2話 幼馴染みたち
私は王妃様に見送られながら退室すると、まずはルカリオ王子の部屋に向かった。
ルカリオはチェスター王国の王太子で、次期国王となる人物だ。
――この国が乗っ取られなければの話だけれど。
最悪、借金が返せなくても隣国の第一王女と結婚すれば、国王にはなれるのですよね。
……あぁ、想像しただけでムカムカするのはなぜかしら。
根っからの真面目であるルカリオは、立派な国王となるべく日々懸命に学び、公務をこなしてきた。
そのひたむきな姿が国民にも愛され、その人気は既にアイドル級だった。
コンコココンコン コンコン
ルカリオ用のノックをする。
王妃様専用より無駄に長い合図だが、ルカリオ本人が気に入ってしまい、止め時がわからないまま今に至っている。
「ん? アイリスかい? 入っておいで」
すぐに私だと気付き、ルカリオは入室を許可してくれた。
扉を開けると、騎士団長息子のキースと、魔術師団長息子のレンの姿もあった。
ここで三人が揃っているのを見るのは久しぶりな気がする。
「あら、二人もいらしていたのですね」
「おう、借金の話を聞いちまったからな。そういうアイリスだってルカリオを心配して顔を見に来たんだろ?」
「この国始まって以来の危機ですからね。心配にもなりますよね」
キースとレンはルカリオを案じてやってきたらしい。
幼少期から続く三人の絆を感じて私は思わず笑みを零した。
騎士団長息子のキースは、現在彼の父と同じ騎士団に所属し、一人前の騎士になろうと奮闘中だ。
勇猛果敢なところが父親そっくりだと評判である。
レンも父が団長を務める宮廷魔術師の一員として働いているが、魔術の実力が子供の頃から群を抜いていた為、若手のホープと言われている。
熱血で明るいキースと、物静かで繊細なレンは全くタイプは違うが、その才能や優れた容姿、家柄からそれぞれに根強いファンが付いていて、社交界ではとりわけ有名な存在だった。
「うーん、もちろん心配はしているのですけれど――それより、借金返済に向けての前向きな相談に伺ったといいますか」
「「「は?」」」
三人の声がハモった。
揃って目を丸くするイケメンが可愛らしい。
「借金返済に向けて? 何かいい案でもあるんですか?」
「アイリス……もしかして君の前世の記憶でどうにかしようとか考えていないよね?」
「うわ、それは嫌な予感しかしねーな」
レン、ルカリオ、キースの順で喋り出したが、なんだか若干しかめ面をしている。
嫌な予感だなんて、キースったら失礼しちゃうわ。
でもルカリオはさすが長い付き合いだけあって、理解が早くて助かりますね。
思いっきり前世の記憶を活用する気ですから。
「王妃様には先に許可をいただいちゃいました。私の計画が嫌だったら三人とも結婚ですって」
「はあ? ルカリオだけじゃなく、レンと俺も結婚しなきゃなんねーのか?」
「はい。ルカリオ大好きな隣国のお姫様の妹たちが、キースとレンにぞっこんなのでしょう? 第二王女がキース、第三王女がレンと結婚したがっていると聞きました」
「やめてくださいよ。僕はその三女と結婚なんてしませんよ」
「俺だって次女の姫なんてごめんだぜ」
「いやいや、僕も第一王女との結婚なんて考えてないよ!」
三人ともお姫様との結婚には気が乗らないらしく、必死に否定している。
私は呑気にも、三人が三姉妹と結婚したらみんな義理の兄弟になるのねぇなんて考えていたのだが、ふとあることに気付いてしまった。
「そういえば三人ともモテるのに、いまだに婚約者すらいませんものね」
『『『誰のせいだと!!』』』
三人が何かを言いたげな反応を見せたが、意味がわからない私はただ首を傾げていた。
「それで? アイリスの返済プランってどんな内容なのかな?」
ルカリオが不安そうな表情で尋ねてきた。
嫌ですねぇ、私がみんなに変な提案をするはずがないのに。
「ふふふふふ。それでは発表しましょう。私の考えた計画、それは……ジャジャーン! ルカリオ、キース、レンの三人でアイドルグループを結成しちゃいます!!」
「「「…………はぁぁぁぁぁぁあ??」」」
何とも言えない沈黙が落ちた後、一斉に疑問の声が上がった。
今日も三人のシンクロ率が素晴らしいです。
「ですからー、歌って踊れるイケメンアイドルにあなた方三人がなるのですよ。そして、国中の――ううん、世界中の女性をメロメロにしてお金を巻き上げ……じゃなかった、貢がせ……でもないや、愛と勇気をお届けするのです! ブラボー!!」
……あれ?
皆の反応が薄い上、なんだか視線が痛いような。
「アイリスは僕たちに芸事をさせようというのかい?」
「だってアイドルですから。『親しみやすい王侯貴族』をアピールして平民の皆さんにも受け入れていただかないと、大きな話題になりませんし」
「ちなみに歌うって何をだ? 踊るのは夜会のダンスか?」
「いえ、もっとポップな専用の歌とダンスを用意する予定です」
「そんな未経験のこと、いきなり出来ません」
「誰でも最初は未経験です」
ルカリオ、キース、レンにそれぞれ返事をしていた私だが、だんだん彼らの煮え切らない態度にイライラが募ってきた。
「もう! 文句ばかり言うのなら結婚するしかないですね!」
「それはちょっと待ってくれ。しかし、あの母上が許可したのなら、アイドルとやらをやらざるを得ないのだろうな」
「そうだな、あの人を怒らせたら国が滅ぶのと結果は同じだからな」
「我々に他に選択肢はなさそうですね」
よし! ようやくみんなが納得してくれました!!
ほぼ王妃様への恐怖心によるものだけど。
マリーママのおかげでうまくいったと内心でほくそ笑んでいたら、話が妙な方向へ進みだしていた。
「でも、僕たちにもご褒美くらいないと、歌って踊るモチベーションが上がらないよね」
「だよなー」
「確かに」
ん?
ルカリオが何か妙なことを言い出しましたよ。
「いくらチェスター王国の為って言っても、俺らだけが体を張るっつーのもな」
「はい。ぜひアイリスにも一肌脱いでもらいたいところです」
キースとレンが、ルカリオに乗っかり出した。
え、私?
一肌脱ぐって、私に何をしろというのですか?
思わぬ展開に焦り始めた私に、ルカリオが三人を代表するように笑顔で詰め寄ってきた。
「僕たちが無事に借金を返済出来たら、僕、キース、レンにアイリスから一つずつご褒美を貰えるかな?」
「ご褒美? ……私に出来ることならいいですけど」
眼前に広がるルカリオの美しい笑みが、今日は胡散臭く思えるのだから不思議である。
しかし、国の為に彼らには大変な思いをさせるのだから私もそれくらいは――と、ついルカリオの提案に素直に頷いてしまった。
「よっしゃ、約束だからな? 後でそれは無理とか無しだぞ?」
「アイリスにしか叶えられないご褒美ですからね。僕も俄然やる気が出てきましたよ」
ちょっと待って!
あなた方、このいたいけな私に何をさせる気?
なんだか急に不安になってきたじゃないですか。
「では、アイドルグループについて具体的に話し合いを始めようか」
ルカリオがなぜか熱が籠ったような、色っぽい視線で先を促してくる。
「そ、そうですね。えっと、まずは……」
話を進めながら、私は『迂闊に返事をして早まったのでは?』と、既に後悔をし始めていた。