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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
3章 回帰の魔窟
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3章-38

 ゆらりと居直すハプテキズムに対して、ウィンジーは手早く身構えた。いつ迫るかも判らない攻撃に備えてのことだった。息を浅くしてハプテキズムの一挙手一投足に目を配る。しかし待てども待てども彼女は攻撃する素振りを見せない。


 その間、ウィンジーは不動を保った。攻撃の態勢も、防御に回る姿勢も。


 ウィンジーのほうから攻撃をしなかったのは時機を窺っているからだけではないだろう。少しの間でも魔力を温存しようと考えたに違いなかった。傍から見たウィンジーの魔力は全く衰弱を見せていなかったが、その実、残余はそう多くないのだろう。けれども緊張を強いられている中、回復が望める筈もなかった。限られた魔力で最大限のハッタリを見せているのだ。


 その現状にミリスは、あの予感が的中しているように思えてならなかった。


「やはり……」


 吐息に紛れて、その言葉は零れた。はっきりとした声にならなかったのは、自信のなさ現れではなくて強張った喉のせいだった。


 ミリスは空いている左手で喉を摩った。喉を温めように思ったのに、その手指は冷え切っている。何度か擦るようにしても、温もりは感じられないが、決心は既についていた。身構えるウィンジーの前に躍り出て、大きく息を吸いこんだ。


「私たちに戦う意志はありません」


 相手が人属であれば絶対に通じない名分をミリスは豪語した。


 ウィンジーは驚愕のあまり、しばしの間、硬直していた。


 一方のハプテキズムはというと、凍りつくほどの無表情のまま首を折るように頭を横に倒した。人属であれば首を傾げると形容するに至った仕草だが、ハプテキズムがすると細かな違和感が積もってそのように思われない。


 魔属の仕草は人属のそれを真似したものであるから、理解せずとも状況のみでそれらしいことをすることはあっても、真逆の意味を指すということはない。だからハプテキズムがミリスの言葉を解したことはありえない。しかし、ミリスの言葉に対してハプテキズムはなんらかの意味があることを察したということではある。


 ミリスはハプテキズムの反応を待った。それが攻撃的なものでなかったら、ミリスの言葉が多少の意味をなしたのだろう、と楽観視することができる。というより、攻撃的な反応が返ってこないだろう、という楽観視が前提にあった。


 ――――。


 ハプテキズムのその大きな瞳が瞬いた。その刹那、彼女を中心に空間が凍りつく。その事実を世界が追いかけるように霜が張り始めた。


 気づくと、息がつまっていた。胸に溜まった硬い息を吐きだすと、思いがけず真白な吐息となって視界を染めあげた。


「なら帰って……」


 意気の感じられない声が柔らかく萎んでいく。音が完全に消え去ると、突然としてハプテキズムの纏う雰囲気が変わった。


 凍りついた世界に促されるように二人の緊張が高まる。その緊張を追いかけるように厖大な魔力が大波のように二人を襲う。


 攻撃の意志はない。そこにあるのは確かな拒絶だった。


 ミリスの予想は一定程度、的中はしていたのだろう。しかし予想自体が意味をなしていなかった。圧倒的な実力差があるとき、相手に攻撃の意志があるかは関係がないのだ。爪ほどの大きさの生物相手だと、普通に歩くだけで脅威になりえる。ハプテキズムとはそれほどの実力差があるということだった。


 ミリスは咄嗟に障壁を展開した。しかし、それは激流を前に土嚢一つで立ち向かうようなものだ。障壁はあっけなく奔流に呑まれた。今にも瓦解するかに思われたその瞬間、ミリスの障壁を丸ごと大きな障壁が包みこんだ。


「これは……」


 ミリスは息を呑んだ。


 先までミリスの後ろにいたウィンジーが、彼女の前に立ち、奔流を全力で凌いでいた。しかし間もなくウィンジーの障壁も凍りつき始める。その一点が発生した途端、一気に氷結が進んでいく。外界では暴力的な冷気は、まるで押し寄せる流氷のようにキリキリと音を立てていた。


 霜が何重にも覆い、外を窺い知ることができない。圧倒的な冷気に伴って発生した氷結自体は障壁で阻むことができていたが、本質である冷気までを防ぐことはできない。次第に服に霜がおり、手から力が抜け落ちていった。


 そして純白を通り越して空白の波に包み込まれると、眩惑のように視界が真白に染まった。

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