3章-34
2024/9/14 加筆修正
赫々たるものは無際限の魔力を纏って、ウィンジーの握り拳に現れた。
「まず自分を中心に球形の障壁を展開する。強すぎると魔力の無駄遣いだし、弱すぎると障壁としての機能が不足する。熟練者は最適な障壁強度で展開する」
「見ない顔ね」
彼女の言葉は氷の花として宙に咲いた。障壁の内側にいる二人にも伝わるほどの冷気を従えて。
「言葉だけで、これほどの力か」
障壁は全面が霜に覆われ、仲間で浸蝕せんばかりに氷結音を響かせている。ミリスは石杖を握りしめて熱を起こしたが、周囲より迫る冷気の勢いを跳ね返すには及ばず、その勢いを僅かに削ぐ程度しか働かなかった。
「ここは魔法の中だから、干渉しあってうまく魔法が使えないでしょ」
そういうウィンジーはミリスの様子を全く窺っていなかった。全身から魔力を放って、今までになく真剣な双眸でハプテキズムを睨みつけていた。
「この程度、攻撃じゃないって判ってはいるんだけどね」
これが攻撃でないのは見習い魔法使いだって一目で判るだろう。否、魔法使いでなくとも判る筈だ。ただ、なまじ魔法を学んだもののほうが、その事実を受けいれられないだけだ。魔法障壁という防御の概念を顕現させた壁を浸蝕するほどの力。それが攻撃という意志を持たないものであるなら、彼女が攻撃の意志を込めた魔法を放ったとき、世界はどうなるのだろうか。ミリスはそう考えずにはいられなかった。
「くるよ」
その警告と同時に厖大な魔力が障壁を襲った。まるで大河の中央で流れに逆らっているかのような抵抗。それはハプテキズムを中心に発生していた。彼女は文字通り全方向に莫大な魔力流を放っている。しかし、これも攻撃ではない。彼女の有り余る莫大な魔力を指向なく垂れ流しているだけだ。
ウィンジーの障壁が軋んでいるのが判る。魔法障壁は物理的な存在ではないから、真球と定義されたそれ自体が歪むことはない。しかしミリスは障壁に歪曲が生ずるのを確かに感じていた。
――割れる!
それは本能の叫びだった。ミリスが身構えた瞬間、その奔流は立ち消えた。
ミリスは短絡に安堵した。緩んだ口元からは息が漏れる。そのとき、ウィンジーは杖先に魔力をこめていた。障壁に一切の揺らぎを発生させず、その外側に魔力の塊を顕現させた。
それにミリスが感嘆する間もなく、魔法の玉はハプテキズムに向かって放たれていた。彼女は無防備な恰好のままそれを受けとめる。なにもしていないのに魔法のほうがが弾けて、耳を劈く金切り音を伴って無数の破片を宙に舞わせた。攻撃は確かにハプテキズムに直撃していた。しかし、平然と構えるハプテキズムは攻撃を受けたようには見えなかった。
ウィンジーは特に感情を示さず、次弾を装填した。それもハプテキズムにあたり、そして砕ける。また次弾を装填する。……
ミリスは魔法の行方からウィンジーの横顔に視線を移した。ウィンジーはいつもの無表情で魔法を放ち続けている。その様子は、坦々と、形容するのが相応しかった。
だが、同じような類の表情を持つハプテキズムは全く坦々としていなかった。彼女はなにかを確かめるように左手を胸の前で握ったり、開いたりを繰りかえしている。その隙にも魔法の玉は途切れることなく打ちこまれるが、意に介した様子はない。何度かそれを繰りかえすと、握った手に力が籠った。それを二人に向かって伸ばすと、ウィンジーと展開する障壁と同質の障壁がハプテキズムを覆った。
次はなにをするのだろうか。ミリスは恐怖した。それは攻撃を始める仕草に見えたからだ。本物の攻撃が放たれる。その直感だけで腹の底から震えあがっていた。
ハプテキズムの伸ばしたままの手に魔力が集中し、球を形成し始めた。その球とウィンジーの放った弾丸が激突する。かに見えたが二つの球は透過して互いの障壁に激突した。
硝子が破砕されるような厭な音が障壁の外で響いた。ミリスは反射的に目を瞑っていた。全身に鳥肌が立って、とまらなかった。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。ウィンジーが連続して魔法の玉を放つようにハプテキズムも連続して魔法を射出した。
それが障壁に衝突するたびに厭な音がする。けれどもミリスは耳を防がなかった。そうすることが必要に思われたからだ。
「破れないですか?」
ミリスは破砕音の嵐に負けないよう大声で訊ねた。
「割れないよ」
その返答は声を張ったものではなかったが、よく通るウィンジーの声だった。
「小石をいくら高速で放ったところでグレンツェの結晶を割ることはできない。それは小石の側が壊れてしまうから。魔法障壁と魔法攻撃も同じ。魔法が魔法である以上、決して割れない硬度が存在するの」
「それは……」
同時にウィンジーの攻撃が相手に届かないことを意味していた。




