3章-27
靄のかかる森を歩く。その先になにかがあるかを考えるのは旅人の仕事ではない。降りかかる不吉な予感を無視して、ミリスは少しずつ遠ざかるウィンジーの背中を必死に追いかけた。
左右から覆いかぶさるように樹々が天を覆って作られた隧道は歩くものに延々と続く道だと錯覚させる。目印がない道は精神的な疲労を積み重ねる。ミリスはそうなる先を悟って辟易していると、案外に早く視界が拓けた。
急に天蓋がなくなり、ミリスは目を細めた。淡白に染まる視界が徐々に彩っていく。その中心に、それは現れた。激しい陽光を背に、影絵のごとく暗晦たる相貌。見るからに不吉な異形は二人を見おろすように佇んでいた。
ミリスは反射的に身構えていた。
――まずは深呼吸。
大きく息を吸って、大きく息をはく。そうすると、その異形の影は……。
「ただの樹じゃないですか」
その声には僅かな嘲笑が付加されていた。
対して、ウィンジーは警戒を解かなかった。
「そうとは限らないよ」
「……なにかあります?」
ミリスは声を低めて、周囲を窺った。
しかし、動くものは隣の相棒以外に見当たらない。これは比喩表現ではなく、小枝一本、木葉一枚に至るまで動揺を示していなかった。
「なにもなさそうですけど」
そういいながら、もう一度周囲を見渡した。けれども、これといって目に留まるものはない。ウィンジーの端正な横顔が木蔭の中で美しくあるだけだ。
「……やっぱり、なにもないです」
ミリスは努めて視線を真直ぐに定めて、もう一度呟いた。
「そう」
風前の燈火のような声だった。それが引っかかり、ミリスは振りかえった。目線が交差するかと思っていたが、ウィンジーはミリスでも異形の樹木でもないところを眺めていた。
その視線をなぞっていくと、異形の樹木の陰にひっそりと潜む純白の石碑があった。どこか見覚えのあるそれには、不思議な形の紋様が刻まれている。
「あれはお墓ですか?」
そうと意識して見ると、紋様は墓銘の彫刻のようでもある。けれども誰を祀ったものなのか、この崩れた白い墓からは判らない。
「そうかも知れない」
「随分と長いこと放置されているようですね」
また形を残している部分と撫でながら、ミリスは呟いた。この風化の具合から考えると、ミリスが生まれるよりもずっと前からここにあるだろう。そして、それと同じくらい人の手は加わっていないだろう。
「……かわいそうです」
誰の名が刻まれているか判らない銘をそっと撫でた。
「…………」
ウィンジーは関心がなさそうに一瞥をくれたが、すぐに異形のものに視線を戻した。
「そう思わないですか?」
「ん?」ウィンジーは鼻を鳴らして答える。「そういえば人間は死人を弔う性質を持っているんだったね」
「そうですよ」
ミリスは不満そうにウィンジーを睨みつけたが、まるで暖簾に腕押しのように反応にウィンジーには響かない。彼女の関心はあくまでも異形の樹木に向けられていた。
「その樹がどうかしたのですか?」
その疑問はミリスの枝の生える方向が少し変わっただけの樹木だという認識を表していた。そして、改めて異形の姿を見ても、その認識は変わらなかった。
「いや。ただ、この樹は一種の弔いの花なのかなって思っただけさ」
「墓前に樹を捧げるなんて聞いたことないですよ」
「この樹は季節になると花を咲かせるのかも知れないよ」
「まさか……」
ミリスの言葉はウィンジーの手によって遮られた。
二人が歩いた隧道から人影が浮かんでいる。まだ遠いが、向かう先はここしかない。二人は無駄話は切りあげて、忍足で手頃な藪に身を潜めた。




