18話 私だけのファンサービス
曲初めは客席に背を向けるようにして立っている三人。
センターがルカリオ、客席から見て彼の右側がキース、左側にレンという今の並びがチェスターズの定位置となる予定だ。
衣装はまだ作製中なので、彼らは仕事着のまま練習に参加している。
今はマイクもないので、左手はグーの形に握りしめられているのだが、それが何となくアイドルっぽさを感じられて微笑ましい。
ちなみにマイクは現在開発中で、筒状の物の先端に拡声器代わりの水晶を埋め込んでもらうことになっている。
前奏が流れるとまずはセンターのルカリオが振り向き、客席の方へ歩き出した。
歌の出だしはそれぞれのソロパートになっていて、ルカリオ、キース、レンの順番に振り返り、真ん中に出てきて歌うことになっている。
なんと言ってもデビュー曲だし、まずは一人ずつの見せ場を作りたいと考えたからだ。
キースとレンが背中を見せる中、ルカリオが私に手を差し出すようなポーズで歌い出した。
キャーッ、まさに王子様そのもの!
さすが本物の王子様は破壊力が違いますね!
「ルカリオ―! カッコイイ~!!」
私が手を振りながら思わず叫ぶと、ルカリオの後ろに立つ二人の肩が少し動いた気がした。
ルカリオは気分が乗って来たのか、歌い終わりに私にウィンクをすると右にはけていく。
ズキューン!
ルカリオのウィンク攻撃に見事にやられた私は声も出ない。
こんな直接的なファンサをもらったことは前世でもなかった為、興奮で思わず両手で口を押えてしまう。
続いて前に出てきたキースは、まだルカリオのウィンクの余韻が残っている私を見て挑発的な目付きになると、野性味溢れる笑みを浮かべながらまるで自分を見ろというように胸を二回叩いた。
「キースー! ワイルドで素敵~!!」
たちまちキースに心を奪われた私に満足したのか、その後も自信たっぷりに歌い上げるたキースは、私に指をさしてニッと笑うと左にはけた。
こ、これは『指さし』じゃないですか!
昔、応援のうちわに『指さして!』と書いていましたが、実際やってもらったのは初めてですよ!
俺様なキース、良き……。
今回の振付は、国歌自体がスローテンポなのと時間もなかったので、割と自由にファンサが出来るフリーな部分が多い。
私ならかえって困ってしまうと思うが、社交ダンス以外は初心者な彼らにガッツリ振り付けるのはどうかという先生の判断でもあった。
結果、手を振ったり、客席に近付くというパフォーマンスが多く取り入れられたらしい。
三人目のレンがこちらを向いて前へ出てきた。
魔術師のフードを被って俯いているのでその顔は見えない。
「レンー、頑張ってー!」
『うーん、やっぱりレンにはハードルが高いですかね』なんて心配をしていたら――
パッとフードを後ろに落としたレンが、顔を上げて私を見つめた。
そして浮かんだ花が綻ぶような美しい笑顔……
ドッキューーーーン!!
私は息が止まった。
目を見開いている私に照れくさそうに歌いながら手を振るレン。
ひょわわわ、レ、レンは私をキュン死させようとしているのですか?
あ、呼吸するのを忘れていました。
スーハ―スーハ―。
私がもう生きるか死ぬかという瀬戸際だというのに、三人揃って歌い出した彼らは私一人の為に最高のパフォーマンスを続けている。
あまりの贅沢な時間に、私の魂は途中から抜けていた。
「アイリス? アイリス大丈夫かい?」
「目ぇ開けたまま寝てんのか?」
「瞬きすらしないですね。アイリス、終わりましたよ?」
気付けば目の前でルカリオが手のひらを振っていた。
どうやら曲は終わり、私の意識は飛んでいたようだ。
「はっ! みんなお疲れさまでした! とっても素晴らしかったですよ。この世の物とは思えないほどに」
「なんだそれ。褒めてんのか?」
キースが笑い、ルカリオとレンもホッとしたような顔をしている。
「みんながあんなにファンサをしてくれるなんて。ドキドキしちゃいましたよ」
「ファンサ?」
不思議そうにレンが尋ねる。
「ファンサービスのことです。手を振ったり、ウィンクしたり、指をさしたり、あとは投げキッスとかですかね」
「はぁぁ? 投げキッスなんてぜってーやんねー!」
「うーん、無意識だったから覚えていないな。アイリスに僕を見てほしくて必死だったから」
「そうですね。アイリスの視線を独り占めしたくてそれだけを考えていました」
こ、こんなイケメンたちが私の為だけに歌って踊ってファンサまで……。
尊い……そして転生万歳……。
またもや過剰な推しの摂取でオーバーキル状態の私がボーッとなっていると、振付の先生が申し訳なさそうに会話に入ってきた。
「皆様、完璧でした! 次回は販売用の水晶に録画をしましょう。衣装ももう出来てくる頃でしょうし。あ、アイリス様ももちろん参加なさってくださいね。あなた様がいらっしゃらないといいものができないことがよくわかりました」
ん?
