12話 嫉妬するのはまだ先のこと
王妃様主催のお茶会は、かつてないほどの大盛況のうちに幕を閉じた。
チェスターズの魅力にとりつかれ、メロメロになっている貴族女性たちを見ると、私はメンバーの持つアイドルとしてのポテンシャルの高さに改めて感心せざるを得なかった。
それほどまでに、帰り際の彼女たちからはお茶会開始時の悲壮感が消え去っていたのである。
見違えるような明るさと希望に満ちた表情で、私に朗らかに退出の挨拶をする女性たち。
私はまるでスキップをするかのように、足取り軽く帰っていく後ろ姿を見送った。
ダリアとアスターの二人は、だいぶ人が減った頃にやってきた。
「おつかれさま、アイリス。それにしてもすごいことを考えたわねー」
「ええ! 想像の遥か上を行っていましたもの。でもこんなに胸が高鳴ったのは生まれて初めてですわ!」
「ふふふ。二人ともすっかりチェスターズのファンですね」
してやったりな気分の私。
「あれを見せられちゃね」
「あの水晶を撮っていたのはアイリスなのでしょう? レン様が笑っているところなんて初めて見ましたわ!」
「キース様の歌声も魅力的で痺れたわ」
「ルカリオ様のリラックスされた表情も貴重でしたわね」
ダリアもアスターも、いまだ興奮冷めやらぬ様子で感想を言い合っている。
この二人ならそう言ってくれると思っていましたよ。
では手始めに彼女たちをスカウトすることにしましょうか。
「ダリアとアスターにお願いがあるのですが」
「私たちに?」
「まあ、何かしら?」
キョトンとしている二人に、私は笑顔でチェスターズ事務所の一員になってもらえないかと勧誘する。
「チェスターズを運営する為の組織を作ったのです。『チェスターズ事務所』というのですけれど、ぜひ二人にも組織のメンバーとして裏方のお仕事を手伝ってもらえないかと思って……」
「やるわ!」
「喜んで!」
めちゃくちゃ前のめりに了承されました。
「いいのですか? 完全無料奉仕になっちゃいますよ?」
「だって、この計画の最前線で企画に関われるということでしょ? 夢みたい!」
「私も何でもやりますわ! こう見えてお父様の仕事の関係で、少しなら他国に顔が利きますし」
そうだった、二人の父親は財務大臣と外務大臣なのだった。
しかも、他の有力な令嬢や夫人にも声をかけてくれると言うではないか。
裏方として一緒に働いてくれる人材を募集していた私にはありがたい言葉だ。
この際、猫の手でも人の手でも数は多ければ多いほど助かる。
いい人材を確保できそうだとホクホクしていると。
「でもアイリス、本当にいいの?」
ダリアが心配そうに尋ねてきた。
何のことか全くわからない私に、アスターまでもが神妙に口を開く。
「今までアイリスしか見ることが出来なかった皆様の日常の姿を、これからはたくさんの人に見せることになるのでしょう?」
「そうそう、アイドル計画が進めば進むほど、チェスターズはアイリスだけのものじゃなくて、みんなのものになってしまうのよ?」
はて?
それのどこに問題があるというのでしょうか?
