15話 詐欺の裏事情
国王夫妻が席に着くと、途端に場の空気が引き締まるのを感じた。
そもそもこの国が存続の危機に面しているというのに、さっきまでの浮き足だった様子のほうがおかしかったのだと気付かされる。
――すべては浮かれポンチな私のアイドル計画のせいだけれど。
さきほどまでの談笑は一時の現実逃避だったのか、男性陣が怖いくらいの真面目な表情で着席している中、お父様が立ち上がって話し始めた。
つい忘れがちだが、うちの父はこう見えて宰相なのである。
「これより会議を始める。本日の議題は『オズナリー王国の詐欺行為と我が国の負債について』であるが、まずは魔術師団長から報告があるそうだ」
とても今更だが、隣国の名はオズナリー王国という。
我がチェスター王国は国土の半分が海に囲まれていて、唯一接している国がオズナリー王国なのだ。
しかし、会議などの公の場でもない限り、国内では『隣国』と表現されることが多い。
なぜならそれはオズナリー王国が建国以来、やたら問題を起こす困った国であり、正直あまり関わりたくないという思いがあるからだ。
お父様に続いて魔術師団長が伝えた内容は、私にとって驚くべきものだった。
要約すると、隣国の王は特殊な魔術が施された契約書を用いて、国王様を陥れた可能性が高いらしい。
チェスターとオズナリー間の、決して頻度は高くないが定期的に行われている貿易に関する契約書において、締結後に金額部分を大きく改ざんした疑いがみられるとか。
あーあ、お父様が詐欺と言っていた時点でそんなことだろうとは思っていましたけれど。
今までも小さなトラブルは星の数ほどあれど、とうとうとんでもないことを仕掛けてきましたね。
契約書を勝手に修正することはもちろん国際法で禁じられているし、本来は契約書自体に後で手を加えられないように魔法がかけられているはずだった。
なんと、オズナリー国王は禁忌とされている魔法を使用してまで、改ざんをした疑惑があるという。
え、世界的に禁止されている禁忌魔法を使ってまで詐欺を働いたっていうこと?
どうしてそこまでして……。
調査委員会が調べたらすぐわかることだし、悪行が他の国にバレたら国として孤立してしまうでしょうに。
国同士の商いに関する売買契約では後から揉めることも多く、世界各国から選出されたメンバーで作られた機関――調査委員会というものが存在している。
公正を期す為、あえてその貿易には関わらない第三国の人間が派遣され、契約を精査することになっている。
魔術師団長の報告は続く。
「昨日、調査委員会からの結果がもたらされました。『オズナリー王国による契約書の改ざんは認められず、不正はない』と」
「なんだって?」
「そんな馬鹿な……」
大臣たちが憤りのあまり立ち上がっている。
はぁぁ?
どうしてそんな結果に。
……まさか。
私が嫌な予感を覚えていると。
「どうやら調査委員会の人間もすでに買収されていたようですね」
呆れたような溜め息まじりの魔術師団長の言葉は、まさに私が考えていた通りの最悪な結果だった。
その後、他の大臣からの調査結果で、国王様が締結時に酩酊状態にあったこと、隣国の娘たちが散財しているせいで隣国の財政が火の車だということが判明した。
なんてわかりやすい……。
アランパパを騙して酔わせ、自らの失態で不利な契約を結んだように見せかけて、お金を奪って国庫の補填をしようとしているわけね。
確かに各国の国王の中でもアランパパは一番騙しやすそうなお人よしですけれど。
「これは蛇足になりますが……」
うんうんと私が頷いていると、外務大臣が遠慮がちに発言をした。
「オズナリーの王女がルカリオ殿下に思いを寄せているのは皆さん周知のとおりですが、どうやら王女はルカリオ殿下に思い人がいらっしゃると知って、国王に早々にルカリオ殿下との婚約を結ぶように迫ったとか……」
そこでなぜか一斉に私のほうを見る官僚たち――
え?
どうして私を見るのかしら?
