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第9話 ドワーフの試練と蒼穹の証明

「…分かりました。

お見せしましょう。

俺の最高の相棒を」


俺の言葉に、

ドワーフの鍛冶師ギドは、

ふんと鼻を鳴らした。

相変わらず険しい表情だが、

その瞳の奥には、職人としての好奇心か、

あるいは単なる野次馬根性か、

何かがキラリと光ったように見えた。


「よかろう。

だが、街中で見せるわけにはいかんぞ。

人目につかん場所へ案内しろ」


「はい。こっちです」


俺はギドを伴い、

彼の工房を後にした。

職人地区を抜け、街の外れへ。

そして、拠点であるボロ小屋の裏手、

リンドブルムの森へと続く道へ入る。

ギドは短い足ながらも、

意外なほどしっかりとした足取りで俺についてくる。

道中、彼は一言も発しなかったが、

その鋭い視線は常に周囲を警戒しているようだった。


森の中、

リュウガが普段休んでいる洞窟から少し離れた、

開けた場所まで来たところで、俺は足を止めた。

ここなら、万が一リュウガが姿を見られても、

すぐに森の奥へ隠れられるだろう。


「ここで待っていてください」


俺はギドにそう告げ、

少し離れた場所から、

空に向かって口笛を吹いた。

これは、俺とリュウガだけの合図だ。


しばらくすると、

森の木々のざわめきと共に、

巨大な影が音もなく俺たちの前に舞い降りた。


瑠璃色の鱗を陽光に輝かせ、

巨大な翼を優雅に畳む、

我が相棒――リュウガだ。


「グルゥ…」


リュウガは俺の足元にすり寄るように

鼻先を近づけてくる。

その仕草は、まるで飼い主に甘える大きな犬のようだ。


一方、ギドの反応は、

俺の予想通り、いや、予想以上だった。


彼は目を大きく見開き、

口を半開きにしたまま、

リュウガの姿を凝視している。

その表情は、驚愕、不信、そして…

ほんのわずかな畏敬の念が混じり合っているように見えた。


「こ、これが…

お前の言っていた…ドラゴン…」


ギドの声は、

かすかに震えていた。


「はい。

俺の最高の相棒、リュウガです」


俺はリュウガの首筋を優しく撫でながら、

ギドに向き直った。


ギドは、恐れる様子こそ見せないものの、

明らかに警戒しながらリュウガに近づき、

その巨体を隅々まで観察し始めた。

翼の構造、鱗の硬さ、筋肉の付き方…。

その目は、もはや単なる鍛冶師ではなく、

研究者のように鋭く、真剣そのものだった。


「…ふむ。

確かに、そこらの飛竜とはモノが違うようだな。

翼の造りも理に適っておる。

それに…」


ギドはリュウガの黄金色の瞳を覗き込み、

何事か呟いた。


「この目…

ただの獣の目ではないな。

知性を感じる。

それに、妙に落ち着いておる。

俺が知る竜どもは、もっと荒々しく、

破壊の匂いがしたものだが…」


ギドが知る竜…?

彼はいったい過去に何を見たのだろうか。

その言葉には、単なる伝聞ではない、

実体験に基づいたような重みがあった。


一通りリュウガを観察し終えたギドは、

再び俺に向き直った。


「…なるほどな。

確かに、こいつなら『風』の名も

伊達ではないかもしれん。

だがな、小僧」


ギドの目が、

再び厳しさを取り戻す。


「どれほど優れた素材だろうと、

乗り手が未熟では宝の持ち腐れだ。

お前に、こいつを乗りこなすだけの技量があるのか?

鞍もなしに、まともに扱えるのか?」


試すような視線が、

俺に突き刺さる。


「ええ。

まだ完璧とは言えませんが…」


俺が言いかけると、

ギドは近くの崖を指差した。

崖の中腹あたり、

人が登るには困難な場所に、

青白く発光する苔が一面に生えているのが見えた。


「あの『月光苔』が見えるか?

職人が夜間の作業で使う、貴重な光源だ。

あそこまで飛び、あの苔を一つ、

傷つけずに取ってこい。

それができれば、お前の腕と、

その竜との絆を、

少しは認めてやらんでもない」


突然の試練!

