23話 逆ハーレムの日々
その後、チェスターズのデビューイベントはつつがなく終了した。
五カ所を巡って行われたイベントは、地方領主の妻たちが中心となって現場を回してくれたおかげで、大成功を収めることが出来た。
一連の成功を祝って開かれた王宮のお茶会では、女性みんなで健闘を称え合い、大いに盛り上がったのだが――
「結局、アイリス様はチェスターズの中からどなたをお選びになるのですか?」
あまり空気を読まないと評判な天然令嬢にズバッと訊かれ、一瞬にして参加者全員の動きが止まった。
私も言葉に詰まってしまい、つい視線を泳がせてしまう。
ここでそれを訊きます?
みなさん気を遣って普通に振舞い始めましたが、思いっきり聞き耳を立てていますよね?
王妃様の目は爛々と輝いているし、ダリアとアスターは笑いを堪えているのか、明らかに肩が揺れている。
「い、いえ、そんな選ぶだなんて恐れ多い……」
私があえて答えを濁したにも関わらず、周囲がそれを許さないとばかりになんと会話に混ざってきた。
「そこはやはりルカリオ殿下でしょう。あの爽やかで眩しい笑み、堂々とした振舞いに甘い歌声……」
「いいえ、キース様だわ。あの凛々しいお顔に逞しい身体。ワイルドなのに無邪気に笑うと可愛らしくて」
「なんと言ってもレン様でしょう。魔術の腕は超一流、感情を表に現わさないと思いきや、はにかんだりたまに見せる艶めかしい目付きにクラクラしてしまいます」
お茶会はいつの間にか『推し』の素晴らしさを発表する場になっていた。
この短期間に彼らの素の表情も随分と浸透したようで、それぞれにコアなファンが付いたようだ。
どうりで皆様のドレスの色がメンバーカラーの赤、青、黒が多いわけですね。
……お茶会に黒って以前はなかったはずなのに。
見たところ人気はちょうど三等分といった感じで、自分の『推し』を崇める声は徐々にヒートアップしていった――が。
気付けば『やっぱり全員捨てがたい』という意見に落ち着いていた。
結局、チェスターズは『箱推し』が多いのだ。
「アイリス様が誰をお選びになろうと、私はお二人を応援いたしますわ!」
「ええ、その通りよ。チェスターズの皆様の幸せがわたくしたちの幸せですもの!」
お茶会の終わりには、アイドルのスキャンダルを嫌厭するどころか応援までされてしまった。
なんだこれ。
私はアイドルグループを作った時には思ってもいなかった展開に、前世との反応の違いをまざまざと見せ付けられた気がしていた。
◆◆◆
恋愛に寛容な空気が幼馴染みの三人にも伝わっているのか、チェスターズメンバーとの距離感もどんどんおかしくなっていった。
いや、彼らの遠慮がなくなったというのが正しいのかもしれない。
「じゃあアイリス、行ってくるね」
「いっちょかましてくるわ」
「見ていてくださいね」
「はい、みんな行ってらっしゃい。頑張ってくださいね!」
今日も舞台に上がる三人を見送ろうとすると、彼らが私に近付いてキスをする。
もちろん唇にではなく、ルカリオが私の頬、キースが頭、レンが手の甲に……。
いやいや、おかしいでしょう。
最近スキンシップ過多なのでは?
しかも戻ってきた時はハグをされるし。
三人は私へのキスを勝手に恒例にし、私が客席に居る時には恥ずかしくなるほどのファンサをしてくる。
そして公演を終えて戻ってくるといつも、「そろそろ誰にするか決まった?」と、彼らの中から交際相手が決まったかを確認してくるのである。
どんな逆ハーレムよ!?
ブンブンと首を振って、選べないと伝えるまでがお決まりになってしまっている。
そんな日々激しくなるアプローチに、私の心臓は休まる暇がないのだった。
◆◆◆
あれこれ忙しくしている内に、チェスターズのデビューから三か月が経過していた。
ファンクラブの会員は益々増え、映像や音楽を記録した水晶も日々増産に次ぐ増産で、我が国は嬉しい悲鳴を上げている。
隣国以外の周辺国にも水晶の輸出が始まり、セカンドシングルの発売と同時に世界ツアーも予定されている。
――もちろん隣国を回る予定はない。
「ねえ、アイリス。売り上げがもうすぐ借金の額に到達するって母上が言っていたんだけど」
セカンドシングル、『好きと言ってくれないか』の練習中にルカリオに話しかけられた。
デビュー曲『麗しのチェスター』とのタイトルの落差が激しいが、これはもちろん私が付けた曲名ではない。
いつの間にか王妃様お気に入りの作詞家、作曲家によって二曲目が出来上がっていたのである。
……作為的なものを感じずにはいられないが、ファンが曲の途中に『好きー!』と掛け声を入れられる工夫がしてあるところはちょっと面白い。
「そうみたいですね。まさかこんなに早く達成出来るとは……」
「同僚たちに聞いたのですが、隣国と調査委員会による詐欺・隠蔽も立証され、もうすぐ公になるみたいですよ」
「どおりであの煩い王女どもを最近見ないわけだ。せいせいしたぜ」
女性貴族主導で始まったアイドル計画は、無事に実を結び素晴らしい結果をもたらしてくれた。
そして、その裏で男性官僚が詐欺騒動の証拠固めをしっかり行ってくれた結果、我がチェスター王国は平和をとりもどしつつある。
その分、隣国は大変なことになっているそうだが――それはどうでもいいだろう。
チェスター王国が隣国の手に渡る心配はなくなった。
それはつまり、チェスターズを継続させる必要もなくなったということで。
「もうチェスターズも解散ですかね」
寂しくなった私はつい呟いてしまった。
こんなに売れているのに二曲で引退なんて、まさに伝説のアイドルのようだが、祭りの終わりのような物悲しさを感じずにはいられない。
「ああ、それなんだけど、僕たちはもうしばらくアイドルを続けようと思っているよ」
ルカリオが朗らかに告げた。
え、続けてくれるのですか?
