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弔花のウィンジー  作者: 鈴木白紙
序章 出会い
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序章5

2024/4/29 加筆修正

 ミリスが水汲みから小屋に戻ると、珍しくウィンジーが小屋で寛いでいた。彼女が仙人小屋に泊まり始めてから早いもので陽が昇るのも十を数える。が、早朝のこの時間に二人が顔を合わせるのは初めてのことだった。普段のウィンジーは昼過ぎまで宛がわれた小部屋にいるか、陽が昇るよりずっと前に森へと姿を消すのか、そのどちらかだった。それが大人しく椅子に座って、なにやら難しい顔をしている。これを不思議に思わない筈がなかった。


 ミリスは日課の洗いものをしながら、何度もウィンジーを盗み見た。彼女はミリスを気にする様子はなく、なにやら熟考の体だった。センリョクは部屋の隅で石を削るのに精をだして、特に不審がる素振りもなかった。ミリスにとっては、それも不思議でならなかったが、黙々としている二人に話かけるのは憚られた。三人ともがただ沈黙しているだけなのに、ミリスだけが一人孤独を感じていた。


 彼女はそれが余念だというのは理解していた。同時に、それから逃れるためには一刻も早く仙人小屋をでるしかないことも判っていた。しかし、それの困難さも十分にとはいかないまでも知っていた。


 朝の仕事を全て終わらせたら修行の時間である。ミリスはすぐに小屋をでたかった。そのためにいつもより手早く片付けを終わらせたのだ。部屋から石の杖を取り、早足で修行にでようとした、まさのそのとき、ウィンジーが口を開いた。


「ねえ、センリョク。この辺にヌシはいないの?」


 ミリスはノブに手をかけたまま足を止めた。なんの根拠もなかったが、その言葉は閉塞した日常から一縷だけ延びた道筋を露にする暁光の響きに聞こえたのだ。


 仙人はおもむろに顔をあげると、髭を撫でた。彼は少し唸ると、また元の作業に戻った。


「以前、お前さんが逃がしたあれがおるぞ」


「あれ?」


「ほれ」


 センリョクは粗削りの石から顔をあげて、ふさりと蓄えた顎鬚で山のほうを指した。


「随分と前に、この山で当時のヌシを討伐しただろう。子持ち魔獣が珍しいとかなんとかいって観察しておるうちに子供だけ逃がされたやつだ」


「あー……思いだした。デモンウルススだね。結構大きくなったの?」


「そこそこだな」


「それと、私は見失ってないよ。あれほどの強力な魔獣が急に姿を消したら均衡が崩れそうだから、それを少しでも緩やかにするために、わざと、見逃したんだよ」


 ウィンジーは強く鼻を鳴らした。それから遠くを見るような目をして、少し感心したように呟いた。


「それにしても、あのチビっ子がヌシとはね。私の見立ては間違ってなかったわけだ」


「あれのせいで下の村のやつが迷惑しておるわ」


「ならちょうどいいね」


 ウィンジーは、そっと瞼を下ろして気を鎮めた。彼女の髪がたおやかに揺らめいた。小屋中の空気が彼女を中心に張りつめる。ミリスは固唾を呑んだ。


「あれか。ちょうどいいね」


 ウィンジーは目を薄らと開いた。その目は現世を見る目ではなかった。その目はしばらく中空を見据えていた。その横顔に、気づくとミリスは息つくことも忘れていた。


 ミリスがノブから手を放すとのウィンジーの瞬きは同時だった。その瞬間、緊張が霧散し、いつもの平凡な山小屋の雰囲気に戻った。


 ミリスはやっと呼吸を思いだした。大きく息をはくと、胸に淀んでいた空気が逃げるように散っていった。


「修行内容が決まったね。デモンウルススの討伐だ」


 ウィンジーの声色は心なしか弾んでいた。彼女は同意を求めるように振りかえると、ミリスの石杖に目を留め、驚いたように目を見開いた。彼女にしては珍しく心から感心したようだった。


「それが君の杖なんだ」


「はい。でも私には重たくて」


「杖呼びできないのは、そのせいだね」


「関係あるのですか?」


「重たいってことは手に馴染んでないってことだよ。杖呼びは杖のほうが心地好いと思うから寄ってくるんだ。持ち手のほうがしっくりきてないのに杖から寄ってくる筈ないよ。魔杖でもあるまいし」


 ウィンジー小さく溜息をつきながら「あのジジイ」と呟いた。


「聴こえておるぞ」


 センリョクは大きく咳払いをした。

「とんだ地獄耳だね」


「声を潜めるつもりもなかったろうに」


「ねえセンリョク。石の杖はやめておけって前にいわなかった?」


「いわれたな」


「じゃあこの子が持っているのは一体なんなの?」


「石の杖だな」


「これだから年寄りは嫌いだ」


 ウィンジーは呆れ顔で首を振り、それから盛大に嘆息をはきだした。ミリスは瞳を潤ませながら上目遣いにウィンジーを見あげている。


「この杖は良くないものなのですか?」


「粗末なものではないよ。それは界要石といって、世界を支える石から削りだした逸品だから。もし剣にしていたら世界中の戦士が挙って金を持ってくるだろうね。もし普段から持ち歩くなら盗賊には気をつけないといけないくらいだよ」


「これが……」


 ミリスは手許を見つめながら神妙に呟いた。普段から身近にあるからこそ実感が伴わないといったところだろうか。ウィンジーはそれを冷たい目で見ていた。


「ただね、人間と石の縁は薄いんだ。古来より岩石信仰をしてきたドワーフだからこそ力を発揮する。杖は、ただ丈夫で鋭ければいい剣とは違って繊細なんだよ」


 ミリスはその言い回しに微かな違和感を覚えたが、嗄れ声の咳払いがそれを意識に留めさせなかった。


「すまんかったな。粗野な部族で」


 センリョクは肩を萎めた。


「被害妄想の激しい爺さんだね。私は相性の話をしているだけだよ」


 ウィンジーはそれだけいうと、再びミリスに向き直った。その双眸に先までに厭味はなかった。


「こないだの杖、まだ持っているよね。あれを使うといいよ」


「はい」


 ミリスは返事をしたが、なかなか動きださなかった。ウィンジーは無表情のまま首を少しだけ傾けた。


「どうかしたの?」


「……いえ」


 ミリスはそういうと、杖を壁に立てかけて右手を広げた。すると、そこに神々しい杖が現れる。ミリスが優しく握ると、その杖は満足げに柔らかな光を放った。


「いい感じだね」


 その言葉を受けてもミリスは暗い面持ちのまま手元を見つめていた。そして、唇を強く結んで、ウィンジーを見た。


「あの。私はどれくらい修行をつめば勝てるでしょうか」


「そうだね。凡人なら寝る間も惜しんで五年といったところかな」


「五年ですか……」


「それだけあれば、そこの爺さんの死に目に会えるかも知れないよ」


 隣でセンリョクが「余計なお世話じゃ」と鼻を鳴らしている。ウィンジーは頭上に光を浮かべ、珍しく口角をあげた。それは、ちょっと不気味な気配があった。


「折角だから私が修行をつけてあげるよ」

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