しかも、なかなかの難題だ。

あの高さと角度、

そして「傷つけずに」という条件。

リュウガの精密な飛行制御と、

俺との連携が試される。


「…分かりました。

やってみましょう」


俺はリュウガに向き直った。


「リュウガ、聞こえたか?

あの光る苔だ。

ゆっくり、慎重に頼むぞ」


リュウガは心得たとばかりに、

静かに頷いた。

俺はリュウガの首筋にしっかりと跨り、

その鱗を握りしめる。


「行くぞ!」


バサッ!


リュウガが翼を打ち、

ふわりと宙に浮く。

さっきまでの穏やかな雰囲気とは一変し、

その動きには一切の無駄がない。

風を読み、最小限の羽ばたきで高度を上げていく。


崖が近づく。

目標の月光苔は、狭い岩棚の上にある。

リュウガは速度を落とし、

ホバリングするように空中で静止した。

まるで精密機械のような安定感だ。


俺は身を乗り出し、

慎重に手を伸ばす。

岩肌は滑りやすく、足場はない。

バランスを崩せば真っ逆さまだ。

だが、リュウガの背中は驚くほど安定している。


「よし…!」


指先が、ひんやりとした月光苔に触れた。

そっと、苔を根元から剥がし取る。

柔らかな光が手のひらで瞬く。


「取れたぞ、リュウガ!

戻ろう!」


俺の合図に、リュウガは再び翼を動かし、

ゆっくりと、しかし確実に地面へと降下していく。


着地の衝撃は、ほとんどなかった。


俺はリュウガから飛び降り、

手の中の月光苔をギドに差し出した。

苔はどこも傷んでおらず、

青白い光を放ち続けている。


ギドは無言で月光苔を受け取り、

まじまじと見つめた後、

俺とリュウガを交互に見た。

その表情は、まだ険しいままだったが、

さっきまでの敵意は消え、

代わりに複雑な感情が浮かんでいるように見えた。


「…ふん。

鞍もなしに、よくやるわい」


彼はポツリと呟いた。

それは、ほんの少しだけ、

感心しているようにも聞こえた。


「だがな、小僧。

勘違いするな。

これで依頼を受けると決めたわけではないぞ」


ギドは釘を刺すように言う。


「お前が望むような代物…

ドラゴンの巨体と力、

そして高速飛行に耐えうる鞍と装備を作るとなれば、

並大抵のことでは済まん。

最高の素材、最高の技術、

そして莫大な時間と費用がかかる。

今の貴様に、それだけの覚悟と対価を

支払う用意があるのか?」


ギドの言葉は、

厳しい現実を突きつけてきた。

そうだ、これがスタートラインなんだ。


「覚悟はあります。

対価も…必ず用意します。

だから、お願いします、ギドさん!」


俺は頭を下げた。


ギドはしばらくの間、

腕組みをして考え込んでいた。

工房の奥で燃える炉の火のように、

彼の瞳の奥で何かが揺らめいている。

竜への複雑な感情、

職人としての挑戦心、

そして目の前の若者への値踏み…。


やがて、彼は重々しく口を開いた。


「…よかろう。

話だけは、聞いてやる。

だが、まずはその竜の正確な寸法を測らんことには、

設計図すら描けん。

明日、もう一度ここへ来い。

話の続きはそれからだ」


「! はい!

ありがとうございます!」


俺は思わず叫んでいた。

まだ正式に依頼を受けてくれたわけではない。

だが、大きな一歩だ!


ギドはそれ以上何も言わず、

工房の中へと戻っていった。

重い鉄の扉が、再び固く閉ざされる。


俺はリュウガの隣で、

しばらくその扉を見つめていた。


頑固だが、筋は通す。

そして、その腕は確かだ。

ギドは、俺たちが探していた最高の職人に違いない。


「やったな、リュウガ!」


俺は相棒の首筋をバンバンと叩いた。

リュウガも嬉しそうに喉を鳴らす。


莫大な費用、最高の素材…

課題は山積みだ。

だが、希望の光は見えた。


俺とリュウガの翼は、まだ始まったばかりだ。

この頑固なドワーフを巻き込んで、

必ずや『ドラゴン便』を、

この異世界に実現させてみせる!

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