22話 恋愛禁止の呪縛
二回目の公演が始まった。
チケットは無いが、私とダリアとアスターは特別に客席の一番後ろから舞台を眺めていた。
運営スタッフという立場を利用した形だが、一応『スタッフ』と書かれた腕章も付けている。
この腕章、前世で憧れていたので少しテンションが上がってしまう。
「ねえ、私たちが控室を出た後、皆様と何か進展はあった?」
ダリアがムフフと思わせぶりに私に身を寄せてきた。
「それはもちろんありましたわよねぇ? 愛を乞われ、早く一人を選んで欲しいなどと甘く囁かれたのではなくて? あぁ、羨ましいですわ!」
ど、どうしてそれを!?
アスターは勘が鋭すぎてヒヤヒヤしますね。
愛を乞われた覚えは……特にありませんが、口説かれていた気はしますから。
動揺が顔に出ていたのか、二人は私を見て吹き出した。
「やっと皆様の恋情と向き合う気になった?」
「ファンというライバルの出現がアイリス自身の気持ちを自覚するきっかけになったのなら、アイドル計画もチェスターズの皆様にとってメリットがあったということですわね」
「ううっ……鈍くてお恥ずかしい限りです……」
彼らの好意については少し前に理解したつもりだったものの、やはりどこか他人事に感じている部分があった。
身近にいたから『家族の好き』と『恋愛の好き』を勘違いしているだけではないかとか、私じゃどうせ釣り合わないし……と理由を付けて、わざと真面目に捉えようとはしてこなかったのだ。
でも困りましたね。
いざ向き合おうとしてみても、どうしたらいいのか全然わからないのですが。
嫉妬は確かにしましたが、特に誰のファンに妬いたわけでもなく、四人でずっと一緒に居たいと思ってしまいました。
……え、私って三股かける悪女だったの!?
「ど、どうしましょう。私、ルカリオもキースもレンも大好きなのです。誰か一人なんて決められません……」
私の情けない顔がそんなに面白かったのか、親友たちは大笑いしている。
「あははっ! それはあれだけハイスペックな方たちならねぇ。悩むのは当然だわ。ま、贅沢な悩みだけど」
「うふふ、とことん悩むしかないですわよ。皆様のこれからのアプローチ次第でお相手を決めては?」
しかし、チェスターズは恋愛禁止の掟があるのだ。
自分からルールを提示しておいて、私が彼らのアプローチを受け入れるのは間違っていると思う。
何より、『推し』の恋愛を知ってしまう辛さを自分が知っているからこそ、ファンの純粋な思いに背くような真似はしたくない。
「アイドルは恋愛禁止なのです。せっかくファンになってくださった方々を裏切るようなことは出来ないです!」
毅然と言ったつもりなのに、なぜかダリアもアスターも呆れたように目を細めている。
何かおかしいことを言っただろうかと戸惑う私に、アスターが強い口調で物申す。
「いいですか? そのルールなら私もお父様から聞かされましたけれど、全く意味がないと言い切れますわ!」
え、意味がない?
「そうよね、平民は元々チェスターズのお三方とは身分が違うから付き合えるなんて考えたこともないだろうし、貴族なら殿下たちのアイリスを想う気持ちなんてとっくに知っているのだから今更だし」
ダリアの言葉を頭の中で反芻してみる。
言われてみればその通りで、王太子と付き合いたいなんていう身の程知らずの平民はこの世界にそうは居ないだろう。
日本とは違って明確な身分差があるのだから。
そして……
え、貴族の間では、三人の私に対する気持ちはバレバレだったっていうこと?
「そんなはずはありません。私たちは幼馴染みとして仲良くしていただけですよ? 少なくともこの前までは」
「そう思っていたのはアイリスだけだと断言できるわ。ダメ元で親が縁談を持ちかけた家もあるみたいだけど、けんもほろろに断られていたし」
「ええ。だから例えば皆様がアイリスに向けて特別なファンサービスを行ったとしても、誰も何とも思わないですわ。その証拠に……」
アスターが舞台に視線をやったのでつられて見ると、おしゃべりに夢中になっている間に二度目の曲披露が始まろうとしていた。
歌い出した彼らは、今回も最高のパフォーマンスでファンを喜ばせている。
途中、ルカリオと目が合ったと思った瞬間、彼がこちらに右手で投げキッスをしてみせた。
「キャ~~!! ルカリオ殿下~~!!」
興奮するファンは、赤いペンライトを力強く振っている。
初めて見るファンサだったが、ルカリオの王子様スマイルとマッチしていて息が止まるかと思ってしまった。
「ほらね、今のルカリオ殿下なんて絶対にアイリスしか見ていなかったけど、みんなそんなのお構いなしでしょう?」
ダリアが笑うと、続いてキースが中指、人差し指の二本指で自分の唇を触り、力強く前方に放った。
「まあっ! キース様らしいワイルドな投げキッスですわね」
あれほど投げキッスを拒絶していたはずのキースが、私を見てしたり顔でニヤッと笑う。
距離が遠いのに、私は自分の頬が火照っていくのがわかった。
二人の続けざまの投げキッスに胸をバクバクさせていると、レンが中央に出てきて右の手のひらにそっと唇を寄せた。
やがてレンがその手のひらを上に向け、フッと息を吹きかけると……周囲に花が舞い始める。
どうやら魔術を使ったようだ。
その内の一輪、ピンクの小さな花が私の前までふよふよと飛んで来て、私の唇にそっと触れるとクルンと回って儚く消えた。
「あーあ。アイリスへのわかりやすいアピールも、ここまで来ると笑うしかないわよね」
「ファンの皆様は喜んでいるみたいなので問題ないですわ。でもアイリス、もうわかったのではなくて? 別にチェスターズの皆様に想う方がいようと、ファンの反応は変わらないのですわ。……一部の例外を除いて」
一部の例外?
見ると、最前列の隣国王女たちがハンカチを噛みしめながらこちらを忌々しげに睨み付けている。
とっても古典的な怒り方に、思わず笑ってしまった。
そうか、アイドルを初めて見る人は私みたいな固定観念がないのかもしれないですね。
私は自分で恋愛禁止のルールを決めて、自爆をしていたことにようやく気付いたのだった。




