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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
4章 魔女の夜宴
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4章-8 対峙

 デイムラーからの指示は、とりあえず屋敷の霊を祓って欲しいということだった。彼自身はさっさと自室に隠れてしまったが、案内を任されたメルツが先導を務めた。あの懐の深そうな爺さんも、さすがに見知らぬ人だけで屋敷を歩かせるのは厭と見える。


 任されたメルツは厭な顔一つせずに、というより顔色一つ変えずに、二人の前を歩いていく。あまりの動揺のなさは、歴戦の兵の背中を思わせる。


 いつだかの旅路が思い返されて、ウィンジーは少しだけ昔を懐かしんだ。その懐古は僅か数瞬で打ち破られた。


「……あの」


「なに?」


「この魔法具はウィンジー様が持ったほうが良いかと」


「なんで?」


「うまく言葉にできないですけど、私の力には余る気がするので」


「そう?」


 なら、受け取るけど。ウィンジーは不愛想にそれを掴んだ。受け取るや否や、硝子の中を興味深そうに覗きこんだ。万華鏡のように、いろいろと傾ける。


 ミリスが傾けられた硝子にあわせて、首を傾いだ。それが何度か繰り返されると、すぐに興味が失せたようだった。


「なら、ミリスが討伐をするんだよ」


「はい」


 判っています。ミリスは神妙に頷いた。


「魔法障壁を張るような感じ。それから固めて、的に向かって放つ。霊体だから物理攻撃は効かないからね」


 やれる? ウィンジーは訊ねた。


 単なる確認。そこに期待も疑念もない。だからこそ、その質問はミリスにとって意味があった。


 そして、訊ねられるまでもなくミリスの答えは決まっていた。


「やれます」


 その間もメルツは坦々と進んでいく。けれども僅かに反応する耳が、その会話に興味を示していることを物語っていた。


 二人の会話が途切れるのを計って、メルツが口を開いた。


「そろそろ現れる筈です」


 奥に踏み入るにつれ、段々と闇が深まっていく。けれども彼女に同様の色は全く見られなかった。


「ミリス。用意して」


「はい」


「もうすぐ出現するからね」


 確信めいた言葉は、それがそこにあるように思わせる。ウィンジーには見えているのだろうか。しかしミリスにはいくら目を凝らそうとも、ただの虚空にしか受け取れなかった。


 ある筈なのに見えない。虚の像。それは、ない筈のところにある霊体とは真逆の性質のように感じられる。そもそも霊体に実体などないのだから、全てが虚像といっても間違いではないのだが、ない筈のところに見るのと、ある筈といわれて探すのでは、やはり異なるのだ。


 躰に似つかわしくない厚手の外套の中で、ミリスは小さな背筋をブルッと震わせた。


 その間もメルツは臆することなく進むから、ミリスは必然てきに歩まざるを得ない。家具のない廊下の中で跫音が恐々しく響いている。


 コツコツ。コツコツ。


 時計のように規則的な拍が頭の中に満たされる。そして、ウィンジーは足を止めた。


「あと七歩」


 彼女は目を瞑って、魔法具を前に構える。


 コツ、コツ、コツ。


 足音を数えながら、ミリスは現れるであろう霊体に向かって照準を定める。


 旅人の心得、その三。旅人は常に先手を取るべからず。


 どのような相手でも、先に攻撃の予兆を見せてはいけない。敵でないものに敵と思わせることは、味方の少ない旅人にとって致命的だ。だからこそ、それは旅人にとって重要な心得である。


 その心構えが霊体相手に通用するのか不明瞭だが、躰に沁みこんだ規則が思考よりも優先して躰に命を下している。


「あと一歩」


 ウィンジーが釘を刺す。一歩目を踏みだした瞬間から、覚悟は決まっている。が、いざ対峙となると、恐怖が全くないとはいえなかった。しかし歩は止めない。


 コツッ。


 ミリスの踵が床を叩いた瞬間、廊下の角からふわりと白い影が現れた。影とは通常暗いものだが、それは闇夜の中で、まるで薄明りのようだった。


 途端に背筋が冷える。


 生理現象だ。と判っていても生理現象だか気の持ちようだけで克服できるものではない。


「目を離したらダメだよ」


 ミリスは咄嗟に目を瞑ろうとしていたところだから、図星をつかれたようで、肩肘が張られる。自然と浅くなる呼吸を意識的に大きくおこない、気を宥める。恐怖心を消し去ることはできずとも、抗うことはできる。杖を握り締めて、障壁を張る。小さな欠片を集めて一点に固めてゆく。


 ウィンジーは後ろで見守っている。前を歩いていたメルツは端に避けて、様子を窺っていた。要するにミリスが最前線だった。恐怖からか、構えていた杖が躰の前にでてくる。


 霊体の全身が現れ、人でいうと顔にあたる部位が、ミリスに向けられる。


 ――今だ!


 そう心が叫んでいる。


 時機を計ってのことではない。恐怖に怯えた頭がそう感じさせているのだ。そうと判っていても、戦闘の場において一瞬でも頭に過ったら、それは行動していると同義である。


 無意識のうちに放たれている透明な結晶体を、ミリスは為す術なく見つめていた。

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