4章-1 ツンフト・ロンドニオン
目の前にしたツンフト・ロンドニオンはあまり活気がなかった。数々の職種のギルドが集まる街なだけあって繁栄はしているし、大通りに並んだ露店も営業中だが、活気がないのだ。
普通に見れば、平生の光景と違わぬと思うだろう。現に住人は、普通の状況として認識しているようだった。街並みは整っているし、そこを行く人足はあるし、恐慌を示すような浮浪者の姿はなかった。
けれども、そこを歩く人々はどことなく覇気がないのだ。なにが、どこが、そのような指摘をウィンジーはすることができなかった。精気がないという語が相応しいかも知れない。ただ、そう思うだけだった。
その横で、ミリスは訝しそうに右顧左眄した。
「なんか、魔力が多くありませんか?」
「そうだね。まるで、大規模魔法の残滓みたいだ」
といわれれば、確かにそう思える。
しかしミリスはコクンと首を傾げた。
大規模な魔法にしては痕跡が少なすぎる。ミリスが感じたのは目に見える爪痕がないことだ。大嵐があれば必ず痕跡が生ずる。魔法も同様である。だからといって、その線を完全に否定できるわけではない。例えば誰かが大規模魔法を行使し、別の誰かが相殺すれば現況のようになろう。加えて、どちらも魔法も失敗したとなれば、魔法行使に使用した魔力のほとんど全てが魔力残滓となるから、想定よりも小さい規模の魔法の可能性もある。
そう考えていると、ミリスは額の端を抑えた。彼女は萎れた花のように首を傾げていた。
「調子悪いの?」
風邪でも引いた? ウィンジーはミリスの顔を覗きこんだ。
「いえ、ちょっと」
「今日の観光は少しやめたほうが良さそうだね。早めに宿を取ろうか」
「助かります」
その声には覇気が欠け落ちていた。
「落魄れた冒険者は野党と同じだからね。こういう人が集まるところには多いんだよ。万全でないなら、休んだほうがいい。狙いを明確に定める分、魔属よりも厄介なところがあるからね」
「……はい」
ミリスは力なく頷いた。
宿場町のほうへ歩いていると、ウィンジーはなにかを嗅ぎつけたように鼻を動かした。なにかを嗅ぎつけた野生動物のように、なにかに誘われて歩き始めた。
「どうかしました?」
「ん? ん~?」
よく判らない呻き声をだしながら歩くウィンジーを、ミリスは少し感覚を取って追いかけた。よく判らない路地裏に這入ったところで、ウィンジーは不意に足をとめた。そこは汚臭など直接的な嫌悪の対象はなかったが、どことなく不快な空気が蔓延していた。
「魔力にあてられたね」
「…………?」
「魔力に?」
「魔力に酔うことだってあるよ」
これだけ濃厚な臭気を漂わせていたらね。ウィンジーはなにかを払うように顔の前で手を振った。
「ハプテキズムのときは酔いませんでしたけれど」
「あそこの濃度は凄まじかったけど、とんでもなく澄んでいたからね」
「そういうのも関係があるんですね」
「あるさ。未熟な魔法使いは躰の中の魔力が外の魔力に影響を受けるからね」
「鍛錬が足りないということですか?」
「まあ、そういうことになるかな。ハプテキズムのところがウオすら棲めない清水だったのに、こっちはなにも寄りつかない汚泥といったところだからね」
「そんなに、ですか?」
「宿に戻ってから心眼を開くと良いよ」
「……そうですね」
「最近、サボっていたでしょう?」
その言葉に、ミリスはぶるっと背筋を震わせる。頭痛も相まって、悪寒のように感じられた。
「私の目は欺けないからね。魔法書も読んでいないでしょう?」
「これは……。言い訳できませんね」
ミリスは肩を落とした。
「この間の魔法陣を見て理解できてなさそうだったからね。あれ、初等魔法だよ?」
「すみません」
項垂れて謝罪をするミリスの背中を、短杖が軽くつついた。不快だった感覚が遠退き、少しだけ躰が楽になったような気がした。




