9話 シュムとお風呂
それから2人でのんびりと過ごしていると、ここで部屋の扉をノックする音が届く。返事をすると、宿のオーナーさんが変わらずの柔らかい笑顔で部屋へとやってきた。
「お連れ様が元気になられたようでよかったです」
「改めて先程は彼女を連れ入れる許可をくださってありがとうございました」
「ありがとうにゃ〜」
「いえいえ。紫電一閃のお連れ様ならこのくらいなんてことありませんよ」
言葉の後、宿のオーナーさんの視線がシュム、そして僕へと向くと続けるように声を上げる。
「老婆心ではございますが、彼女をお風呂に入れてあげてはいかがでしょうか」
「お風呂に……あの、そこまで勝手に使っていいのでしょうか」
前提としてこの部屋はルナさんの部屋である。ただでさえ勝手にシュムを入れているのに、その上でお風呂まで勝手に使うのはどうなのだろうか。
そんな僕の不安を読み取ったのか、オーナーさんが柔らかい声音で声を上げる。
「私からも事情をお伝えしますから大丈夫ですよ。……それに失礼を承知でお伝えしますが、彼女が綺麗な方がルナセア様もお喜びになるでしょう」
「なるほど……」
それも一理あるなと僕は頷いた後、ここはお言葉に甘えることにしようと考えた。
「わかりました! ではお言葉に甘えて使わせていただきます!」
「ふふっ。それでは入り口に室内着と新しいシーツを置いておきますね。汚れたシーツは扉前に置いておいてください。それではごゆっくりお寛ぎくださいませ」
言葉の後、オーナーさんは部屋を出て行った。2人して頭を下げつつ彼女を見送った後、姿が見えなくなったところでシュムが小さく首を傾げた。
「お風呂にゃ?」
「そう。特別に使わせてくれるって。僕が準備をするから早速入る?」
「にゃー」
じっとこちらを見つめるシュム。
「どうしたの」
「にゃー。シュムが抱きついたから、ファンも汚れちゃったにゃ」
確かに多少砂埃等汚れがついたのは間違いない。
「僕は後で入らせてもらうから大丈夫だよ」
「んーそれにゃら一緒に入るにゃ! その方が効率的にゃ!」
「い、一緒に!?」
「ダメにゃ?」
その方が宿には迷惑がかからないのは間違いない。それにシュムに使い方を教えるなら一緒に入った方が楽なのも確かではある。
……落ち着け。シュムはまだ子供だ。それに僕はもっと子供だ。転生して大人の精神も混ざっているが、子供なんだ。だから問題ない。うん、そうだ問題ない。
「わかったよ。一緒に入ろうか」
「やったにゃー!」
こうしてルナさんに続き、今度はシュムと一緒にお風呂に入ることになった。
◇
「じーっ」
裸になった僕の身体──特にある一点を──シュムが食い入るように見つめてくる。僕は赤面しながらすぐさま手で隠す。
「ちょっと見過ぎだって」
「ファン、シュムと身体の作りが違うにゃ。だから興味深いにゃ〜」
「ちょ! はずかしいからだーめ!」
「にゃはは! はいにゃ〜」
「まったくもう」と小さく息を吐いた後、僕はシュムに声を掛ける。
「ほらシュムも脱ぎな」
「はいにゃ〜」
言葉の後、シュムは先ほどの鎧を脱いだ時の要領でスポンッと一瞬で全裸になった。……なんとも大胆である。
シュムは脱ぎ終わると「できたにゃー!」と言いながら、僕の方へと飛びかかってくる。
「は、裸でくっつかないの!」
僕の声にシュムは大人しく離れると、唇を尖らせる。
「ぶー要求が多いにゃ」
「シュムは恥ずかしくないの?」
「にゃ? ファン相手なら恥ずかしくにゃいにゃ!」
「そっか」
……そりゃそうか。見た目10歳にすら満たない子供だもんな僕。
あっけらかんとしたシュムの様子にどこか納得がいったように小さく頷いた後、僕は浴室に続く扉を開けた。
「はい、いくよ〜」
「にゃ〜」
浴室に入ると、シュムはすぐさま浴槽を見て目を輝かせる。
「すごいにゃ! お湯が溜まってるにゃ!」
言葉の後、彼女はそのまま浴槽に入ろうとし──僕はすぐさま止めにかかる。
「ストップ! 入る前に身体洗うよ」
「わかったにゃ!」
彼女の返事を聞き、シュムを椅子へと座らせる。そして彼女にわかりやすいように実践しながら、お風呂の使い方を教えていく。
「まずはこの石鹸を使って身体を洗うの。こうやって泡立てて、こんなふうに」
「やってみるにゃ〜」
言葉の後、シュムは石鹸を手に取ると、それを泡立てる。
その泡に「にゃ! あわあわにゃ!」と楽しげに声を上げた後、泡を身体に擦り付けていく。