「なるほどねぇ。あの長女がルカリオを早く手に入れたいとわがままを言った結果が、オズナリー国王のこの無謀な詐欺行為に繋がったってわけね。あの国王ったら、愛娘の願いを叶えるのと同時に、豊かなこの国を乗っ取ろうと考えたのよ。浅はかねぇ」
王妃様が呆れ果てている。
そして、国王様は脇は甘かったかもしれないが、哀れな被害者だった。
うわぁ、いくら娘の願いとはいっても、やっていいことと悪いことがあるでしょうに。
しかも、ルカリオの気持ちを無視して結婚だなんて!
この時の私は、詐欺事件の根底にあるものが王女の嫉妬心であり、その妬みの相手が自分だということをまだ理解できていなかった。
会議終盤、今後の我が国の方針が決まった。
まずは禁忌魔法が使われた証拠を集めること、そして調査委員会が不正の隠蔽を行った証明と、不正に加担したメンバーの洗い出しである。
しかし、すべてがすぐに結果が出るものでもない上、上手くいく保証もない。
騎士団長は念の為、いつでも騎士を動かせるようにしておくと発言し、密偵が隣国の様子を逐一伝えてくれることになった。
「アイリスちゃん、何か言っておくことはあるかしら? チェスターズに関することで」
王妃様が私に話を振ってくれた。
少し悩んで、私は立ち上がる。
「あの、たいしたことではないのですが、チェスターズには恋愛禁止のルールがあるので、オズナリー王国の王女様たちにも守っていただきたいと……」
「は!? 恋愛禁止? なんで?」
なぜか騎士団長が慌てている。
「なんでとおっしゃられましても、アイドルとはそういうものですから」
「へ? アイドルって恋愛禁止なのか?」
「そうですね。ファンが恋人みたいなものなので」
「……そ、そうか。ちなみにうちの息子はそのことを知っているのかな?」
「もちろんお話しましたよ」
「納得はしていませんでしたが……」という言葉は省略しておく。
「ふーん、アイドルは恋愛禁止なのか……。ブハッ! なんだよ、キースのやつ不憫で笑えるな! ハハッ。いやー、アイリスちゃんってば可愛い顔して結構ドS……ブハハハ!」
またもや笑いが止まらなくなったのか、騎士団長は机を叩いて笑っている。
見れば、国王夫妻と魔術師団長は苦笑いをしているし、他の人は気の毒そうな顔をしていた。
お父様だけが勝ち誇ったように微笑んでいるのが気になるところだ。
この反応は一体……。
しかもドSって言われませんでした?
え、私ってドSだったの?
皆さん、国の一大事にチェスターズに恋愛をさせたかったのかしら。
私が付いていけずに困っていると、王妃様が助け舟を出してくれた。
「あの子たちには悪いけれど、ここは恋愛禁止のルールを上手く利用して王女からの婚約の打診を断りましょう。しばらくの間は使えるでしょう。いい口実になるわ」
皆が承諾すると、国王様が最後に立ち上がった。
「今回のこと、皆には苦労をかけて申し訳なく思っている。くれぐれもよろしく頼む。……アイリス嬢、今日君を呼んだのはプレッシャーをかけるつもりではなく、君意外にも動いている人間が多くいることを知ってもらいたかっただけなのだ。気負わずにやってほしい」
特に負担にも思っていないアイドル計画だったが、失敗しても責任を取らなくていいのはありがたい。
私の表情が綻んだことに気付いたのか、続々と声をかけられた。
「アイドル計画の成功は楽しみですが、その前に私が不正を暴くので安心してください」
「いざとなったら俺が一人でも隣国をぶっ潰すから大丈夫だって!」
「国としても動いていますから、出来る範囲で頑張っていただければ」
「もちろんアイドル計画にも協力は惜しみませんからご安心を」
魔術師団長、騎士団長を始めとするおじさま集団に激励されてしまった。
初めは緊張していた会議だったが、終わってみれば有意義で、ボッコボコにされるどころか背中を押されただけだった。
これはますますやる気が出ましたよ~!
「ありがとうございます! どうか皆様のお力を私とチェスターズにお貸しくださいませ!」
頭を下げると温かい拍手までいただいてしまった。
会議終了後、私の踊っている水晶を欲しがる大臣たちを、騎士団長が鬼の形相でつっぱねていたことを私は知らない。




