21話 初めて生まれた嫉妬心
チェスターズのデビュー日がやって来た。
まずは王宮前広場で三回のイベントが行われる。
あまりにもファンクラブ入会者が多過ぎたので、入れ替え制で三回同じイベントを行うことにしたのだ。
「ダリア、アスター、ごめんなさいね。私が隣国の王女たちにチケットを売ってしまったせいで……」
「そんなの構わないわよ。借金が少しでも減ったのなら何よりだわ」
「ええ、うちのお父様もアイリスの鮮やかな手腕に感心しきりでしたわ」
ぼったくりの腕を褒められてしまった……。
令嬢としていかがなものなのかと思ってしまったが、それは一旦脇へ置いておこう。
現在、イベントの座席が無い私たちは、舞台袖からステージを見守っている。
まだチェスターズは現れていないが、会場のボルテージは上がり、こちらまで熱気が伝わってくるようだった。
集まったファンはやはり女性が多く、その手には皆、グッズとして販売されたペンライトを握っている。
ちなみにレンのメンバーカラーの黒色も、魔法のおかげで発色可能になっていた。
前世は白で代用していたなぁと懐かしく思っていると、イベント開始を告げる音楽が流れ出した。
彼らがドーンという爆発音と共にステージ下から飛び上がって出てくると、王都が揺れるほどの歓声が上がった。
前世ではポップアップと呼ばれていたよくある手法だが、実は手動だと聞いた時は驚いたものだ。
もちろんこちらでは魔法で行っている。
あまりのファンの多さに一瞬目を見張ったルカリオが軽く微笑んで手を振ると、キャーッという甲高い声が聞こえ、何人もの女性が倒れ込むのが見えた。
「あー……曲が始まる前からこれじゃあ大変ね」
ダリアが呟くと、曲のスタンバイが始まった。
今日のイベントは最初にデビュー曲を歌い、メンバー紹介とトークの時間を挟んで最後にもう一度歌うという流れになっている。
まだ一曲しか持ち歌がないので仕方がないのだが、メンバーはこれから国歌を六回も歌わなければならない。
……イベント自体は三十分程度の短いものなのだが。
客席に背を向けた三人と目が合い、私が『頑張って!』と小さなガッツポーズを作ると、頷き返した三人は軽く笑った。
随分余裕があるようで、さっきまで『人』の字を三回書いて飲み込んでいた私が馬鹿みたいに思えてくる。
前奏が始まり、まずは振り返ったルカリオが客席近くまで出て行った。
「ギャー――ッ!!」
可愛いを通り越した、生命の危機を感じた時に発するような悲鳴が聞こえる。
思わず心配になる位だが、隣国の長女も凄い形相でルカリオに近付こうとするのを騎士に止められていた。
思った以上にこの世界初のアイドルは皆の心を掴んでいるようだ。
トラブルがありつつも、キースもレンも仕事と割り切ったのか、曲の間奏に精一杯ファンサービスをしている。
微笑み、手を振る彼らに興奮したようにペンライトを振り回すファンたち――
それは前世でもよく見た光景なのだが。
ここで、私は初めての感覚に襲われていた。
なんだか胸が気持ち悪いというか、落ち着かないのである。
「アイリス? そんな顔をしてどうしたの?」
「具合でも悪くなった……というよりは、複雑な顔をしていますわね。あ、さてはファンにヤキモチを妬いたのではなくて?」
ヤキモチ?
三人が私以外に笑顔を向けているから?
