10話 お茶会という名の決起集会
色鮮やかな衣装を身にまとい、談笑する貴婦人の群れ――
一見、穏やかで上品に見える彼女たちだが、社交界におけるその影響力は絶大である。
今日は王妃様主催の女性限定のお茶会が、王宮内の庭園で催される。
名目上は王妃主催となっているこの会だが、実際は私が王妃ことマリーママにお願いして急遽開いてもらうことになったものだ。
我が国が背負った借金問題の噂がひとり歩きしているこの時期に、王妃自らが貴族女性を集め一堂に会する――
その意味をわからない貴族がいるはずもなく、今日の参加人数は歴代トップとなることは間違いないだろう。
出来るだけ多くの女性に集まってもらいたかった私は、恐れ多くも王妃様の名前をお借りしたというわけだ。
侯爵令嬢の私ごときのネームバリューでは集められる人は限られてしまうからありがたい。
さすがマリーママ! よっ、影のボス! ヒューヒュー!
さて、私がここまでしてお茶会を開いた本当の目的――それはもちろん『アイドルグループを作って借金返済しちゃいましょう計画』に力を貸してもらうことにある。
この場で夫人や令嬢に『チェスターズ』の魅力を訴えかけ、計画に賛同してもらうのだ。
そして支援をお願いし、集まった女性たちで一致団結して成功に向けての気持ちを高めあう――つまり、このお茶会は決起集会の意味合いも兼ねている。
私は、このお茶会での彼女たちの反応が『チェスターズ』の今後を大きく左右すると意気込んでいた。
しかし、そんなことは露ほども知らない招待客は、どこか不安そうな面持ちで庭園にしずしずとやってきた。
普段の華やかな雰囲気は全く感じられず、そこはかとなく空気も重い。
こんなお茶会は初めてである。
私も軽く挨拶を交わしながら会場を確認して回ったが、憂いを帯びた声があちこちから漏れ聞こえてきた。
「まあ、今日も素敵な装いですわね……ところで、お茶会では王妃様からどのようなお話があるのかしら? 私、気がかりでたまらなくて」
「突然の招集でしたものね、何か特別な発表があるに決まっていますわ。きっとアレに関することかと……」
「この国はどうなってしまうのかしら……」
アレ――借金で国が乗っ取られるという話はやはりショッキングだったようですね。
このままでは貴族ではいられなくなるでしょうし。
しかし、今日の私の最大の使命はこの悩まし気な女性たちの不安を拭い去り、気持ちを一つにすることなのだ!
……正直荷が重いけれど。
やっぱり男性アイドルのターゲットは主に女性ですからね。
この世界の女性貴族の理解とサポートなしに、チェスターズの成功などありえません!
メンバーも女性受け間違いなしの三人ですし。
この場で『チェスターズ』のファンを増やせれば、良いパトロン……いや、パトロネスになって、金銭的に、はたまた政治的にも力強い味方となってくれるはずである。
外交に強いご婦人方も多いからだ。
それに、上手くいけばチェスターズ事務所の一員となって、私と一緒に働いてくれる女性も現れるかもしれない。
今は猫の手も借りたいほどなのだから。
良くも悪くも噂と新しいもの好きで、裏で様々なことを動かしてきた貴族女性たちですからね。
三人も国歌の練習を頑張ってくれているのですから、私も正念場です!
