3章-15 手段の選択
2024/03/24 加筆修正
2024/10/12 加筆修正
ウィンジーは頭の周りに花を咲かせている。そうしながら彼女は、夜空に線を引いて絵と呼ぶように、漠然とした藪の間隙を獣道と呼んで先を急いだ。
酔いどれのような歩を踏みながらも、彼女の足取りは速かった。ミリスも山路に慣れているという自負はあったけれども、ウィンジーの後ろを歩いているとその自信もどんどん薄れてくる。
ミリスが蓄積した疲労に負けて思わず足を止めようとしたそのとき、鮮やかだった花畑が突如として弾けた。その瞬間、ウィンジーが足を止めた。
立ち尽くしながら首を傾げているウィンジーをミリスが覗きこんだ。彼女は常盤色の瞳を忙しなく泳がせている。その目を止めたかと思うと、急に俯いた。
「これは……」
まるで衝撃の事実を発見したかのような口調に、ミリスは息を呑んで次の言葉を待った。
「……迷った」
呆然と呟かれた言葉に、ミリスは耳を疑った。久しぶりにフードを払ったウィンジーの仕草が真実味を与えていた。
彼女は長髪を前に流して、手櫛で梳かしながら小さく溜息をついた。ウィンジーが立ちどまっていては、ミリスもやることがない。
ミリスは所在なげに、そこらの木肌を眺めていた。
そうしていると、ウィンジーは不意に口を開いた。
「この手の森はある程度相場が決まってるんだけどね」
弄ばれた毛先がいじらしく回っている。
振りかえると、鬱蒼と茂る藪を割って蛇の道のごとく細い筋が通っている。道と呼ぶにはあまりにも細すぎる。けれども夜空の星を結んで絵を描くように、旅人はそれを道と呼んできた。
「本当に大丈夫なのですか?」
ミリスは呆れたようにいった。
四方八方に木立があり、磁針か陽の石でもなければ真直ぐにも進めないような場所で、ウィンジーは旅人の勘にのみ頼って針路を定めていた。それに対して、かねてからミリスは不安に感じていた。彼女からすると、その懸念がちょうど的中した格好である。
再度、ミリスは大袈裟に溜息をついた。
「二年も歩けば、大概の森は抜けられるものだよ」
「……二年ですか?」
「昔、魔の樹海で迷ったことあるけど、それが最長記録だったね」
「…………」
「どうかしたの?」
俯いたミリスを、ウィンジーは心配そうに見遣った。
「そんなに待っていられません」
その答えに、ウィンジーはまるでセンリョクがミリスを見るような優しい笑顔を浮かべた。その笑顔に、ミリスは本能的な安らぎを感じた。
「そうだね。私もここでそんなに時間を潰すつもりはないよ」
思いの外、ウィンジーは素直に頷いた。それを見て、ミリスは安堵の吐息をついた。
「扉の向こうに御褒美が待ってるのに、その鍵を探し回るようなものだよね」
「どういう意味ですか?」
「私は魔法使いだよ。開錠の魔法もあるし、最終手段として扉を壊すことだってできる」
「……え?」
厭な予感がして、ミリスがなにとは判らぬまま身構えたのと同時にウィンジーが爆ぜた。少なくとも、爆風によって視界を奪われたミリスにはそう感じられた。突風から明けると二人を核として周囲が焼け野原のようになっていた。
薙ぎ飛ばされた木々がウィンジーを中心に円を描くように薙ぎ倒されていた。下草が焦げてみすぼらしい躰がさらに貧相な恰好になっている。僅かに残った火種が草の先でチリチリと音を立てていた。
「魔法を使うなら先にいってください」
「私としては魔法を使ったつもりはないんだけどね」
「もう……!」
ミリスは子供っぽく頬を膨らませた。ウィンジーは苦笑しながらミリスに向き直った。
「まあまあ」
ウィンジーは少し目を細めた。勘所は顔を丸くしたままのミリスの頭に手を乗せた。
「怪我はしてないでしょ?」
「してませんけど……」
それでもミリスは不満そうにウィンジーを睨みつけた。
「そういう問題ではありません」
ミリスはウィンジーの手を払った。
彼女の背では陽は躰を大きく見せようと精いっぱいに輝いていた。ウィンジーはフードを目深に被りなおした。
「眩しいから木蔭にいこうか」
ミリスは手前の樹の根本まで歩くと、すぐその場に座りこんだ。ウィンジーは行く先を見たが、ミリスはそれに倣わなかった。それはミリスなりの抵抗だった。
そのとき、その昔にウィンジーはセンリョクから聞いた話が思いだされた。ドワーフは鉱夫が使用人に対して労働を放棄することで意志を示したことに端を発した属であるというものだ。
「さすがセンリョクの子だね」
それはウィンジーの本心であったが、同時にそういえばなんらかの反応が得られると踏んでの発言だった。しかし実際にはなんら反応を得られなかった。ミリス相手にはウィンジーも強行ででるわけにはいかなかった。
座りこんで少し俯いたミリスを覗きこむと、瞼が柔らかに下りていて、頭を小さく前後に揺らしていた。
ウィンジーはミリスの姿勢をそのままに宙へ浮かべて、太い樹の根本まで運んだ。
「無防備な旅人の命は短いんだよ」
もう。と、ウィンジーは生暖かい溜息をついた。ミリスの足元では朱の差した光模様が地面で淡く揺らめいている。その傍から穏やかな寝息が立ち始めた。
ウィンジーは口元を緩めた。そしてミリスに傘を差し、隣りあうように腰をかけた。ふと空を見あげると、群青色の煙に覆われていた。