いやいや、そんなことで私が嫉妬なんて……。
とは思うが、言われてみれば嫌がる様子もなくファンサービスをする彼らに焦燥感を感じているのも事実で――
人気は今までもあった三人だが、予想していたよりもファンとの距離感が近く思えて、舞台袖で見ていることしか出来ない自分を歯痒く感じてしまう。
「今までは私が一番近くにいたはずなのにな」
思わずぽろっと溢れた言葉に、二人が苦笑するのがわかった。
「本当にアイリスは鈍感ね」
「あら、嫉妬心に気付いたならこれからが楽しみですわ」
無責任に何かを言っている親友を無視して、私は少し悲しい気持ちでチェスターズを見守っていたのだった。
◆◆◆
「お疲れ様でございました」
「とっても素敵でしたわ!」
控室へ戻ってきたチェスターズメンバーをダリアとアスターが笑顔で迎え入れている。
いつもの私ならば真っ先に駆け寄って、「最高に格好良かったですよ! さすが私の幼馴染み!」などと労うところだが、今はとてもそんな気になれなかった。
いまだ私の中には上手く消化できない嫉妬心がグルグルと渦巻いていて、どうしても普段のように振る舞えないのだ。
なんとかタオルを持ち、「お疲れ様でした」と無難な挨拶をしながら近付くが、アイドル衣装の三人にどうしても気後れしてしまう。
かつて、前世の自分と大好きだった『推し』の間には、どうしたって埋められない距離があった。
アイドルとファンという関係性からいってそれは当然で、悲しく思いつつもそういうものだと理解していた。
でもルカリオもキースもレンも、側にいてくれるのが当たり前だったからこそ、生まれてしまった距離に胸が張り裂けそうになる。
「アイリス? どうかしたんですか?」
レンが私の異変に気付いてくれたが、まさかファンに嫉妬しましたとは言えない。
そもそも彼らをアイドルグループに仕立て上げたのはこの私なのだ。
仕方なく私は曖昧に笑ってやり過ごすことにする。
「どうもしませんよ? レン、堂々としていて素敵でしたよ」
「なんだ、レンだけかよ。……って、おい。顔色悪くねーか?」
「アイリス、何かあったのかい? もしかして……隣国の連中に何かされた?」
途端に気色ばむキースとルカリオに、私はブンブンと首を振って否定した。
さすがに冤罪は隣国関係者に申し訳が無さ過ぎる。
「私なら元気ですよ。それより次の回の……」
「この子ったら、皆様をファンにとられたって嫉妬しちゃっただけなんですー」
「『今までは私が一番近くにいたはずなのにな』なーんて言っていましたわ」
ダリアとアスターが私の言葉を遮って余計なことを言い出した。
それはもう楽しそうにニヤニヤしている。
ちょっ!
二人ってば、さらっとバラすなんてひどいです!
そういうのは乙女の秘密として黙っておくものでは?
「ダリア、私は嫉妬なんてしていません! アスター、あなたの聞き間違いですよ!」
私が一人焦りながら、「勘違いしないでくださいね!」と幼馴染みたちを振り返ったら――
「ようやくか! ここまで長かったなあ。『ファンサ』だっけ? 三人で頑張ろうと覚悟を決めた甲斐があったよ」
「全くだぜ。アイリスのことだから、『こんなにお客さんが集まるなんて、さすが私!』とか言い出すんじゃねーかと」
「僕も観客が全員アイリスに見える魔術を自分にかけておいて良かったです」
なんと、三人は嬉しそうに健闘を称え合っているではないか。
どういうこと?
嫉妬されても困るだろうと思ったら、ルカリオがなぜか喜んでいるのですが。
それに、私はキースが言うほど自画自賛ばかりしていたかしら?
レンに至っては、そんなところで高等魔法の無駄遣いをするなと言いたいです。
「え、そんな魔術あるのかい?」
「俺にもかけてくれよ!」
ルカリオとキースがレンににじり寄っている間に、気を利かせたつもりなのかダリアとアスターがこっそり部屋から出て行き、部屋には四人だけになっていた。
私も今のうちに逃げようと思っていると。
「アイリスがやっと妬いてくれて嬉しいよ」
ルカリオが優しく耳元で囁き、私の髪をグルグルと指で遊び始めた。
「俺ら、アイリスに嫉妬されたくて結構頑張ったんだからな?」
キースが私の頭をガシガシと撫で、そのまま私の頬を大きな手で包む。
「さっきだってわざと余裕な振りをしていたんですから。まあ、僕は全員アイリスに見えていたので本当に余裕でしたけど」
レンが遠慮がちに私の手を引き、恋人つなぎのように指を絡めた。
――気付けば三人に囲まれている私。
やけに距離が近く、落ち着かない。
こ、この状況は一体!?
「えーと? みんな近過ぎではありませんか?」
「やっとアイリスが僕たちを意識してくれたからね。これくらいいいだろう?」
「それに、これからが俺らの本当の戦いだからな」
「そうですね。アイリスには僕たちの中から一人を選んでもらわないと」
暗に離して欲しいと伝えたつもりだったが、誰も離す気はないようだ。
私が誰かを選ぶ?
意味の分からない私は、愛おし気に見つめてくる三人の視線からどうしたら逃げられるかをひたすら考えていた。




