26話 目覚めとその後
一体どれほどの時間が経過したのか、僕はふと目を覚ました。
日の光の眩しさに目を凝らしながら、状況確認のために慌てて周囲を見回す。するとここが見知った建物であることに気がつく。
「ここは紫電一閃の皆さんが宿泊している宿……? あれからどうなったんだろう……」
記憶を整理しつつ上半身を起こし、足元へと視線を向ける。そこにはベッドを枕にして眠っている1人の少女の姿があった。
「……シュム。よかった、無事だったんだね」
目前で尻尾をゆらゆらとしながら、だらしない表情で眠っている彼女の姿に思わず微笑みを浮かべていると、ここでシュムがピクリと両耳を動かす。どうやら目を覚ましたようである。
「うにゃ……」
寝ぼけているのだろうか、シュムはそう謎の声を上げながらボーッと周囲を見回し──僕と目が合う。
「おはよう、シュム」
「おは──にゃっ!?」
シュムはいつものように挨拶をしようとするが、ここでようやくはっきりと目が覚めたのか、猫のような声を上げながら驚いた表情になる。
「ファン! 目覚めたのにゃ!?」
言いながらシュムは慌てて僕の側へとやってくると、僕の身体をペタペタと触ってくる。
「怪我は……もう大丈夫なのにゃ!?」
言葉を受け、僕はペロリと服を捲る。そして自身のお腹を見るが、そこには刺されたことが幻であったかのように傷跡1つない。
……これが回復魔法の、ルナさんの力。凄まじいな。
「うん、傷跡もないし……身体を動かしても特に痛みもないから大丈夫だと思うよ」
「よかったにゃ……」
言ってホッと息を吐くシュム。その姿に微笑みを浮かべつつ、僕は再度口を開く。
「それよりも僕はどのくらい寝てたの?」
「にゃー……」
シュムは指を折る。
「ちょうど3日にゃ!」
「そんなに!?」
「そうにゃ! だからすごく心配だったんだにゃー!」
言葉と共にシュムが優しく抱きついてくる。僕はふんわりと手を回しながら、トントンと背中を叩く。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
「ファンー!」
「よしよし」
こうして少しの間抱きしめ合った後、彼女は名残惜しそうに離れる。そしてすぐさまハッとした表情を浮かべた。
「そうにゃ! みんにゃにファンが起きたって伝えにゃきゃにゃ!」
シュムはそう言うと、すぐさま部屋を出ていった。
「あ、うん。よろし……いっちゃった」
先ほどのシュムの表情はとても明るいものであった。いや、確かに今までも明るい子ではあったのだが、なんというか、醸し出す雰囲気に悲哀の念を一切感じなかったのである。
……この様子だと、皆さん無事みたいだ。
そんなことを考えながらボーッとしていると、突然ドタドタと地響きのような振動を感じる。その振動は段々と大きくなっていく。そして──遂にバタンと部屋のドアが開くと、ルナさんが凄まじい勢いで僕へと飛びついてきた。
「……ファンくーん!!」
「ルナさ……ぶっ!」
ルナさんに抱きつかれ、その豊満な胸に顔が埋まる。
「よかった。本当によかった〜!」
言いながら、ルナさんが子供のように泣き出す。
「……ぷはっ! すみません、ご心配をおかけしました」
「やあ、ファン。目を覚ましたんだね」
「おはよう、ファン!」
「ファンくん大復活〜!」
「メリオさん、アキレスさん、カンナさん! 皆さんも無事で本当によかったです!」
「俺たちよりもお前だファン! あの時お前の姿を見た時はヒヤヒヤしたぞ!」
「……あの時……あ、そうだ。あの後どうなったんですか?」
「あの後……今から話してもいいけど、どうだい? お腹は空いてないかい?」
メリオさんの言葉を受け、僕は空腹を自覚する。
「ペコペコです」
「なら食事を取りながら、もしくは取ってからにしよう。ここでもいいけど、もし動けそうなら皆が座れる会議室に移動するのはどうだろうか?」
僕は上半身を動かしてみる。血を失ったからか、多少の怠さはあるが、日常生活を送るだけなら問題なさそうな体調であった。
「体調は大丈夫なので移動しましょう!」
「……了解。どうだい、立てそうかい?」
「えっと、ルナさんが離してくれれば……」
小さく笑いながら僕がそう言うと、珍しくメリオさんが吹き出す。そこから連鎖するように皆さんが笑う。
その声で平和な日々が戻ってきたことを強く実感した。
◇
宿のオーナーさんに用意してもらった食事を皆さんと一緒に取った後、僕が気を失ってからどうなったのかメリオさんが説明を始めた。
「結論から言うとジャックをあと一歩まで追い込むことはできた……ただ逃げられてしまってね」
悔しそうにメリオさんが唇を噛む。アキレスさんが続くように声を上げる。
「まさか転移の魔道具を持っているとはな!」
「転移の魔道具ですか」
言葉通りであれば、瞬間移動をする魔道具であろうか。ずいぶんと高価で希少なものに思える。
「早々手に入らない代物でね。だからこそその存在を失念していたんだ」
「希少な魔道具なんだにゃ〜」
皆さんがうんと頷く。
「少なくとも一介の元冒険者が持っているような品物ではないんですよね。であれば仕方がないですよ。それよりも皆さんお怪我の方は大丈夫でしたか?」
「あぁ……正直ほとんど怪我なく対峙することができたよ。相手は元Bランクの冒険者とはいえ、さすがに多対一ではどうしようもなかったようだ」
「よかったです……」
「ただそれは魔剣が一切機能しなかったからというのもある。ファン……君がアレをぶっ壊したのだろう? ジャックが嘆いていたよ。これさえ無事ならってね」
「あ、はい。最後の悪あがきとして武器破壊を試しました。もちろん今までやったことがなかったので、無意識下でのアドリブだったのですが……きちんと効果があったんですね」
「あぁ、完全に壊せていたよ。おかげでほとんど怪我なく対処できたともいえる。もし魔剣持ちであれば彼の戦闘力はAランク冒険者と同等かそれ以上だったかもしれないからね」
「Aランク相当ですか……」
ジャックのことを強者で僕にとっては格上の存在だとは思っていたが、まさかそこまでだとは。今こうして無事であることはある意味奇跡的なことなのかもしれないな。
僕はフーッと息を吐く。
「だからファンには感謝しなければいけないね。こうして皆が無事に生還できたのは君のおかげでもあるのだから」
「そんな! 感謝するのはこちらの方ですよ! 皆さんが助けにきてくれなかったら今頃僕とシュムの命はなかったかもしれないのですから!」
「ただ君が狙われる要因を辿れば、俺たちが露店を訪れたことだろう? であれば元はと言えば我々に非があったといえる」
「それは結果論ですよ。そもそも露店を始めたのは僕たちの意志ですし、皆さんのお力がなくとも、いつか狙われた可能性は否定できませんから」
「むむ。……ならばここはお互い様ということでどうだろうか」
「……うーん。救われた立場としてはなんだか釈然としませんが、そういうことにしましょうか」
「ふふっ……」
メリオさんが小さく笑い声を上げる。釣られて僕も笑みを浮かべ、こうして事の顛末に関する話は和やかな雰囲気のまま終わりを告げた。