どういうことでしょう?
私、何もしていないのだけれど。
しかし、また間近で見られるのは願っても無いことだ
私は食いつき気味に頷いていた。
◆◆◆
『チェスターズ』のデビューへ向けての準備は着々と進んでいる。
親友のダリアとアスターの二人がファンクラブの開設を仕切ってくれていて、各方面に入会届をばらまいてくれたようだ。
いつの間にか支部のようなものが出来ていて、各地域ごとにまとめてくれる貴族女性まで手配済みだというから頼もしい。
「ファンクラブを宣伝するのに新しい水晶を作ったのよ。アイリスがお茶会で見せてくれたものに、衣装合わせの映像なんかも加えて編集したの」
「安い水晶を使ったので費用も抑えられましたわ。大量に作って地方にまで配ったのですけれど、反響が大きくてもう何度追加の入会届を送ったことか!」
いわゆるクズ水晶と呼ばれている安い水晶は、録画しても再生出来る回数が決まっている。
しかし、今回のように宣伝に使うのなら数十回の再生で割れてしまっても構わないし、それで人々が注目してくれるならコスパは非常に良いといえる。
「会員証はどうなりましたか? デザインは決まりました?」
「そうそう! 作ってみたわ。これ見本ね。どう?」
「ローリエ夫人にお願いしましたわ。素敵でしょう?」
ダリアに差し出された厚めのカードには、チェスター王国の国旗をお洒落にアレンジしたマークと、『チェスターズ』というグループ名が飾り文字で書かれていた。
シンプルだがとてもセンスがいい。
さすが画家としても名が売れているローリエ夫人である。
「素敵ですね! あとは名前と会員番号を入れればバッチリです」
「そこなのよ。早い番号を欲しがる方が多くて」
「中には100口入るから一桁の番号が欲しいとおっしゃる方もいらっしゃるのですわ」
どっひゃー! 100口!?
一人でそんな何口も入る人がいるのかと驚いていたら、なんと500口入りたいと言ってきた人もいるのだとか。
まあ、お金持ちの人なら250万なんてたいしたことないのかもしれませんが。
ファンクラブの早い番号を欲しがるのはどこの世界も共通なんですね。
「一桁台は空けておきましょう。というか、1から3番はチェスターズメンバー用に空けておこうと思っています」
「それはいいわね! 国王様や王妃様、なんだかんだで結構埋まりそうだものね」
「では10番までは空けて、その他は恨みっこなしのランダムで決めましょう。番号が早ければイベントに当たるというわけでもないことを説明すれば、なんとかなりますわ」
そう言っていた二人は、後日会った時に0番から3番の会員証を私にくれた。
「はい。0番はアイリスの会員証だから」
「チェスターズを作った人の特権ですわ。他の三枚はメンバーの皆様に渡してくださいな」
おおおっ!
一桁台――いえ、0番の会員証なんてお宝ですよ!
「いいのですか!? こんな貴重な番号、嬉しいです! ありがとうございます!」
「いやいや、このくらいの特権はあってもよくない?」
「実は私たちも余った一桁台をいただいてしまおうかと思っておりますの……」
いたずらっ子のように舌を出す二人に、私も笑ってしまった。
これだけ働いているのだから、当然許される権利だろう。
もし文句を言う人がいたら怒ってもらおう――王妃様に。
こうしてファンクラブの入会届と会費が続々と届けられ、急ピッチで会員証が作られていった。
デビュー曲『麗しのチェスター』の完全版の水晶も出来上がり、発売日に合わせて大型デビューイベントが王宮の広場と、国内都市五カ所で開催されることになった。
まるで五大ドームツアーじゃないですか!
当然プロデューサーとして全部一緒に回らなければ。
え、これって夢の全ステというやつでは?
前世では出来なかった全ての公演への参戦――全ステできる幸せを私は噛みしめていたのだった。