そこで、ふと先日の恋愛禁止のルールについて思い出してしまった。
忙しくなった為、あれからゆっくりと四人揃って話す時間はとれていないが、相変わらず彼らはちっともルールを守るつもりがないようだ。
偶然会うと、むしろ以前より瞳に熱を帯びている気がして戸惑ってしまうこともしばしば……。
でもアイドルにスキャンダルは、ダメ。ゼッタイ。
改めて恋愛禁止の徹底を図ろうと私が心に誓った時、マリーママの凛とした声が華やかにセッティングされた庭園に響き渡った。
「皆さん、本日は急なお誘いにも関わらず、お集まりいただけて嬉しく思います。既にお気付きの方も多いでしょうけれど、今日のお茶会には特別な意味がありますの。でもそれは後ほどお話しするとして……さぁ、まずはお茶を楽しみましょう」
これまで神妙な顔で立ちすくんでいた女性たちも、いつもと変わらぬ頼もしい王妃の姿に安心したようだ。
言葉に頷くと顔のこわばりをゆっくりと解いていく。
振舞われた香り高い紅茶が更に緊張をほぐしたのか、徐々にお茶会らしい明るい空気が流れ始めた。
うんうん、王妃様の挨拶と紅茶で皆さんも少しは落ち着かれたみたいですね。
マリーママさすがです!
私が普段の調子を取り戻しつつある周囲のテーブルをニマニマ眺めていると、両隣に座った令嬢たちが話しかけてきた。
「ねえ、アイリス。アイリスなら今日のお茶会の目的を王妃様からあらかじめ聞いているんじゃないの?」
「そうですわ! 普段から仲がいいですし、もしかして借金返済の目処が立ったお話かしら? そうだったらいいけれど、もし反対に『これが皆で集まる最後のお茶会です』とか王妃様に告げられてしまったら……。ああ、どうしましょう!」
この二人は私の昔からの親友で、名をダリアとアスターという。
私のアイリスという名を含め、三人とも花の名前をとって名付けられたという共通点と、年齢が近いことから自然と仲良くなった。
因みにダリアの父は財務大臣、アスターの父が外務大臣を務めている関係で、宰相を父に持つ私とは家族ぐるみの仲なのである。
二人もやはり今日集められた理由が気になって仕方ないらしい。
彼女たちの父親は国の重鎮ではあるが、今回の借金返済計画に関しては王妃主導の為、まだ何も聞かされていないのだ。
私が何やら怪しい動きをしていることはバレバレだろうけれど。
悪い方に考えて泣きだしそうになっているアスターを見ると、今すぐ種明かしをしてあげたい気持ちに駆られるが、勝手に本日の趣旨をバラすわけにもいかない。
しかも、王妃様の目的を知っているどころか、私が皆を集めた黒幕だなんてとても言えない。
なんとなく返事をはぐらかしていると、頭のいい二人はすぐに察したようだ。
「なるほど、その顔は今はまだ言えないってことね」
「仕方ないですわね。王妃様の発表までおとなしく待つことにしますわ」
それ以上は問い詰めて来ない二人に感謝しつつ、私はそっと水晶を取り出して握った。
以前国王様たちにも見せた、チェスターズの練習風景が記録されている水晶である。
この水晶には、国歌を練習するルカリオ、キース、レンの姿が収められている。
真面目に歌う横顔、輪になって相談する様子、軽口を言い合って談笑しているところ……。
私はこの映像を、宣伝用の動画して使おうと考えたのだ。
異世界初のプロモーションビデオである。
アイドルの紹介にもなるし、大きな話題となるに違いないと私は確信を持っていた。
特に必見なのが、私の変顔にメンバーが思わず吹き出すところですよね。
公の場ではキリっとしている彼らなので、素で笑っている姿は珍しく、貴重に感じられることでしょう。
まあ、幼馴染みの私はしょっちゅう見ているのですけどね。
などと勝手にマウントを取っていると、ダリアに「この子、悪い顔してるわ~」と言われてしまった。
鋭い。
そして、私の変顔はもちろんカットされている。
今日はこの水晶の映像と私のプレゼンで、集まってくれた貴婦人方の心を掴むつもりでいる。
それはもう、ギュギュギュっと鷲掴みにしてやるのだ。
前回、国王様とうちの父の心はガッツリ掴まれたので、すでに実績はあると言える。
微笑む三人の顔を頭に浮かべながら、私は祈った。
『みんな、私に力を貸して下さいね』
王妃様が手を叩き、皆の注目が集まった。
いよいよ本題に入るのだろう。
この国の未来を決める運命のお茶会がようやく幕を開ける。




