14話 約1ヶ月後
あっという間に月日は過ぎ、紫電一閃のみなさんにお世話になって1ヶ月が経過した。
実はこの間に皆さんとは会話をしていたのだが、シュムとパーティーを組んだことで金銭的余裕ができるほどに稼げたため、僕たちは彼らの元を離れ自らの力で生きていくことを決定した。
そして本日がちょうど皆さんの元を離れる日である。
「うぅ……」
ルナさんの嗚咽が聞こえる。
彼女のように涙を流すほどではないが、この期間でだいぶ仲良くなったため、毎日会えなくなるのは正直かなり寂しい。
しかしだからといってずっとお世話になるわけにもいかないため、いたしかたない事ではある。
「いったんお別れだね……」
カンナさんがシュンとした表情になる。
「ですね……」
「まぁとはいっても同じ町にいる以上、顔を合わせることは多いだろうがな!」
腰に手を当てながら、アキレスさんが変わらない力強い笑みを浮かべる。それに呼応するようにメリオさんがうんと頷く。
「はは、それもそうだね」
「でもほんと寂しくなるね〜」
「だな!」
「うぅ……ファンくん。シュムちゃん……いかないで……」
ぐでっとしながら、こちらへと手を伸ばしのそのそと近づいてくるルナさん。言っちゃ悪いがまるでゾンビのようである。
「もうルナみっともないよ!」
同じことを思ったのか、カンナさんがポコンと優しくルナさんの頭を叩く。ルナさんは歩みを止めるが「でも〜」と言いながらカンナさんへと視線をやった。
見かねたメリオさんがルナさんへと近づき、慰めるように彼女の肩に手をやる。
「ギルドを通せばいつでも連絡がつくんだ。会いたくなったら会えばいいさ」
「なら毎日……」
「せ、せめて週1かな」
「そんなぁ……」
「あはは」
「にゃはは」
まるでコントのようなやりとりに、僕とシュムは思わず笑い声を上げる。
……おかげでお別れを言える程度には心が軽くなったな。
僕はシュムの方を向く。彼女もこちらへと目をやり、互いに小さく頷く。そして改めて居住いを正すと僕たちはしっかりと頭を下げた。
「みなさん、長い間本当にお世話になりました。おかげさまで良い環境で万全の準備を整えることができました」
「たくさんありがとにゃー!」
「気にしないでくれ。これは一連のファンの行動に対するお礼でもあるのだからね」
「にしてはあまりにももらいすぎでしたよ……」
「そうだったかな? ともかくこちらとしても楽しい日々を過ごさせてもらったよ。ありがとう。今後は冒険者仲間として、共に頑張っていこう。そしていずれ一緒に依頼を受けることができたら嬉しいな」
「そうなれるよう2人で頑張りますね!」
「頑張るにゃ〜」
「ほらルナ最後に行ってきな」
カンナさんがトンとルナさんの背を押す。それに導かれるように、ルナさんが一歩踏み出す。
「うぅ……ファンくん! シュムちゃ〜ん!」
そう言いながらこちらへとやってきたルナさんは僕とシュムを纏めて抱きしめてくる。
もう離さないとばかりの力強さに、改めて愛されていることを実感し、僕とシュムは視線を合わせて笑い合った。
◇
紫電一閃とお別れを済ませた僕らは、町の一等地である中心から離れるように並び歩く。
「さて、まずは宿に向かうか」
「はいにゃ〜」
これまでの宿は高級すぎて、僕たちにはあまりにも分不相応であった。だから身の丈にあった宿に移ろうというわけである。
ちなみに候補はある。というのも紫電一閃の皆さんにおすすめを聞いていたのだ。
ということで僕たちはそのおすすめの宿へと向かう。ここの宿ならシュムに対する差別もないだろうとのこと。絶対とは言っていないが、まぁ彼らが言うのであれば間違いはないだろう。
僕は全幅の信頼と共に一直線にその宿へと向かう。談笑を挟みながら歩くこと15分程度、僕たちは目的の宿へと到着した。
「ここだね」
「にゃ〜幸福の宿。いいにゃまえにゃ〜」
「なんか泊まるだけでご利益がありそうだよね。よし、それじゃ入るか」
「んにゃ」
僕たちは扉を開け中へと入る。
「すみません」
「はいよ〜」
言葉と共に奥から恰幅の良い女性が早足で向かってくる。その容姿と醸し出す雰囲気から、間違いなく優しい人であることが伝わる。
「あら、可愛らしいお客さんだこと」
「こんにちは。今って部屋の空きありますか?」
「ちょうどいい部屋が空いてるよ。あ、ただ2人部屋になるけどいいかい?」
僕はシュムへと視線をやる。
「シュム、大丈夫?」
「もちろんにゃ。むしろ一緒じゃなきゃ嫌にゃ〜」
言いながらシュムが僕へとしなだれかかり、身体を擦り付けてくる。
1ヶ月前では狼狽していただろうが、こういう接触は日常茶飯事であったため最早慣れてしまった。
ということで微笑みと共にポンポンと頭を撫でていると、その姿を目にした女性が「あらあら」と言いながら微笑ましいものを見る目を向けてくる。
「あ、すみません」
ハッとし、再び宿のオーナーへと向き直る。そして僕もこれまでの生活でシュムとの同室には慣れていることもあり、特に迷いなく彼女の問いに答えた。
「ではその部屋でお願いします」
「1泊かい?」
「いや、連泊でお願いします」
「はいよ〜何泊にしとく?」
「とりあえず7泊で、時期が来たら延長させてもらう形でお願いします」
「はいよ。それじゃ7泊食事付きで銀貨7枚だけど、大丈夫かい?」
「はい。これでお願いします」
1泊2人で銀貨1枚。およそ隔日ペースで狩りに行き、毎回銀貨2枚前後稼いでいる僕たちとっては少しだけ背伸びしている値段設定といえる。しかし今後の成長を考えればこの程度であれば問題ないだろうというのが僕とシュムの考えだ。
「はい丁度ね。それじゃこれが部屋の鍵だよ。無くさないように気をつけなね」
「はい。ありがとうございます!」
「あ、食事が欲しかったら私に声をかけてちょうだいね」
「わかりました! それでは本日よりお世話になります」
「お世話になるにゃ〜」
「はいよ。ご丁寧にありがとねぇ」
オーナーさんにお礼を言った後、僕とシュムは与えられた部屋へと向かう。そして鍵を開け、中へと入るとそこには清潔感のある部屋が広がっていた。
広さは正直そこまでではない。ただしベッドは2人で寝るには十分の大きさがあったため、基本的に部屋では休むだけでの僕たちにとってはこれといって不満のない部屋と言えた。
「いい部屋だね」
「本当にゃ〜」
ちなみに当然だがこの宿にお風呂はない。その代わり毎日桶1杯のお湯と清潔な布をもらえるらしい。身体を綺麗にする術があり、しかもそれが冷水じゃない。それだけで十分だ。
内心そんなことを考えていると、部屋の内装をキョロキョロと見つめていたシュムが満足げに両手を広げた。
「にゃー! ここからシュムたちの新しい冒険がはじまるにゃ〜!」
「そうだね。一緒に頑張ろうね、シュム」
「はいにゃ!」