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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
序章 出会い
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序章6

2024/4/29 加筆修正

 少し開けた場所に出ると、ウィンジーは不意に足と止めてフードを払った。当然のごとく彼女は顧みなかったが、その場の雰囲気にミリスは質問が飛んでくると直覚した。ミリスは両手に持った石の杖を握り締めた。


「魔法使いに一番大切なことはなにか判る?」


「生き残ることです」


「正解」その声は少し驚いたようだった。緑色の毛先が宛てもなく揺れる。


「じゃあ、攻撃魔法と防御魔法、どっちが大切だと思う?」


「……。防御魔法ですか?」


「攻撃魔法だよ」


「…………」


「というわけで、防御魔法の練習をしようか」


 ウィンジーは首だけで振りかえった。


 このとき、ミリスは彼女の明瞭な笑顔を始めて見た。ミリスは訳が判らないという顔をして、距離を取るウィンジーの背中を呆然と見つめた。


 しばらくすると、ウィンジーは振りかえった。「これが魔法使いの距離感ね」どことなく不満そうなミリスを意に介さず、彼女は藜杖を呼び寄せた。それは安っぽい以外の外見的特徴はなかったが、それを持つウィンジーの姿は案外馴染んでいた。


 ウィンジーはゆったりとした動作でそれをミリスに向けた。


「それじゃあ、魔法障壁を展開して」


「私が防御側ですか?」


「そうだよ。聞こえなかった?」


 ミリスはやはり訳が判らないという顔をして「判りました」と呟いた。ミリスが杖を固く握ると、正面に魔法障壁が展開された。


「まず、魔法の攻撃には大雑把に分けて二種類ある。一つは魔法そのもので攻撃するもの。もう一つは魔法でなにかに働きかけてそれで攻撃するもの。例えば……」


 ウィンジーは近くの小石に杖を向け、その小石を浮かびあがらせた。そのまま杖を躰の正面に構え、ほんの一刹那、目つきを鋭くした。その瞬間、石は砲弾のように飛翔し、ミリスの展開した障壁を掠めて後方の樹幹に激突した。樹皮は散り、幹は大きく窪んだ。中の繊維が飛びだし、今にも倒木しそうだった。


「次は二重に展開して」


 ミリスが障壁を展開するのを待って、ウィンジーが小石を弾き飛ばした。けれども、それは呆気なく砕け散った。


「これで判ったと思うけど、障壁は威力を削いでくれるけど石そのものはなくならない」


「壁を作ってはダメなのですか?」


「試してみる?」


 ミリスは頷いた。それから足元に魔力を集中して土を聳え立たせた。ウィンジーは先よりも少し強く魔力をこめて石を発射した。


 甲高い風を切る音。その直後、鈍い激突音が鳴った。ミリスは目を瞑ってしまっていた。けれども投石の軌跡が見えなかったのは瞼のせいではなかった。恐る恐る目を開くと、砂の城のように倒壊を始める土の壁が目に入った。その隙間から微笑を浮かべるとウィンジーが見えた。


「どうだった?」


「ダメでした」


「確かに物理には物理的な壁が一番効果はあるよ。でもね、同時に視界を狭めるんだ。戦闘において視界は重要だよ」


 ミリスは神妙に頷いた。


「次は魔法ね」


 ウィンジーはそのままの姿勢で再び目つきを鋭くした。杖先が小さく閃き、それとほとんど同時に先の窪みが弾けた。辛うじて倒れていなかっただけの樹木はそのままはゆっくりと傾き始めた。倒壊音と同時にミリスの展開した障壁が端の一点を中心に亀裂が走り、粉々に砕け散った。ミリスの躰は身構えることすらできていなかった。


