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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
序章 出会い
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序章8

2024/4/29 加筆修正

 ところ変わって、仙人小屋。


 ウィンジーは日課にしている杖の手入れをしていた。いつもより丁寧に繕って、それを終えるとおもむろに樹の節を取りだした。それは節の硬い部分だけを切りだしていたから、真球とはほど遠い形をしていた。ウィンジーはその不恰好な形を気にする様子もなく、小刀を入れた。


 センリョクは小屋の隅で石の棒叩いている。彼は作業の手を止めずにいった。


「ありがとうな」


「なんさ、急に。……気色悪い」


 二人は俯いて各々の作業を熟している。言葉と言葉の間の沈黙は、軽快な削り音が埋めていた。


「ミリスのことだ」


「いいよ。センリョクに頼まれたから決めたわけじゃないから」


「そうだったな」


「そうだよ」


 ウィンジーはちょっと不機嫌そうに鼻息を噴きだした。それでも二人は黙々と作業を続けている。木を削る音と石の欠ける音で小屋が満たされていた。ウィンジーの足元には木端が積もり、センリョクの周囲には石片が散っていた。


 薪の燃えるような穏やかな空間をウィンジーの暗鬱とした声が破った。


「私は別にセンリョクが死んで、あの子が野垂れ死んだって構わないんだ」


「知っているとも。お前さんはそういうやつだ」


「なら面倒事を頼まないでよね」


「……すまんな」


「次はないよ」


「そうだな。儂も次があるとは思っておらんわ」


 そういってセンリョクは湿っぽい溜息をついた。ウィンジーは顔を背けたまま、ほとんど球形になった木片を懐に仕舞って立ちあがった。


「そろそろ私もでかけることにするよ」


「応援にいくのか?」


「そんなわけないでしょ」


 ウィンジーは振りかえらなかった。外套を横顔すらも隠すように頭から被った。


「そうだったな」


 センリョクも顔をあげなかった。彼の俯いた顔は髭に覆われていたが、その緩んだ声色からおおよその表情は窺えた。


 それは、少し意地を張っていたのかも知れない。ウィンジーを茶化すくらいの余裕を持つべきだった。小屋の隅で細長い石を削りながら、センリョクはそう思った。けれども、長い年月で鍛えあげられた性根は一時の意気で変えられるほど弱くはなかった。


「気をつけてな」


 それが彼の精いっぱいだった。


 ウィンジーは返事をしなかった。


 もう陽はほとんど最高位にあり、真黒な布をすぐに温めた。彼女は額を拭い、懐中の短杖を握った。すると涼やかな雰囲気が彼女を覆い、熱を蓄えていた黒い布は心なしか鎮まっていた。


 ウィンジーは藜杖を呼んだ。途端に彼女の存在は薄らいだ。次に杖を地面に向けると、小さな足跡が浮かびあがった。彼女はその足跡を追って歩き始めた。


 足跡は曲がりくねった隘路を進んでいた。それは目的地が判らない人から見ても明らかに遠回りしていた。ウィンジーは面倒そうな素振りも見せず、息巻くこともなく、ただ坦々と山を登った。


 しばらく歩いて見覚えのある広場についた。その中心で少女がなにやら地面に向かって魔法を使っていた。


「まだまだ暇そうだね」


 そう呟いて、彼女は適当な枝の上に腰をかけた。細い枝の上で器用に三角に座り、懐から例の球体を取りだした。ほとんど真球のそれにナイフで溝を彫っていく。


 爽やかな風が吹き抜けると、ウィンジーの髪を葉と一緒に揺らした。葉音はウィンジーの存在を完全に消失させていた。樹上に佇み、木細工をする彼女は森の精そのものだった。


「もたもたしてるから完成しちゃったよ」


 彼女は口の中で呟いた。鉤爪型の内側に球体を抱く不思議な形をしている。その球体は不気味な眼球のように見えた。けれども、ウィンジーは恍惚とした表情でそれを夕陽に翳していた。


「なかなかの出来栄えだね」


 ウィンジーは茜に染まりかけた陽射しにそれを翳した。あとは爪の反対側に穴を開け、そこに紐を通すだけだ。しかし、細かい作業は明るいところでやったほうがいい。それに……。


 ウィンジーはフードを払った。


 彼女の真下の藪の中に大型の獣が潜んでいる。ミリスは懐を覗いてなにやら考えごとをしているようで、頭上の存在はおろか、接近する獣にも全く気づいていない。


「……全く」


 彼女はそう呟いて藜杖にそっと触れた。少し念をこめると、次の瞬間、ミリスがこちらを見た。そして、彼女の躰は硬直したかに見えた。しかし、彼女は反射的に身構えるのではなく、冷静に杖を構えていた。


 ウィンジーは自然に口角を持ちあげた。


「やるじゃん」

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