3章-30
まるで一流商人のような笑顔に、ウィンジーは冷徹な眼差しを返した。しかし凍てつく視線を前に、彼は全く動じなかった。
「お願いしますよ」
彼は形ばかりに頭を下げた。
「断る権利はあるんだよね?」
「それは、もう」
「じゃあ悪いね」
「困りましたね」
男はやれやれ、と首を横に振った。彼は脱力したふうを装っていたが、僅か一瞬だけ魔力を放った。
「折角のサンプルでしたのに」
「相手になるよ」
ウィンジーは左足を下げて半身の姿勢を取った。ミリスもそれに倣う。対して男は両手を頭の高さまで持ちあげ、小さく手を振った。
「警戒しないでください。無理強いはしませんから」
「随分と余裕だね。慢心?」
「あなたからは攻撃をしかけることをしないでしょう?」
「なぜ、そう思うの?」
「それは、ここが通過点だからです。たった一滴の魔力も消費支度ないでしょう?」
「…………」
数秒間、睨みあったのち、ウィンジーは杖を下ろした。対称的に男はあの不気味な笑みをさらに深めた。
「確かに私は旅人だからね。無用な戦闘はしない主義なんだ」
「それは良かった」
男はわざとらしく胸を撫で下ろす。その大袈裟な動きも不思議と様になっていた。
「それでは、ご協力いただけますか?」
「それは断らせてもらうよ」
「それは残念です」
「私たちは先を急ぐから」
「いってしまわれるのですね」
男は笑顔を浮かべていたが、心なしか淋しそうに見えた。ウィンジーはそれを見ぬふりをして、踵を返した。振りかえり間際、彼女はミリスを一瞥した。
「いくよ」
「……はい」
ウィンジーは珍しく早足になっている。ミリスは駆足で彼女を追いかけた。後ろから声がする。「お墓によろしく」ミリスが振りかえると、思いの外、男とは距離があった。前を向くと、ウィンジーはもっと離れたところにいる。足場の悪いところは例外だが、平地ではつい油断すると追い抜いてしまいそうになるのに、今は離されないようにするのが精いっぱいだった。
「良かったのですか?」
上擦った声で訊ねた。
「生死の狭間に立ったとき、死の側へ落ちないための最後に残された拠所だよ」
「あのような結晶で手の裡が見破られるものなのですか?」
「その可能性に目を瞑る旅人は長生きできないよ」
ウィンジーは鼻を鳴らした。いつもは達観のみで構成されているそれも、今日のそれは他のものが混じっている。
それが、ミリスにとっては少し居心地が悪かった。
「ウィンジー様に従っているから大丈夫です」
口にすると、少し心が擽ったかった。




