カリーナ。忘れるな。
「なんども同じことを聞くのははばかられるんだけど、誰かなーって……あはは」
とにかく沈黙は良くないと思っての言葉だったのに、余計なことを言ったみたいで、これ以上釣り上げられないくらいに眉毛がつり上がってしまった。
「この、わたしを……わたしに!誰ッですって!?」
落ち着いた声質が、ヒステリックに叫び声に変わる。
いや、変えてしまったのは私だ。
私が覚えていないから行けないんだ。
「……いえ、そういうことなのでしょうね。まあ、いいわ。私はカリーナよ。2度と忘れないように」
腰に手を当ててビシッと指を刺される。
必死にコクコクと首を振る。
そうすると満足いったのか微笑んだ。
「自分の名前は覚えてる?」
「名前」
そういえば、分からない。
けど、記憶喪失とは違うような。まるで、初めからなかったような気がする。
あるいは抜け落ちたような。
「深刻ね。頼みたいことがあったのだけど……無理させられないしね」
自分の名前すらまともに言えない人に頼み事はそれは出来ないだろう。納得だ。
でもなんでだろう、すごく嫌だった。
嫌だったから言った。
「ま、任せてくれないかな。私にならできるって思ったんだよね。なら……」
最後までい生きれるほどの自信はない。
それでもこの人の、カリーナさんの期待?を裏切るべきじゃないと私の中のどこかが訴えていた。
「いいわ。でもあまりにも欠けすぎてるわ」
あまりにも必死で、哀れみが湧いたのかもしれない。
困ったように笑ったカリーナさんは顔を引き締めて「着いてきて」と言って歩き出してしまった。
慌てて靴かブーツかを、迷った末にブーツを履いて追いかけた。
あの時はあんなに足が遅いとか思ったのに、歩くと速い。
背中を見てわかった。
怯えていた。
私にだろうか。
私にだろうな。