8話 二人きりの打ち合わせは心臓に悪いのです【魔術師レン編】
キースの採寸を行った翌日、私は王宮内で借りている自分の部屋から、宮廷魔術師が仕事場としている魔術師棟へと歩いていた。
後は魔術師のレンに衣装のデザイン画を確認してもらい、採寸さえ終われば王家の衣装部が縫ってくれることになっているのだ。
私には裁縫の才能が前世から無かったからありがたい。
昨日はキースに揶揄われたせいで、採寸はまたもや妙な雰囲気のまま終わってしまった。
というか、気付いたらキースの姿はもう無かったのである。
全く、ルカリオもキースもいつまでも私を子ども扱いして!
もうみんなお年頃なのですから、二人も落ち着いてくれないと困るのですけれど。
その点、レンは安心ですね。
ポケットに入れたデザイン画とメジャーを確認する。
レンは今日も仕事が忙しいのでしょうか?
少しでも会えればいいのですが。
宮廷魔術師は、王宮の敷地内にある魔術師棟の上層階にそれぞれ部屋を与えられ、生活をしている。
つまり、ルカリオは王宮の自室、キースは騎士団の寮、レンは魔術師棟で寝起きをしている今、お互いの行き来は比較的スムーズなのだ。
居候している私を含めて。
私が魔術師棟の入り口に続く小道に差し掛かったタイミングで、ちょうどレンが棟から姿を現した。
「レーーン!!」
名前を呼んで大きく手を振りながら走り寄ると、魔術師のローブのフードに覆われた頭が動き、私に気付いたレンは表情をほころばせた。
今日も安定の美しい笑みである。
「ちょうど良かったです。レンに会いに来たのですが、今からお仕事ですか?」
「僕に?」
「見ていただきたいものがあるのです」
私の言葉に、レンは嬉しそうに目を細めた。
普段物静かで、感情をあまり表に出さない彼が表情を緩めているのが珍しかったのか、通り過ぎる先輩魔術師たちが微笑ましそうに横を通り過ぎて行く。
「僕なら今日は空いていますよ。アイリスが部屋を与えられて、しばらく王宮で暮らすとルカリオから聞いたので、今から会いに行くところだったんです」
「だったらお互い同じことを考えていたのですねー」
「それは嬉しいですね。では、僕の部屋でもいいですか?」
「もちろんです」
二人でニコニコと微笑みあった後、私たちはレンの部屋へと足を向けた。
「レンのお部屋、久しぶりです!」
私はぐるりと部屋を見回す。
レンの部屋を訪れるのはいつぶりだろうか。
昔より物は増えたみたいだが、相変わらず整理整頓の行き届いた、レンらしい飾り気のない部屋である。
「今日はね、衣装と採寸のことでお邪魔したのです」
私はレンに、魔術師のローブ風のデザイン画を見せた。
「レンはローブが似合うので、衣装にも取り入れました。この衣装を着てぜひとも試して貰いたいことがあって……というか、むしろ今そのローブでやってみて欲しいです!」
「この衣装はとてもいいと思いますけど、僕に試して貰いたいことって?」
首を傾げるレンに、私は興奮ぎみに説明する。
「アイドルには、ファンが思わず歓声をあげてしまう、ドキッとさせる仕草が色々あるんです。服をはだけさせたり、メガネをはずしてみせたり……。レンはフードを被っていることが多いので、フードを取る仕草は絶対女の子たちにウケると思うんです!」
私の勢いに若干引いているレンが、おずおずと尋ねた。
「これ、被ったままの状態が安心できるんですけど、取らないと駄目ですか?」
「駄目です!」
食い気味な私の返事に、レンは渋々と頭に右手をやると、フードを後ろに落とした。
パサッ
その瞬間、いつもは隠れている艶やかな襟足長めの黒髪と、細く白い首元が露になった。
眩しげに細めた目と、気怠けな様子が相まって、見てはいけないものを見てしまったような気にさせられる。
なんで男の人なのにこんなに綺麗で色っぽいのでしょうか。
ズルいです。
「アイリス?」
しかも今呼び掛けるのは反則です。
フードをはずした姿も昔は見慣れていたはずなのに、なんだか今は目を合わせるのすら恥ずかしく感じてしまうのはなぜ?
思わず下を向いてしまった私の頬にレンの手のひらが添えられる。
顔を覗きこみながら心配そうに問いかけるレン。
「顔が赤いみたいですが、気分が悪くなりましたか?」
いえいえ、絶好調です!
ただ猛烈に恥ずかしいだけで……。
フルフルと首を振ると、私は不自然さを吹き飛ばすようにレンをクルッと後ろ向きにさせた。
「今のフードの落とし方はバッチリでしたよ。採寸もしないといけないので、ちょっと後ろを向いててくださいね」
早口で伝えながら、なんとか気持ちを立て直して肩幅を測り始める。
顔の熱が早く引くことを祈りながら、黙々と採寸を進めていく。
もうもう!
フードを取る仕草は、私が思っていた以上に妖艶で刺激的でしたね。
あれで本人は無自覚なのですから。
この綺麗な顔と流し目にやられる人が続出するのでは?
絶対曲の途中に、『フード落とし』を取り入れてもらいましょう。
前世なら、歌番組でカメラが寄って、アップで映す重要なシーンです!
私は自分が一杯一杯で気にも留めなかったが、間近で採寸されているレンの顔も真っ赤であった。
お互いに赤面しつつもなんとか採寸が終わると、レンがお茶を淹れてくれた。
ようやく落ち着いた私は、レンとの二人きりの穏やかなお茶会をまったりと楽しんだのだった。