生活に繋がっているんだって、
いつも教えてくれる。
「それに、お客さんが何に心から満足して、
何に少しでも不満を感じるか…
つまり『お客さんの本当の気持ち』を知ることは、
俺たちの『ドラゴン便』をもっともっと素晴らしいサービスにしていくために、
何よりも、何よりも大切なことなんだ。
リリアさんの優しい心と、
薬草を見分けるような細やかな視点なら、
きっと俺には見えないような、
たくさんの、そしてかけがえのない大切なことに
気づけると思うんだ。
だから、お願いできないかな?」
ケンタさんの、その真っ直ぐで、
一点の曇りもない、
私への絶対的な信頼に満ちた眼差しに、
私の胸は、キュンと、
まるで小さな鳥が羽ばたいたみたいに高鳴った。
ケンタさんが、私を頼ってくれている…。
私の力を、必要としてくれている…。
そのことが、こんなにも嬉しくて、
そして、少しだけ誇らしくて、
なんだか泣きそうになってしまう。
「はいっ!
私でよければ、ぜひ、やらせてください!
ケンタさんのお役に立てるように、
このリリア・アシュフィールド、
一生懸命、頑張ります!」
私は、少し上ずってしまったけれど、
でも、ありったけの気持ちと、
そしてちょっぴりの勇気を込めて、
力強く答えた。
「ありがとう、リリアさん!
本当に助かるよ。
君なら、きっと素晴らしい発見をしてくれると信じている。
でも、絶対に無理のない範囲で、
そして何よりも、リリアさん自身が楽しみながらやってみてくれ。
リリアさんが、その優しい心で見聞きしたこと、
その細やかな感性で感じたことの全てが、
俺たち『ドラゴン便』の、
そしてこのリンドブルムの輝かしい未来にとって、
かけがえのない、キラキラ光る宝物になるかもしれないからね」
ケンタさんのその温かい言葉と、
太陽のように眩しい笑顔が、
私の心の中に、
まるで春の最初の花を咲かせるような、
温かくて、そして力強い勇気の灯を、
そっと、でも確かにともしてくれた。
次の日、私はいつもより少しだけ早く
薬屋の店番を、お父さんとお母さんに代わってもらうと、
お気に入りの、使い慣れた革のポシェットに、
大切な「市場調査」のための道具を、
一つ一つ丁寧に詰めた。
ケンタさんが、「これなら書きやすいだろう?」と
特別に削ってくれた、滑らかな炭筆。
ギドさんが、工房の隅にあった羊皮紙の切れ端を、
「まあ、これくらいならくれてやるわい」と
ぶっきらぼうに、でも少しだけ優しくくれた、小さなメモ用の束。
そして、お母さんが、
「リリア、頑張ってね。でも、無理しちゃダメよ」と
心配そうに、でも応援する気持ちを込めて、
こっそり包んでくれた、甘くて香ばしい木の実の焼き菓子。
準備は、もう万端だ。
なんだか、初めて一人で薬草採集に行った時みたいに、
ドキドキとワクワクが止まらない。
リュウガさんは、ケンタさんと一緒に、
今日は遠くヴェリタスへの長距離定期便の仕事で、
早朝にドラゴンステーションを飛び立っていった。
ケンタさんの大きな背中が見えなくなるまで、
私はずっと手を振って見送った。
少しだけ寂しいけれど、
今日は私一人で、ケンタさんから任された初めての
「市場調査」という、大切な、大切な任務に挑むのだ。
なんだか、ちょっぴり、
物語の中の小さな冒険者になったみたいで、
胸がドキドキと、期待で高鳴るのを抑えられない。
リンドブルムの中央市場は、
今日も朝から、たくさんの人々の熱気と活気で、
むせ返るようだった。
石畳の広場には、
色とりどりの天幕を張った露店が、
まるで宝石箱をひっくり返したかのように所狭しと立ち並び、
威勢の良い売り声や、
値切るお客さんの賑やかな話し声が、
まるで楽しい、心躍る音楽のように、
あちこちから、そして途切れることなく聞こえてくる。
焼きたてのパンの、ふんわりと甘く香ばしい匂い。
太陽の恵みをいっぱいに浴びた、
新鮮な果物の、甘酸っぱくて爽やかな香り。
遠い南の国から運ばれてきたらしい、
不思議で、そしてどこか懐かしいような香辛料の、
鼻をくすぐる刺激的な香り。
そして、たくさんの家畜たちの、
ちょっと土臭いけれど、どこか安心するような、
懐かしい匂い…。
五感を優しく、そして力強くくすぐる様々なものが、
まるで生きているかのように混じり合い、
市場全体が、一つの大きな、
そして温かい心を持った生き物のように、
力強く、そして楽しげに躍動していた。
「わぁ…!
やっぱり、市場って、
こうしてゆっくり見て回るだけで、
なんだかすごくワクワクするなぁ…!」
普段は、薬屋の店番の合間に、
お使いで必要なものを、
大急ぎでサッと買いに来るくらいだったけれど、
今日は違う。
ケンタさんに頼まれた、大切な、大切な「市場調査」なのだ。
どんな小さな「困りごと」や、
どんなささやかな「あったらいいな」という声も、
絶対に見逃さないようにしなくっちゃ!
そして、ケンタさんが「宝物になるかもしれない」って
言ってくれた、素敵な発見をたくさん見つけるんだ!
私はまず、薬屋の娘として一番馴染みのある、
そして、たくさんの「困りごと」が隠れていそうな気がする、
薬草やポーションを扱う露店が並ぶ一角へと、
期待に胸を、そしてポシェットを膨らませながら、
小さな一歩を、力強く踏み出した。
どんな新しい発見が、私を待っているんだろう?
ケンタさんの役に立てるような、
そして、このリンドブルムの街の人々を笑顔にできるような、
素敵な情報がたくさん見つかるといいな。
私の、初めてのドキドキ市場調査日記の、
最初の、そして大切なページが、
今、静かに、そして確かに開かれようとしていた。