「こうにゃ?」
「そうそう」
その後しばらく彼女は自身の身体を洗った。しかし背中を洗おうとした時、シュムはどうも上手くいかないようで不満げになる。
「んー、上手く洗えにゃいにゃ〜。ファン洗ってにゃ!」
「えっ!」
「お願いにゃ〜届かにゃいにゃ〜」
「わ、わかったよ。ただし背中だけね」
「にゃ〜」
返事をするシュムの背後に僕は膝立ちをする。そして泡を手に取ると、彼女のシミや傷一つない真白い背中を洗っていく。
……しなやかで綺麗な肌だな。
思わずそう感想を抱きながら、僕は彼女へと問いかける。
「どうかな?」
「うにゃ〜気持ちいいにゃ〜」
「ならよかったよ」
背中の後は腰回りを洗う。すると当然だが、僕の目にはゆらゆらと揺れる猫のような尻尾と可愛らしいお尻の先が映る。
……無心。無心だ。
僕は心の内でそう唱えつつ、なんとか腰回りまで洗い終えることができた。
「はい。残りは自分でやってね」
「にゃ〜尻尾も洗ってにゃ〜」
「はいはい」
尻尾ならいいかと思いながら、僕はゆらゆら揺れるそれを手に収めるべく、ギュッと軽く握った。
瞬間、シュムが「うにゃー!」と声を上げる。
「ご、ごめん」
「うー尻尾は敏感にゃ。だから優しくしてほしいにゃ」
「わかったよ」
言葉の後、僕は尻尾を優しく洗っていく。
「にゃはは! くすぐったいにゃ!」
「ちょ! 動かないの!」
……じゃないと大事な所が見えちゃうから!
「ごめんにゃ〜」
その後も僕はとにかく優しく尻尾を洗い続けた。
「こんなもんかな?」
「うにゃ〜ありがとにゃ〜」
「じゃあ流すよ」
「はいにゃ〜」
言葉の後、僕はシャワーのような魔道具で彼女の身体を頭から流していく。こうして全て流し終えたところで、シュムが突然全身をブルブルと震わせた。
水滴がこちらへと飛んでくる。
「ちょ!」
「にゃはは、ごめんにゃ! いつもの癖でやっちゃったにゃ〜」
「まぁお風呂だからいいけどさ」
「ファンは優しいのにゃ〜」
「さ、僕も洗うからお風呂先入ってなー」
僕がそう言うと、シュムがくるりとこちらへと向きを変えると「ダメにゃ!」と声を上げた。
「え?」
「次はシュムがファンを洗う番にゃ〜」
言いながら、シュムは泡を手に取ると、その手をわきわきと動かす。
「……え?」
「にゃはは。逃げられにゃいからにゃ〜」
言葉の後、シュムが「にゃー!」と言いながら裸で飛びかかってくる。
「いやー!」
──結果、僕はなす術もなく全身を洗われた。
◇
「もうお婿に行けない……」
とにかく全身を洗われた。それも彼女は面倒だからと途中から身体に泡をつけて擦り付けてきて──ダメだ。思い出すだけで頭が沸騰しそう。
「おむこ? 変にゃファンにゃ〜」
「誰のせいだと……はぁ、まぁいいや。とりあえず身体は洗えたからお湯に浸かろうか」
「はいにゃ!」
ちなみに湯船のサイズは前世の一般家庭サイズだ。だからいくら僕たちが子供だといっても、湯船に浸かるには身体を重ねる必要がある。
「にゃーどうやって浸かるにゃ?」
「僕はここで待ってるから、シュムが先浸かりな」
「わかったにゃ」
言葉の後、シュムはゆっくりと湯船に身体を沈めていく。そして気持ちよさそうに声を上げた。
「ふにゃーあったかいにゃ〜」
その姿に僕は微笑みを浮かべるのだが、ここで唐突にクシュンとくしゃみをしてしまう。シュムがこちらへと目をやる。
「にゃ? やっぱりファン寒いにゃ?」
「いや、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃにゃいにゃ! 一緒に入るにゃ! ……ここ! ここにゃらすっぽり収まるにゃ!」
言って彼女は自身の腹部の辺りを指差してくる。
「い、いやそこに入ったら全身が密着して──」
「にゃーさっき散々密着したにゃ」
「……それもそっか」
「どうぞにゃ〜」
シュムは手を広げて僕をスペースへと迎え入れてくれる。
僕はなるべく彼女の裸を目に入れないよう気をつけながら、その魅惑の隙間へとゆっくりと腰を下ろしていく。
「……ふぅ。あったかい」
「あったかいにゃ〜」
言葉の後、シュムがギュッと僕を抱きしめてくる。すると背中全体にフニフニした感触、そして首元には何やら2つの突起のような感触を覚えた。
それが何かを僕は感覚的に理解する。しかし意識してしまうと心臓に悪いため、僕はとにかく無心で湯に浸かるのであった。