「えーと、何かまずいことでも? 彼らの素晴らしさを世に知らしめることこそが私の使命なのです!」
目を輝かせる私に、二人の呆れたような視線が向けられた。
ますます意味不明である。
「駄目だわ、この鈍感娘に何を言っても……」
「アイリス、あとで泣くことになっても知りませんわよ?」
肩を竦めたダリアとアスターだったが、やがて諦めたように「近々ゆっくり会いましょう。王宮のアイリスの部屋を訪ねるわ」と言って帰っていった。
二人の言動に謎は残ったが、最初で最大の難関を無事に乗り切った私は、王妃様と仲良くハグをして健闘を称えあったのだった。
◆◆◆
お茶会の後、私はやりきった達成感と、気を張っていた疲労感に一気に襲われていた。
体力を消耗し過ぎてヨレヨレになった私は、自室に近いルカリオの部屋にお邪魔することにした。
今日の報告もしたかったが、何より推しであるチェスターズメンバーの顔を見て癒されたかったのである。
いつものノックをして部屋に入ると、タイミング良くキースとレンも集まっていた為、久々に四人で顔を揃えることが出来た。
私は自分の疲れが飛んで行くのを感じていた。
今日の三人も顔がいい……尊い……。
「お疲れ様。母上のお茶会は上手くいったようだね」
「すげー賑やかだったな。騎士団の訓練場にまで声が聞こえていたぞ」
「僕も楽しげに帰っていく令嬢たちとすれ違いました」
見るからに私がやつれていたからか、気を利かせたレンが後ろに回って肩を揉んでくれる。
それを見たキースも、私の腕をマッサージしようと手を伸ばしたが、『アイリスの腕が折れるから!』とルカリオに止められていた。
確かにキースは力加減がわかっていなさそうなので、気持ちだけ受け取っておく。
ん~~、気持ちがいいです~~。
レンの揉み具合は最高だった。
魔術師は指先が器用だなと感心しつつ、なんだか最近三人との距離が妙に近い気がする。
しかし、疲れていた私はすぐに気にするのをやめた。
「もう、バッチリでした! 皆さんの心を掴みまくってやりましたよ! ……って、レン? 令嬢とすれ違ったって大丈夫でしたか?」
「大丈夫とは? 『わたくしたち、精一杯応援いたしますので!』とは言われましたが」
おおっ!
もっと身体中を弄られたり、絡まれたりしたのではないかと心配しましたが、さすが貴族令嬢ですね。
品があるというか、ファンとしての立場をわきまえていらっしゃいます。
このままファン同士が自然と牽制しあって、アイドルに迷惑をかけないとか、抜け駆け禁止みたいな『ファンの掟』が出来てくれるとありがたいのですが。
一人考えに没頭していると、キースにデコピンされてしまった。
「デコにシワ寄ってんぞ。で? どんな感じだったんだ?」
ルカリオとレンも興味深そうにこちらを見ている。
「そうでした。凄かったんですよ? みんなにも見せたかったです。すっかり映像に魅せられた様子で、皆さまその場でファンになっていました。今後も積極的に協力してくださるそうで嬉しいです!」
私は手応えを感じて興奮しているのに、なぜかルカリオが面白くなさそうに溜め息をついた。
「そうか。でも聞きたいのはそういうことではないんだよね」
「え?」
「アイリス? あの水晶には僕たちのプライベートな様子もたくさん映っていたよね?」
「はい! 会場中の女性が、見たことのないみんなの素の姿に悶えまくりでした!」
「いや、その反応はどうでもいいんだけど。アイリスはアイリスしか知らない僕らの姿を大勢に見られてどう思ったんだい? こうモヤモヤしたとか……」
真剣な顔でルカリオが見つめてくるが、私は言葉に詰まってしまった。
どう思ったと訊かれても……。
しかも何にモヤモヤするのでしょうか?
ルカリオが何を言いたいのかさっぱりわかりません。
そういえば、ダリアたちにもさっき似たようなことを言われたような。
「えーと、私しか知らないのは勿体ないので、皆さんに素敵だと共感してもらえて嬉しかったです……?」
立て続けに同じようなことを尋ねられた私は、今回も正直に思ったことを述べたのだが、三人は同時にガクッと項垂れてしまった。
何か悪いことを言っただろうか。
「やっぱり嫉妬とかしてくれないんですね……」
「期待した俺らがバカだったか……」
「まだまだこれからといったところだね」
小声で呟き、なぜだか肩を叩いて励まし合うレン、キース、ルカリオの三人。
正解がわからないこの時の私は、ただ彼らを不思議そうに見つめるしかなかった。
大勢のチェスターズファンを前にして、『私だけの三人だったのに……』と、私がモヤモヤするのはまだもう少しだけ先のことになる。