「防御は、まあ実力不足だったけど視界は確保できたでしょ。防御魔法はなんといっても圧倒的発動速度を持つ攻撃魔法への反応と、視認性のために開発されたんだからね」


「はい」


「あとは使い分けだけど。まず、人間相手なら魔法だけね。譬え相手が物理魔法を使ってきたとしても、絶対に守ること。動物なら状況次第というか目的次第。つまり臨機応変にね。ドラゴンなら魔法一択。魔獣でも基本的に魔法かな。ここまで大丈夫?」


「では、物理魔法はいつ使うのですか?」


「魔属相手だよ」


 ウィンジーは表情を毫も動かさずにいった。それにミリスはやや表情を曇らせた。


「魔力総量は基本的に訓練に応じて決まるんだけど……。だから普通の人間はいくら修行しても魔力量では絶対に魔属には勝てない。だから、消耗戦になりがちな魔法の打ち合いはできる限り避けないといけない。

 エルフの魔法の祖ピィオニア 曰く、『石を飛ばす魔法は、石の重さが二倍になれば威力が二倍になる。打ち出す速度が二倍になれば威力は四倍になる』だそうだよ。

 魔法攻撃で威力を四倍にするには単純に魔力を四倍消費する。でも、発射速度を二倍にするのに魔力は関係ない。力任せにやれば、消費量は多少増えるけど、それでも二倍にはならない。要するに、魔力量で敵わない魔族に人間が立ち向かう術はここにあるってわけ」


 そういうウィンジーの眼つきは鋭かった。殺意のような凶悪なものは直接的に感じ取れなかったが、ある意味でとても純真なものが現れているように見えた。ミリスはその空気感に呑まれ、喉元が僅かに震えてしまった。


「なにか質問はある?」


「なぜ、人間相手に物理攻撃をしてはいけないのですか?」


「加減ができないからだよ」


 彼女は平然といった。それが却って厳しさを放っていた。ミリスは表情を引き締めて深く頷いた。それを見て、ウィンジーはちょっぴり表情を柔らかくした。


「ヨシ。いい表情だ。じゃあ、障壁を展開して」


 ミリスはいわれた通りに障壁を前面に展開した。「いくよ」ウィンジーの口がそう動いた。彼女はゆっくりと杖を構える。その杖の動きが止まるが早いか、杖先が閃光を発した。その瞬間、障壁が音を立てて砕け散った。


「次々いくよ」


 ミリスが障壁を展開するたびに、それが砕けていく。障壁の展開と攻撃の発動、その二つが同時に交わされていた。実際はウィンジーが魔法の前兆を読みとり、障壁が張られる場所を的確に狙っていた。それを絶妙に加減することで、ミリスに絶え間ない切迫感を強いている。


 展開された障壁が刹那に砕け、そのたびに破片が飛び散る。ミリスの周りは魔法残滓でいっぱいだった。それが陽光に照らされた細氷のように煌めいている。それを綺麗だと思う暇もなく、急かされるように障壁を展開し続けた。


「魔法障壁に大切なのは密度だよ」


 魔法を打ち続けながら、破砕音が途切れるほんの一瞬を狙ってウィンジーは助言をくれる。ミリスは頷く間もないほど無我夢中に障壁を張っていた。


 飛散した破片がチラチラと地面に降りては消える。周囲の樹々には無数の細かな傷がついている。ミリスの息は全力で山を駆けあがった直後ように荒くなっていた。


 ウィンジーは退屈そうに杖を下ろした。空振りした魔法障壁が宙に紋様を描いた。


「大丈夫?」


「まだ、いけます」


「そうは見えないけど」


 ウィンジーは踵を返し、フードを被った。彼女の外套はよく木蔭に馴染んでいて、二歩歩くだけでミリスは見失ってしまった。


 ミリスは呆然とその場に立ち尽くしていた。背中を追おうにも既に疲労困憊で、足が動かなかった。空には雲一つないのに、ミリスの頬には一顆の雫が伝っていた。杖を全力で握りしめているのに気がついた。その力みが伝わって肩まで震えていた。

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