借金の心配も、王女との結婚もなくなったのに?
私が驚いていると、キースが変なことを言い出した。
「この前仕事で街に出たら、すげー人気の小説が山積みになっててさ。今度劇をやるとかなんとか」
「へえ、そうなのですね。知らなかったです」
「その本に俺たちのことが書いてあるんだと」
「……はい?」
キースの話によれば、チェスターズの成功への軌跡が本になったらしい。
それは理解出来るのだが、どうやらその小説にはアイドル計画の影の仕掛け人として、一人の侯爵令嬢が出てくるのだとか。
そして内容は彼らの成功物語から、令嬢を取り合う四角関係の恋模様へと移っていき……。
って!
思いっきり私たちのことじゃないですか!
なぜ私がプロデューサーだとバレていて、そんな乙女ゲームのヒロインみたいなことになっているのかしら。
王子と騎士団長の息子、魔術師団長の息子なんて、まんまゲームの攻略対象者じゃないの!
しかし、謎はすぐに解けた。
隣国の脅威が消え、王妃様が私の存在を明らかにしたのだという。
令嬢がアイドルグループをつくり、メンバーに溺愛されるというあらすじが平民にもウケているそうだ。
「俺としても、チェスターズを応援するアイリスが見られなくなんのはつまんねーし? 二曲目も覚えちまったからもう少し付き合ってやってもいいぜ」
「僕も、合いの手というのですか? アイリスの『好きー!』を聞いてみたいですからね。それに、終わってしまったら今アイリスからご褒美をもらうことになってしまいますし」
「ご褒美……」
そういえばそんな約束をしましたね。
借金を返済出来たらご褒美をあげると。
「いったい私に何をお願いするつもりなのですか?」
私は不安を感じながらも三人に尋ねた。
「そんなの決まっているよ。僕のお嫁さんになって?」
「『俺と結婚しろ』だな」
「僕と結婚して欲しいと言うつもりでした」
ルカリオ、キース、レンがまさかの同じ願いを口にする。
あ、あなた方はそんなことを考えていたのですか?
でも私は一人しかいないですし、誰かを選ぶなんてことも……。
どうしたものかと眉を下げると、ルカリオが皆を代表するように言った。
「ほらね。アイリスにはまだ時間が必要だろう? だから答えを待つ間はチェスターズを続けようかと思ってね」
「でも私、本当に三人とも好きで……いつになってしまうやら」
優柔不断な自分に嫌気がさしてしまう。
「いいんじゃないか? アイリスのアイドル計画はまだ先まで続いていたんだろ? 俺たちもお前が喜ぶ顔を見たいしな」
キースの言葉で、私は自分がチェスターズに期待をしていたアレコレを思い出す。
そうですよ、まだアルバムも写真集も出していませんし、アクリルスタンドも構想中です。
握手会――は大変なことになりそうですが、コラボ企画なども!
チェスターズの三人と共に見たい夢がたくさんある。
私はまだまだ彼らが輝く瞬間を見ていたいのだ。
「じゃあ、これからもよろしくお願いします!」
私が笑顔で幼馴染みたちを見回すと、レンが面白そうに言った。
「こうなると、ある意味『アイドルは恋愛禁止』というルール通りと言えますね。アイリスが一人を決め終わるまで、僕たちは全員独り身なのですから」
確かに私が答えを出すまで彼らがアイドルを続けるのなら、必然的に活動中はフリーということになる……のかな?
「えっ、そんなの申し訳ないです! 私は決してそんなつもりでルールを言い出したわけではなく……」
「わかっているよ。僕たちはどうせアイリスしか見えていないのだから同じことだしね」
「そうだ。アイリスはせいぜい俺らの重い愛情をくらう覚悟でもしておくんだな」
「アイリス、たくさん僕たちの愛を受け取ってくださいね」
大好きな幼馴染み、ルカリオ、キース、レンは、私だけに向ける甘い笑顔で愛を告げてくる。
チェスターズが解散を迎えるその日まで、私の逆ハーレムの日々は続くのだった。




